2022年の年末、青森市内の病院に入院していた男が110番通報をしたことで事件は発覚した。数日後、警察は男が供述した場所から男性の切断された遺体を発見。通報した男と交際相手の女を死体損壊と遺棄の疑いで逮捕した。捜査で分かってきたのは、殺害への関与だけでなく、被害者とのゆがんだ関係、異常な行為の数々だった。以前は良好な関係だったというカップルと被害男性。何が3人の関係を変えていったのか、事件から2年後、ようやく始まった法廷で事件の全容が明らかになってきた。

知人を殺害 遺体をバラバラに

殺人、死体損壊、死体遺棄、傷害、強要の罪に問われているのは住居不定・無職の前田広樹被告(32)と交際相手の山口優被告(33)の2人。被害者となったのが前田被告と意気投合し、一時、一緒に暮らしていた当時22歳の男性だ。

前田広樹被告
前田広樹被告
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起訴状などによると、被告2人は2022年11月、住んでいた仙台市青葉区のアパートで男性の首をタオルのようなもので絞めて殺害。チェーンソーを使って遺体を切断し、キャリーケースに入れて、若林区荒浜の土の中に埋めたとされている。

手にはタトゥー 車いすで出廷

2024年10月17日、前田被告の裁判員裁判が始まった。送検時は金髪だった前田被告は黒髪となり、上下ジャージ姿で車いすに乗って法廷に現れた。手の甲や指には色鮮やかな花やドクロのタトゥーが入っている。前田被告は両耳が不自由なため、裁判長などが読み上げた内容がモニターに映し出される形で裁判は進んだ。男性への5つの罪と男性の友人への詐欺や恐喝について内容を確認した前田被告は「間違いないです」とはっきり答えた。以下、検察の冒頭陳述をもとに事件をたどっていく。

スケッチ 酒巻 空
スケッチ 酒巻 空

検察側の冒頭陳述 友情から憎悪へ

前田被告が男性と知り合ったのは2021年ごろ。男性が働いていた飲食店を訪れた前田被告が筆談やスマートフォンでコミュニケーションをとってくれる姿に好感を持ったという。男性は2022年7月ごろには、前田被告と山口被告が暮らすアパートに寝泊まりするほど近しい関係になった。一方で、山口被告は前田被告との時間がとれなくなり、この頃から男性を嫌うようになったという。

前田被告の交際相手 山口優被告
前田被告の交際相手 山口優被告

1カ月後、前田被告は男性が陰で耳が聞こえないことを馬鹿にしていることを知り、ショックを受ける。裏切られたと感じた前田被告は、それまでの友情の裏返しのように男性への憎しみを募らせた。凄惨な暴行はここから始まる。

繰り返し暴行 逆らえない関係に

前田被告は山口被告と一緒に男性へ暴行を加えるようになる。怖がる男性に親族や友人から金を借りさせて巻き上げ、金が用意できなくなると暴行をエスカレートさせ、肉体的にも精神的にも追い詰めていった。検察によれば、男性は前田被告に逆らうことができなくなり、アパートから出て行けと言われても、さらに暴行や虐待されるかもしれないと考え、出ていくことができない状況になっていたという。

事件現場となったアパート(画像は加工)
事件現場となったアパート(画像は加工)

ドライバーで刺し大便食べさせる

暴行が始まって3カ月、前田被告と山口被告の暴力は殴る蹴るだけでは済まなくなっていた。電動ドライバーの先端で足を刺してけがをさせ、「大便を食ったらアパートにいさせてやる」と男性に強要。怖がらせて大便を食べさせたという。

スケッチ 酒巻 空
スケッチ 酒巻 空

前田被告側は唯一、この強要については反論している。「男性をアパートから出ていかせるための条件提案だった」として、食べることは想定していなかったと主張した。アパートを出ていかない男性に被告2人がいら立ちを募らせていたのは、検察と弁護側双方が認めるところだ。果たして男性は出ていきたくなかったのか、出ていけなかったのか。この事件を読み解く上で重要なカギとなる部分だ。
最初は良好だった前田被告と山口被告、男性との関係。ゆがみ続けた結果、最悪の結末をもたらすことになった。

「部屋荒らされた怒り」2人で殺害

2022年11月10日、男性を蹴った時に足の指を骨折した前田被告は山口被告とともに病院で治療を受けた。2人がアパートに帰ると、持病の発作で倒れた男性が部屋の物を倒していたため、2人は怒りに任せ、男性の頭を床や壁に打ち付けた。それでも怒りは収まらず、タオルのようなものを男性の首に巻き付け、両端をそれぞれが持って引っ張り、男性を窒息死させた。

左)前田被告 右)山口被告
左)前田被告 右)山口被告

証拠調べで明かされた山口被告の供述調書によれば、「大切な2人の部屋がめちゃくちゃに荒らされた」という怒りがきっかけだったという。前田被告も被告人質問で「僕と優はとてもきれい好きで、いつも部屋をきれいに整頓している。部屋が荒れているのでムカつきました」と当時の感情を証言した。

ずさんな遺棄 逃避の果てに通報

2人は男性を殺害後、近くの量販店でチェーンソーやキャリーケースを購入。浴室で遺体を切断し、キャリーケースに入れてタクシーで沿岸部へ運び、土の中に埋めた。

遺体を捜索する宮城県警(視聴者撮影・画像は一部加工)
遺体を捜索する宮城県警(視聴者撮影・画像は一部加工)

前田被告の供述調書によれば、「海に沈めることも考えたが、浮かび上がったら困る」として遺体の切断を決めたが、前田被告自身は途中で耐えられなくなり、仮眠をとっている間に山口被告が切断した遺体をキャリーケースに詰め、浴室の清掃も終えていたという。

2人は事件後、男性の友人を脅すなどして得た105万円を元に、ホテルを転々として暮らすようになった。その中で、前田被告が急性肝炎で男性の健康保険証を使い青森市内の病院に入院。退院予定日に男性の父親と兄が見舞いに訪れた。一度はやり過ごすが、「二度目はばれるだろう」と考えた前田被告は自首を決意。12月29日、病院から110番通報して一連の事件が明らかとなった。

カップルが凶行に至ったわけ

初公判は前田被告が体調不良を訴えて途中で終了となったが、8日後の2回目の裁判には再び出廷し、前田被告への被告人質問が始まった。前田被告は男性に対し、同居を続けたくないと伝えたときの様子をこう語った。「(男性は)僕のことを好きなので一緒に居させてくださいと言った。嫌な気持ちもありましたが、僕も弟みたいにかわいがっていたのでうれしいという気持ちはありました」さらに男性に対して思うことを聞かれると「本当に申し訳なく、すまないことをしたと思っています」と答えた。

前田被告と山口被告は2人で男性の首を絞めたとされている。どちらかが力を緩めれば、命は助かったはずだ。そしてなにより、暴行を止めることもできたはずだ。
弁護側によると、前田被告は男性を殺害してから何度か山口被告に自首を打診していたという。しかし、山口被告は「2人でいられなくなる」などと拒否していた。最終的に、山口被告の制止を振り切って自ら通報した理由を、男性のことを心配する父親の姿を見て「自分がやったことをなかったことにはできないと思いました」と被告人質問で答えた。

前田被告の公判には多くの傍聴者が訪れた
前田被告の公判には多くの傍聴者が訪れた

山口被告は争う意向を示しているため、裁判の開始が遅れている。ただ、山口被告は供述調書で、当初「私一人がやった」と警察に話した理由について「世界で一番大切な前田被告を守るためだった。これ以上、苦しい思いをしてほしくなかった」と話していたことが明らかにされた。
かつては仲が良かったという被告と被害者。誰も望まない結末になった理由は何だったのか。凶悪な犯罪という言葉だけでは語れない事件の闇がまだ残されている。

仙台放送
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