「第二次南北戦争」描く新作映画

トランプ前大統領が「流血の惨事になる」と警告して米国社会の分断が抗争に発展することが不安視されている折に、新たな南北戦争を描いた映画が公開される。

そのタイトルもずばり「Civil War(第二次南北戦争)」。

製作は米国のエンターテイメント企業A24で、原作と演出は2016年のアカデミー賞視覚効果賞を受賞したSFスリラー映画「エクス・マキナ」の監督で小説家でもある英国のアレックス・ガーランド。主演は「スパイダーマン」シリーズでヒロインを演じたキルスティン・ダンストで、映画は今年4月12日に米英で公開されることになり、このほど最新予告編が発表された。

映画「Civil War」の予告ビジュアル
映画「Civil War」の予告ビジュアル
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ストーリーはダンスト演ずるジャーナリストを中心に展開され、連邦政府から離脱したカリフォルニア州とテキサス州それにフロリダ州の一部が同盟した「西部軍」と連邦政府軍の戦闘を描く。

ダンストは仲間と共にニューヨークから東部戦線を経て、バージニア州のシャーロッツビルから首都ワシントンを目指す。

予告編は、米国の愛国歌「アメリカ・ザ・ビューティフル(美しきアメリカ)」を流しながら見慣れた米国の光景を背景に血なまぐさい戦争が繰り広げられるのを見せ、歌が最高潮に達して「アメリカ!アメリカ! 神は汝に恵みを与う。そして汝の善を兄弟愛で戴く、太平洋から大西洋まで」と歌い上げたところでワシントンのリンカーン記念堂が爆破されるという衝撃的な展開になっている。

映画では爆破されるリンカーン記念堂(ワシントンDC)
映画では爆破されるリンカーン記念堂(ワシントンDC)

しかし、この「第二次南北戦争」は必ずしも現在の米国社会の対立を前提にしたものではない。「西部軍」を構成するカリフォルニア州はリベラルな民主党が支配するし、一方のテキサス州は保守派の牙城とも言え、今この2州が同盟して連邦政府に反旗をひるがえすことは考えられない。

また映画では、連邦政府の大統領が現行憲法で定める任期を超えて3期目に入っていることや、国民に対して無人機攻撃を命令するなど独裁的な支配を行なっているように扱われているが、どのような対立から内戦になったのか映画では取り上げていないようで、試写会を見た米英の記者たちはその点が曖昧になっていることに物足りなさを表明している。

これについてガーランド監督は、このような曖昧さは観客が自分なりの論理を物語に適用するための意図的な試みだという(ザ・ガーディアン紙電子版15日記事)。

トランプ支持派と反対派が口論(ニューヨーク・2023年)
トランプ支持派と反対派が口論(ニューヨーク・2023年)

つまり、観客は自分の思い入れをこの映画にこめて、今の米国社会の分断化やそれがもたらす新たな衝突の危険を感じてもらうことを狙ったのかもしれない。

その意味では、この映画は大統領選挙が本格化する絶好のタイミングで公開されることになったと言える。

「国中で流血の惨事起こる」演説の衝撃

ドナルド・トランプ前大統領は16日、オハイオ州デイトン市で行われた遊説でこう言った。

「もし今回私が当選しなかったら、国中で流血の惨事(bloodbath)が起こるだろう」

「流血の惨事が起こるだろう」トランプ氏演説(オハイオ州・16日)
「流血の惨事が起こるだろう」トランプ氏演説(オハイオ州・16日)

この発言は、中国製の自動車の輸入を止めなければ米国の自動車産業が「流血の惨事」になるという意味だったと前大統領は後に釈明したが、ほとんどのマスコミは大統領は3年前に大統領の支持者たちが連邦議事堂を襲って乱入した事件のような衝突を予言したものと受け止めた。

「米国は新たな南北戦争の危機に瀕しているのだろうか?」

CNNのウェブサイトには早くも16日にこういう表題の論評記事が掲載された。記事は大統領選まで日を追うにつれ政治的暴力を予測する声が高まってきているが、中でもトランプ前大統領は最も声高な予言者で、彼が再び選挙に敗北するようなことになれば「国内は大混乱に陥る」と次のように警告する。

連邦議会襲撃事件(2021年1月6日)
連邦議会襲撃事件(2021年1月6日)

「 1月6日の事件(連邦議会襲撃事件)で頂点に達した長い歴史的軌跡、陰謀論の継続、拡散と蔓延、人種差別、反ユダヤ主義、外国人排斥の高まり、そして容易に入手可能な武器を考えると、銃乱射事件、重要インフラへの攻撃、爆弾テロ、その他の攻撃を含む、政治的動機に基づく新たな国内暴力行為の可能性を否定したり無視したりすることはできない」

一方、保守派も黙っていない。右翼の論客として知られるエメラルド・ロビンソンさんは翌17日、保守系のニュースサイト「ディサーン・リポート」に「アメリカ最後の年2024年にようこそ」という一文を投稿した。

エメラルド・ロビンソン氏の公式X
エメラルド・ロビンソン氏の公式X

彼女は、多くの米国人がいまだに法の支配が存在し、選挙の1票が現実に重視され、主な都市で凶悪犯罪者が保釈金なしで釈放されるようなことがないと信じていることこそ問題だと指摘し、こう檄をとばす。

「本音を言えば、バイデン政権は共産主義者によるアメリカ乗っ取りを行なっているように私には見える。このクーデターは4年目に突入している。2020年に選挙が盗まれ、そのような大惨事を防ぐ国家安全保障機関がその出来事を無視し、犯人を保護した時点で、私はCIAやFBIやDHS(国土安全保障省)や国防総省がもはやアメリカ国民の側にいないのではないかと疑い始めた」

「もしそれが本当なら、これからの8ヵ月は準備に費やすべきだ」

「11月に投票してほしい。そして、共産主義者によるアメリカ乗っ取りに備えてほしい。あなたの1票が意味を持たなくなっている時にこれは矛盾しているように見えるかもしれない。しかし、これは基本的な戦略なのだ。戦いに勝つための計画を立てると同時に、別の日に生き延びることができるよう、秩序ある撤退の計画も立てるのだ。」

米国の新南北戦争はスクリーン上のフィクションで終わるのだろうか?

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。