児童虐待の相談件数が年々増え続ける中、全国の児童相談所では、「業務負担の増加」や「ベテラン職員の不足」が深刻な課題となっている。こうした状況を改善するため、AI・人工知能を活用する動きが自治体で広がっている。
東京・港区の取り組み
港区の児童相談所はこの夏、AIを搭載した2種類のシステムを導入した。電話での相談内容が文字起こしされる「電話応対支援システム」(ForeSight Voice Mining)と、AIによるリスク予測が可能なアプリ(AiCAN)だ。
この記事の画像(10枚)「ForeSight Voice Mining」は、電話での相談内容を即座に文字化。会話の中の「虐待」や「傷」などの言葉に反応し、確認すべきチェックリストが表示される。相談記録の作成時間を短縮できるほか、対応に困った経験の浅い職員が「支援」を求めると、上司と画面が共有され、リアルタイムでサポートを受けることが可能だ。
「AiCAN」は専用アプリを搭載したタブレット端末を使い、家庭訪問した現場からでも、記録を入力・閲覧できる。
また、AIが過去の似た事例と照らし合わせて分析し、「虐待の深刻度」などの「リスク予測」ができることも特徴だ。
けがやあざの写真も安全に共有できるため、緊急性を伴う場合にも即時に判断ができるようになるという。
港区の新システム導入による効果と期待
港区の中島由美子児童相談課長は、新システムの導入によって「職員の『精神的な負担』と『物理的な負担』の両方が軽減される」と期待する。
児童相談所では、全国的に経験の浅い職員が増えているが、上司からリアルタイムでサポートを受けられることは「精神的な負担」の軽減に繋がるという。また、「AiCAN」アプリの導入によって、一人当たり週平均で8時間程度の超過勤務を削減できる見込みで、「物理的な負担」も軽減される。これは、聞き取った内容を事務所に戻って手入力したり、写真を現像したりする必要がなくなるためだ。結果的に職員からは「子どもや保護者とより向き合えるようになった」という声も上がっているそうだ。
「AiCAN」については、AIによる解析に必要なデータが集まるまでに早くても2年半はかかるとのことだが、港区はデータが蓄積され次第、運用を始める予定だ。
国の取り組みと課題
国も、一時保護の判断に活用できるAIツールを開発中で、9月から実証実験を始めているが、虐待対応ならではの課題もある。AiCANの髙岡昂太代表取締役は、「アプリを国が一個作って渡したら解決するレベルの問題ではない」と警鐘を鳴らす。“地域差”のある児童虐待について、日本全国でデータを集めていくことについてはデメリットも大きいというのだ。
髙岡社長:「例えば、『野外放置』という事象は同じでも、極寒の地域で起きたのか、暖かい地域で起きたのかによって、事案の意味することが違ってしまう」
このように、信頼出来るデータをどう集めるかなど、AIを使う側への研修やガバナンスの強化が重要だという。
最終的な判断は人間に
港区・児童相談課の佐藤靖啓児童福祉係長は、「相談者と一緒に考え、苦しみ、寄り添いながら、最後は総合的に専門職としてしっかりと判断をしていく」と強調したうえで、「見過ごされて重篤な事案になっているケースに気付くために、AIの力を借りることは非常に有効だと思う」と力を込めた。
(取材・執筆:フジテレビ社会部 松川沙紀)