能登半島地震の発生から4月1日で3カ月が経過した。この間、被災地に心を寄せていた人がいる。金沢市生まれで人気アイドルグループ、SixTONESのメンバー、森本慎太郎。イットでは、森本さんと被災地を巡り、今、被災地が抱える課題を取材した。
金沢生まれ森本慎太郎さんが見た被災地
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金沢より西に向かう初めての北陸新幹線。敦賀への線路が誘うのは、新しい北陸の未来です。
2024年3月16日。北陸新幹線が金沢から福井県の敦賀駅まで延伸した。これによって、石川県内の北陸新幹線は全て開業したことになる。
この歴史的な日に小松駅で大役を任されたのが、人気アイドルグループSixTONESのメンバー、森本慎太郎さんだ。
森本慎太郎さん:
すごく楽しみがあるなという、思いでいっぱいです。
ずっと気がかりだった…ふるさとの大地震
金沢市で生まれた森本さん。ずっと気がかりだったことがあると言う。それは…能登半島地震の事だ。
森本慎太郎さん:
最初、携帯が鳴り始めて、緊急地震速報で。えってなって、表示されたときに能登半島での地震だってなった時に、正直、嘘だろと思ったけども、テレビつけたら、あと数分後に津波がきます、皆さん気をつけて下さいと言うアナウンスとともに、実際の輪島市の中継映像かな?テレビで放映されていて。母方のおじいちゃん、おばあちゃんは金沢にいるので、石川でこういったことがあるのは、やっぱ、驚きと心配と、どうなっていくんだろうという不安をすごく感じましたね。
2024年1月1日午後4時10分に発生した最大震度7、マグニチュード7.6の大地震だ。
森本慎太郎さん:
約3カ月たって、そのニュースがそんなに(全国で)取り上げられていないからこそ、ちょっと復興してきたのかなとか、ちょっと回復してきたのかなという思いだったり、そんなイメージが今はすごくあって…。テレビでみるのと実際に見るのは、感じるものだったり、伝えられるものはだいぶ違うと思う。被災地でいまも暮らしている方々、避難できなかった方々だったりという人たちのお話を聞いて、どういった所が不安だったり、どういったことを感じたり思ったりしているのか聞いてみたい。
南北に約200キロある石川県。200キロというと、東京都心から福島県の郡山市や静岡県の袋井市までの距離だ。
森本慎太郎さん:
わぁ、相当地割れが。山が、もう…この辺とかも、信号も斜めっているし、道路もガタガタしちゃってて…
地震発生後、初めて被災地に入った森本さん。輪島市に入ると、言葉を失った…。
森本慎太郎さん:
ビルが倒れてる…。ちょっと衝撃だな。
「廃れるでしょうね…誰もいないでしょ?」被災地での言葉に絶句
輪島市朝市通り。地震で大規模な火災がおきた場所だ。
森本慎太郎さん:
言葉がでなくなっちゃう。においしますもんね、焼けたあとの。これが朝市通り、知っているのと違いますね。
輪島朝市は日本三大朝市の一つ。オレンジの露店が所せましと並べられ、奥能登を代表する新鮮な海産物や干物などを販売してきた。しかし、今は…
森本慎太郎さん:
漆器屋さん?輪島塗の…、もう全部ないですもんね。
3カ月たった今も、手つかずのままだ。
通りかかった人:
そこが、おじのいえです。家はもうだめです。廃れるでしょうね、復帰は絶対できないですよ。誰もいないでしょ?
森本慎太郎さん:
火災がおさまってから、何も進んでいない?
通りかかった人:
進んでいない。誰も手を出していないでしょ?県も市も…
森本慎太郎さん:
被害状況って、近くに来てみたら、いろいろわかるけど…。東京にいたら、細部のほうまでわからなかったから。すごく考えさせられましたね。
被害を受けたのは街並みだけではない。
4メートルの隆起で港は使用不可能に…
ヘリリポート:
海岸の隆起によって、今まで、海底だった場所があらわになってます。しかも広範囲です。
今回の地震で、陸地が最大4メートルほど隆起したところも…港は使えなくなった。
森本さんが出会ったのは輪島市の漁師、二木勝司さん。6隻の船を束ね、16人の乗組員を抱えながら、漁をしてきた。輪島で生まれ輪島に生きる二木さんの思い。それは…
二木勝司さん(2020年):
一生懸命やっている姿を見せるしかないですね。自分の生まれ育った町なんで、一次産業の下から盛り上げていくような感じにしたいと思っています。
県内最大の水揚げ高を誇る輪島港。しかし、今は…
森本慎太郎さん:
漁船は今は?
二木勝司さん:
漁船はもうみんなうごけない。
二木勝司さん:
これも底がついて、斜めになっている。
森本慎太郎さん:
潮が引いたということではないんですね?
二木勝司さん:
隆起しちゃって。本当はこの船はもっと上に上がっていたんです。船の全体が浮いていて、船の頭に階段をつけていて。
森本慎太郎さん:
漁が再開するめどは?
二木勝司さん:
たっていないです。うちら1年間は、漁は諦めました。
国は船を動かすため、海底を掘る工事を進めているが、完成時期の見通しはたっていない。二木さんは自宅の再建もままならず、生計をたてるために災害廃棄物を集めるアルバイトをしている。
二木勝司さん:
毎日ごみを拾いながら、輪島回っていますけど、正直、進歩はないですよね。
森本慎太郎さん:
こういう状況になって、輪島に残る理由は?
二木勝司さん:
やっぱり、輪島で育った漁師なんで…。船が出られるまでは、がんばろうかなと思っている。輪島は生まれ育った町なんで…大好きなんで。
しかし、乗組員だった漁師は市外に避難を余儀なくされている。
二木勝司さん:
過疎地なんですよね、輪島って元から。本当に若い子が出ていく町だったんですけど、それが地震でさらに加速していっています。10年後に、輪島が復興ってなった場合でも、そこに人がいなかったら、街ってどうなるんだろうとか。輪島の未来が…心配です。能登半島という「孤島」なんで、見捨てられている感は正直あります。輪島を”忘れられる”のが、一番怖いですよね。
(石川テレビ)