パリ五輪クライミング競技の日本のメダル有力候補は初出場の2人。
世界的にも稀有(けう)な才能を持つ17歳の高校生・安楽宙斗(あんらく・そらと)と、20歳の大学生・森秋彩(もり・あい)に熱いまなざしが注がれている。 

クライミング初出場の2人を約10年前に見いだす

パリ五輪クライミング日本代表は、男女4名。
東京大会に続き、2大会連続代表となった女子・野中生萌(のなか・みほう)、男子・楢崎智亜(ならさき・ともあ、崎はつくりの上が「立」)。

クライミング初出場の安楽宙斗選手と森秋彩選手
クライミング初出場の安楽宙斗選手と森秋彩選手
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そして初出場となる男子・安楽宙斗17歳と女子・森秋彩20歳。

若い2人は小学生のころから傑出した才能があったと、小田部拓(66)は語る。
小田部は初出場の2人を約10年前に見いだし、育成環境を整え、その映像を早くから発信してきた。 

日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)・小田部拓理事
日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)・小田部拓理事

小田部拓さん:
東京五輪の時、日本は女子の野中が銀、野口啓代が銅メダルでした。今回は男女4人全員がメダルの可能性がある。特に男子は金メダル争いになると思います。 

東京・江東区にあるクライミングジム「フィッシュアンドバード」
東京・江東区にあるクライミングジム「フィッシュアンドバード」

東京の下町、江東区東陽町にあるクライミングジム「フィッシュアンドバード」。
国内のみならず、世界のクライマーにも知られる名門ジムである。
受付カウンターから首を伸ばして、大小色鮮やかなホールドが設えられた壁に挑む人たちを見つめる小田部拓。
クライミング競技のマーケティング委員長で、JMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)の理事である。
今は、このジムで過ごす時間が最も長い。 

小田部拓さん:
そこで順番を待っているのは、中国から来たクライミング・トラベラーです。観光やグルメやショッピングが目的ではなく、純粋にクライミングが目的。このジムの壁を楽しむために来日した、インバウンドですよ。

2012年、朝日放送の局員時代に大阪で開かれた国際大会の中継を担当した。
国内初のクライミングの中継が、この競技と深く関わるきっかけとなった。 

小田部拓さん:
僕は“アルパイン”なので、山登りの一環としてクライミングを始めたころでした。通常のスポーツ中継って、選手の表情や指先のアップサイズを中心にしてカメラワークを組立てますが、クライミングは違う。とにかくフルサイズ。選手の全身のサイズで我慢するのがポイントです。選手が手のミスで落下するか、足を滑らせて落下するかわからない。それがクライミング中継の特徴ですね。

このプロデュースをきっかけに、クライミング競技の番組を数多く手がけ、自らもクライミングに魅せられていった。
衛星放送「スカイA」に移り、クライミングに関わることを幅広く取り上げた。
中でも小学生から出場できるユース世代の大会をさまざまな形で後押しした。 

小田部拓さん:
クライミングは家族全員でできるスポーツ。手軽に重力を体感できる。15年前は全国で約50軒だったジムが、5年前には約500軒、10倍増。五輪競技になって一気に愛好者が増えました。 

今回のパリ五輪では、スピードと複合(ボルダー&リード)の2種目が実施される。
15メートルの壁をいかに速く登るかを競うスピード。複合は6分間に登れた高さを競うリードと課題の攻略数を競うボルダーの合計ポイントで争われる。 

小田部は10年前、自らも大会運営と番組プロデュースで関わるユース世代の大会で、初めて小学生時代の安楽宙斗のパフォーマンスを見た時、稀有な才能に驚嘆したと語る。 

安楽宙斗選手(2018年)
安楽宙斗選手(2018年)

小田部拓さん:
ひと言でいうと、力を使わずに壁の中に入ってしまう。ホールドとホールドの間に体が入る“ポジショニング“という、誰もやったことのない新しい技術を生み出した。ほんと数mmのバランスの違いだけど、世界で誰もたどり着かなかった境地。安楽君は初めてのオリンピックですけど、必ずトップ争いするでしょう。 

森秋彩選手(2018年)
森秋彩選手(2018年)

一方、女子の森秋彩(20)は、12歳でリード日本一になって以降、リードでは国内で無敵。
しかし世界の頂点には、スロベニア代表のヤンヤ・ガンブレット(25)がいる。
ヤンヤは14個の世界タイトルを獲得。ワールドカップ種目別優勝8回、世界選手権では6回優勝し、「絶対女王」と呼ばれている。 

ヤンヤ・ガンブレット選手(2022年)
ヤンヤ・ガンブレット選手(2022年)

小田部拓さん:
大きなポイントはルート設定ですね。森は身長154cm、ヤンヤは164cm。ホールドの設定は、届くか届かないかギリギリのルートセッティングになるはず。ルートセッターの描く勝負のポイントがどうなるか。それがメダルの色を分ける可能性が高いですね。

クライミング競技の統括団体は、JMSCA。
アルプスなどに挑む登山と、スポーツクライミングというベクトルが異なる競技が同居している。
次のロサンゼルス五輪では、パラクライミングも競技に加わる。
小田部は、パラクライミング(視覚障がい) 世界選手権で5連覇を達成した小林幸一郎(現・日本パラクライミング協会共同代表)の活動も支援し、ドキュメンタリー番組をプロデュースした。 

2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪で初めて実施される「スキーモ」
2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪で初めて実施される「スキーモ」

さらに2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪で、新競技、山岳スキー=SKI-MO(スキーモ)の実施が決まった。
スキーと名がつくが、スキー連盟の管轄ではない。JMSCAの新競技となる。
日本の競技団体で、唯一の“夏と冬のオリンピック競技を持つ”もとになる。
小田部は、スキーモ競技の強化・普及・育成の陣頭指揮を執る委員長を任された。 

小田部拓さん:
たまたま自分が趣味でやってきたことが、五輪やパラの競技になった。山登りが好きで、冬はもっぱらスキーをやっていた。混雑するスキー場でリフトを待つ時間はもったいない、それでスキー板を背負って登って、ゲレンデを滑り降りていた。 

2026年の冬季オリンピックが行われるコルティナダンペッツォ
2026年の冬季オリンピックが行われるコルティナダンペッツォ

スキー場でリフトを待ちきれず登り、下った“若き日の小田部スタイル”そのままが「スキーモ」という五輪新競技となった。
コルティナダンペッツォは1959年、猪谷千春(当時24歳)が日本初の冬の五輪のメダリストになった記念すべき場所でもある。 

東京・江戸川区の下町にあるクライミングジム「フィッシュアンドバード」 。
平日の午後。シンプルなTシャツに短パン、チョークで白くなった指先に息を吹きかけ、ルート検索しながら子どもたちが壁に挑んでいく。 

小田部拓さん:
安楽君・森さんに共通しているのは、何回も何回も同じルートを登る。ずっと壁の中に居たいんですよ。それは第三者から見れば努力に見えるけれど、当人はそう思っていない。ただ好きなんですね、壁の中が。 

66歳のクライマーは安楽を真似て、壁の中にそっと身を沈めてみせた。 

クライミング競技は8月5日から、パリ郊外のル・ブルジェで行われる。 

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佐藤 修
佐藤 修

産経映画社代表 Premier Movie Lab主宰 元フジテレビ報道スポーツデスク
報道スポーツディレクターとして記者活動35年
2019年“だから君を見つめてきた”で、上海国際テレビ祭ドキュメンタリー部門で優秀賞を受賞。日本スポーツ学会会員