能登半島地震では伝統工芸「輪島塗」の産地、輪島市も大きな被害を受けた。その輪島に約50年間住み、創作を続けていた福井県出身の輪島塗の蒔絵師（まきえし）が、この春から福井で仕事を再開した。輪島を離れても蒔絵を続ける、その思いを聞いた。
唯一無二で…「同じものは作らない」
福井・坂井市出身の坪井英憲さん（70）は、輪島塗の蒔絵師だ。坪井さんが輪島塗に出会ったのは23歳の時。茶道をしていた母親のところに出入りしていた輪島塗の業者の紹介で、輪島に行ったのがきっかけだった。
職人たちの仕事ぶりを見て、自分も「ものづくりがしたい」と蒔絵師に弟子入りするため、輪島市に移住した。
「唯一のものとして持ってもらいたいから、同じものは作らない」と語る坪井さん。
玉の一つ一つに蒔絵を施した数珠や、仏画を手掛けている。作品ごとにハスやサクラなど絵柄を変え、丁寧に仕上げる“唯一無二の作品”だ。
47年間、輪島塗の蒔絵師として活躍してきた坪井さんを襲ったのが、能登半島地震だった。
1日でも早く再建へ…能登半島地震
大晦日から、実家がある坂井市に帰っていた坪井さん。道路状況などから、輪島市に戻れたのは3日後だった。車を走らせながら坪井さんが目にしたのは、変わり果てた輪島の街並みだった。
「通い慣れた道が本当にひどい状態だった。家屋の倒壊や土砂崩れに、呆然とした」と振り返る。自宅兼工房は玄関前の柱が崩れ、半壊状態に。制作中の作品や材料も散乱し、手が付けられない状態に。
そんな中でも、坪井さんの頭をよぎったのは「どう再建するか」だった。
坪井さんは「この仕事が好きだから何もせずにいるなんてことは考えられなかった。何カ月も仕事から離れるのが嫌だった」と話す。
1日でも早く仕事に復帰するため、空き家になっていた坂井市の実家での再起を決意した。
坪井さんは「木地屋さんや下地屋さんとつながりさえ持っていれば、この先も輪島塗の仕事はできる」という強い思いを持っていた。
「漆器だけじゃだめ」輪島の復興へ
何度も輪島に出向き、自宅に残っていた道具や作品を持ち帰った。そして、震災から2カ月後の3月、実家のリビングで作業を再開した。
「仕事ができるって幸せ」と話す坪井さん。「漆器だけじゃだめ。輪島の朝市で漆器が並ぶこともあるし、観光で輪島塗を見に来る人もいるし、漁業や観光、漆器とつながりある中で輪島が復興できれば」と輪島に思いを寄せる。
地震から4カ月半が経った5月中旬、輪島の工房を訪れた坪井さんは、復興は全く進んでいないと感じたという。職人仲間の中には、避難生活が続いている人や輪島塗を廃業してしまった人も。
そんな中、坪井さんは、輪島塗の火を絶やさないよう、大好きな仕事である蒔絵師を続けることで復興につなげたいという思いを持っている。
故郷・福井から、職人として育ててもらった輪島の復興を願い、坪井さんはきょうも筆を走らせる。
（福井テレビ）
