鹿児島県曽於市を中心に、介護施設や在宅介護の現場を軽トラックで駆け回る美容師夫婦がいる。浦智宏さん(39)と妻の裕恵さん。コロナ禍に夢だった店舗を断念したことをきっかけに「訪問美容」へと転身し、今では多い月で20軒以上の施設を回るほどの引っ張りだこだ。5人の子供を育てながら地域の人々に笑顔を届ける2人の姿を追った。
丸坊主の中学時代が原点
鹿児島県曽於市の介護施設に、1台の軽トラックが静かに乗りつける。降りてきたのは、この道20年の美容師・浦智宏さんだ。道具を手に施設へ入ると、お年寄りたちの顔がほころぶ。

智宏さんが美容師を志したのは、地元・長崎での中学時代の体験が原点にある。「校則で中学時代は全校生徒がずっと丸坊主(丸刈り)だったんですよ。初めて美容室で髪の毛を切ってもらった時にすごい感動して、髪型でこんなに人を喜ばすことができたり嬉しい気持ちになるんだなと思って美容師になりました」。その原体験は、20年以上たった今も仕事の根っこにある。

大阪で15年のキャリアを積んだ智宏さんは、妻・裕恵さんの地元である曽於市へ6年前に移住。当初は店舗を構えての営業を計画していたが、タイミング悪くコロナ禍と重なり、夢だった自分の店の建設計画は白紙に戻ってしまった。
「こっちがいい!」――コロナ禍が生んだ転機
行き詰まりを感じていたそのとき、介護士の知人から「施設に来てお年寄りたちの髪を切ってほしい」と声がかかった。この依頼が、2人の人生を大きく動かした。

「(私たちも)求められたことがうれしかったし、向こうも喜んでくださったのがすごく良くて、こういう形、新しい形っていいなと思って、こっちがいいか!てなって」と裕恵さんは振り返る。

ピンチをチャンスに変えた夫婦は、「訪問美容 uranchi」として本格的に活動をスタート。施設への訪問のほか、在宅介護で外出できない人の自宅に出向いてカットやカラーを行う。訪問美容は担い手が少ない分野で、受け入れ施設からの評判も高い。
曽於市の介護施設・末吉まごころ園で生活相談員を務める榎屋公平さんはこう話す。「きょうも、髪切りに来るって言ったらニコニコしている利用者さんも多くて、こちらも一大イベントとしてお願いしているところです」。髪を整えることが、施設での日常に小さな晴れ間をもたらしているのだ。

子育て5人と仕事を両立できるワケ
智宏さんがカットを行う傍ら、5人の子供たちを学校や保育園に送り出した裕恵さんも合流し、夫婦2人で施設の利用者たちに向き合う。一見ハードに思える「子育て5人+訪問美容」の両立だが、この働き方には子育てとの相性の良さもあるという。

「事前にカットの予約人数が把握できているのでスケジュールが立てやすい」と智宏さん。裕恵さんも「サロンみたいにお店に立つわけではないので、時間の無駄がないなというのもあります」と話す。店舗型では読めない「待ち時間」が訪問型にはなく、家族との時間を確保しやすいのだ。
そんな夫婦の仕事を、子供たちも身近に感じている。三女のひかりちゃん(4)は「ひかりもしたい。だけど、大きくなったらギャルになる」と元気よく宣言。将来は美容師ではなくギャルを目指すらしいが、両親の仕事への興味は本物だ。

地域に根ざす「訪問美容」の可能性
大隅地域を中心に多い月で20軒ほどの施設を巡る浦さん夫婦の活動は、単なるビジネスにとどまらない。「お店に行けない」という人たちのもとへ自ら出向き、髪を整えることで日常に彩りをもたらす。担い手不足が続く訪問美容の現場において、2人の存在は地域にとって欠かせないものになりつつある。

コロナ禍に転んでもただでは起きなかった夫婦の選択が、今日も曽於市の誰かの笑顔をつくっている。
【動画で見る▶曽於市で人気の「訪問する美容師」 介護施設や訪問介護先に笑顔を届ける 5人の子育てと両立する夫婦に密着】
