"一緒に暮らした半年間"の果てに──歪んだ関係が崩壊した瞬間2022年の年末、仙台市若林区でキャリーケースに入れられた遺体が発見された。被害者は、加害者2人と同じアパートで暮らしていた男性だった。
2人は被害男性を暴行し、精神的・経済的に支配した末に殺害。遺体を切断・遺棄した。事件の背景には、加害者同士の歪んだ共依存関係があった。
後編では、殺害時の行動、遺体の損壊と遺棄、逃亡生活、そして裁判での再会と判決までをたどる。
前田広樹被告(33)と山口優被告(33)は、被害男性(当時22)を殺害し、遺体を切断・遺棄した罪に問われた。暴力と共依存の末に命を奪い、逃げ続けた2人。裁判で明らかになったのは、身勝手な動機と崩壊した人間関係、そして被害男性への悔恨の言葉だった。
「私がバラバラにするから」――遺体切断に踏み切った理由

2022年11月10日、2人は病院からアパートに戻った。前田広樹被告が被害男性を蹴った際に足を骨折し、診察を受けていた帰りだった。
部屋に戻ると、リビングでは被害男性がてんかんの発作を起こしていた。室内は荒れ、フィギュアやゲームソフトが床に散乱していた。
その光景を見て、2人は怒りを爆発させる。
「ムカついた。自分も優もきれい好きで、部屋をきれいにしていたから」
「1回、髪の毛を掴んで頭を床にたたきつけたと思う」
(前田被告・証人尋問)
山口被告も、壁に被害男性の頭を1回打ちつけたという。
だが、暴力はそこで終わらなかった。山口被告が用意したタオルを2人で引っ張り、被害男性の首を絞めた。
「苦しそうにしていて、手足をばたつかせていた。タオルをほどこうと両手で掴んでいたと思う」
「ムカつきはあったが、殺そうという気持ちはなかった。でも、やめなかった」
(前田被告・証人尋問)
被害男性が動かなくなっても、2人は通報をしなかった。
「前田が“自首しよう”と言った。でも私は、“一緒にいたい”と思ってしまった」
犯行が明るみに出ることを恐れた山口被告は「私がバラバラにするから手伝って」と持ちかけ、チェーンソーを購入。
2人は3日間かけて遺体を切断し、顔には身元特定を遅らせるため多数の切り傷をつけた。
遺体を詰めたキャリーケースは、「以前花火をしに行ったことがあった」という仙台市若林区荒浜の震災遺構に遺棄された。
自首直前のLINE「会えないのやだ」「バイバイ」

犯行後、2人は被害男性を通じてだまし取った105万円をもとにホテルを転々とする生活を送った。
やがて前田被告は急性肝炎で青森市内の病院に入院する。その際に使ったのは、被害男性の健康保険証だった。
退院予定日、被害男性の父と兄が見舞いに訪れた。正体が露見する危険を感じた前田被告は、ついに自首を決意する。
自首直前、2人のやりとりがLINEに残っていた。
2022/12/29
前田 00:48 いずれバレるの分かってたし
山口 00:56 待って 会えないのやだ
前田 00:57 バイバイ
山口 00:57 やだ 今終わらせていくから待って
その日のうちに前田被告が110番通報し、山口被告も後を追った。出会ってから4年3カ月。共依存関係だった2人は、顔を合わせることなく逮捕された。
「一緒にいたのがうれしかった」――前田被告が語った思い

2024年10月、前田被告の裁判が始まった。彼は起訴された殺人や死体損壊などの罪を認めたが、虐待行為について一部を否認した。
「(被害男性は)僕のことが好きだったので、“一緒にいさせてください”と言われた。嫌な気持ちもあったが、弟のようにかわいがっていたので、うれしいという気持ちもありました」
裁判所は「被害者は虐待され、前田被告を怖がっていた」として、大便を食べさせた強要罪の成立も認定。2024年11月、懲役25年(求刑27年)の実刑判決が言い渡された(控訴中)。
「首を絞めたことはない」――法廷で食い違う2人の証言

前田被告に遅れること8カ月、山口被告の裁判が始まった。初公判で彼女はこう述べた。
「殺すつもりはなかった。首を絞めたことはない。」
弁護側は、てんかん発作を起こした被害男性を落ち着かせるためにタオルで口と鼻を押さえた結果、死亡したと主張。前田被告の「2人でタオルを引っ張った」という証言と真っ向から食い違っていた。
2度目の公判では、前田被告が証人として出廷。2人の再会は、自首以来およそ2年半ぶりだった。
山口被告は、前田被告の入廷をじっと見つめ、目が合ったのか一度うなずいた。だが、この日は前田被告の体調が悪く、公判は30分で終了した。
3日後、3回目の公判で前田被告は改めてこう証言した。
「(首を絞めたのは)僕と優。僕が片方、優がもう片方を持って引っ張った」
山口被告は無表情のまま前田被告を見つめ、何も語らなかった。
計8回にわたり証人として出廷した前田被告は、体調不良に苦しみながらも証言を続けた。その中で、山口被告への思いを問われ、こう答えている。
「今でも気持ちは変わっていないです」
「後悔しかない」――懲役21年 判決の日に語ったこと

山口被告は裁判の最後まで「殺意はなかった」「首は絞めていない」と主張し続けた。判決前、裁判長から最後に言いたいことを問われると、こう述べた。
「大切な命を奪ってしまい、本当に申し訳ない。被害男性の家族にも、友人にも、謝っても償いきれない。…後悔しかありません」
「一緒に旅行した、3人の楽しい思い出もたくさんあった。私のせいで…申し訳ございません」
2025年7月10日、仙台地裁は山口被告に懲役21年(求刑26年)を言い渡した。
裁判所は、前田被告の証言が一貫しており信用できると判断し、殺意を認定。山口被告の主張は退けられた。弁護側は控訴の意向を明らかにしていない。
暴力と共依存の末に人の命を奪い、逃げ、そして否認した女。
その先にあったのは、後悔と、決して許されない罪だけだった。
※被告の証言内容は公判記録に基づき一部編集しています。
※記事中の「被害男性」は、遺族への配慮のため匿名としています。
※事件の詳細描写には配慮した記載としています。