「主文。被告人を懲役21年に処する」
2025年7月、仙台地方裁判所の法廷で響いた判決言い渡しの声に、被告の女は身じろぎもせず、静かに前を見つめていた。
殺人、死体損壊、死体遺棄などの罪に問われたのは、山口優被告(33)。
事件が発覚したのは2022年の年末―。津波被害の記憶が色濃く残る仙台市若林区の沿岸部で、キャリーケースに入った遺体が発見された。
遺体は四肢が切断され、顔には無数の切り傷。身元は、仙台市内に住む男性(当時22)と判明した。
逮捕されたのは、被害男性の知人である前田広樹被告(33)と山口被告。2人は交際関係にあり、事件当時、被害男性は2人と同じアパートで暮らしていた。
なぜ、共に暮らしていた知人を手にかけ、凄惨な事件に至ったのか。
法廷で明かされたのは、共依存の果てに崩壊した歪な人間関係だった。

「私はいらない存在だった」 被告が語った幼少期と過去
山口被告は、フィリピンで母親に捨てられた過去を持つ。
その後、日本にいた父親に引き取られ、群馬県で祖父と2人暮らしに。祖父は半身不随で、山口被告が家事のすべてを担っていたという。
「杖をついていた祖父に、毎日のようにその杖で殴られていた」
「私は当時から“いらない存在”だったのだと思った」
──被告人質問で語られたその言葉は、重く響いた。
高校からは下宿生活を始め、卒業後は専門学校への進学を希望するも、経済的な理由で断念。
接客業や風俗業を経験し、2018年、SNSで前田被告と出会う。
前田被告もまた、養護施設で育ち、いじめに苦しんだ過去を持つ人物だった。
「前田は私にとって、自分以上に大切な存在だった」
「クリスマスも誕生日も祝ったことがなかったが、彼はサプライズをしてくれた」
法廷では、出会った当初の思い出を語る際、笑顔すら見せる場面もあった。

三人暮らしのはじまり 「弟」と「アニキ」の関係
2人は2020年ごろ、仙台に移住。
生活費は山口被告が風俗で稼ぎ、前田被告は無職。やがて、前田被告の聴力が急速に低下しはじめた。
「大音量で音楽を流していた。“聞こえない”ことを受け入れられない様子だった」
──山口被告はそう証言した。
そんな中、前田被告が親しくなったのが、被害男性だった。
被害男性は飲食店で働く傍ら、耳が不自由になった前田被告と筆談やスマホを使って交流。
やがて「アニキ」「弟」と呼び合う仲に。2022年夏には、被害男性が2人のアパートに寝泊まりするようになっていた。
「松島に3人で旅行した。被害男性が“今までこんなに楽しいことはなかった”と言ってくれた」
──旅先で撮られた写真を、山口被告は「大切な思い出」と語った。

崩れた関係 きっかけは“陰口”だった
だが、3人の関係は突然崩れる。
2022年8月頃、被害男性が知人に対し、「前田は金づる」「耳が聞こえない」といった内容の陰口を言っていたことが発覚。
「ショックだった。弟のように思っていたからこそ、腹が立った」
──法廷で、前田被告は感情をあらわにした。
「悪口を聞いて、本当に嫌だった」
「前田が耳を悪くしていく過程を、私はそばでずっと見ていた」
──山口被告は、涙ながらに語った。
以降、2人は被害男性に対し、暴力を振るいはじめる。
金を借りさせて巻き上げ、暴言や暴力で追い詰め、精神的にも肉体的にも支配していった。

「一緒にいたいなら…」暴走する支配
2022年11月。暴力はさらにエスカレートする。
殴打や蹴りにとどまらず、被害男性の太ももに電動ドライバーを刺すなどの異常な虐待も加えられた。
そして──
11月8日、仙台市内のホテルで、被害男性に「大便を食ったらアパートにいさせてやる」などと迫った。
このときのLINEのやりとりは証拠として提出され、法廷でも読み上げられた。
「チートデイにしたら」──山口被告が送ったLINEは、虐待行為を暗に肯定するような内容だった。
この異常なやり取りの2日後、被害男性は命を奪われた。(後編へ続く)
※被告の証言内容は公判記録に基づき一部編集しています。
※記事中の「被害男性」は、遺族への配慮のため匿名としています。
※事件の詳細描写に配慮した記載としています。
