東京ヤクルトスワローズ、村上宗隆(23)。

2022年、村上は史上最年少(当時22)での三冠王(打率.318、56本塁打、134打点)と日本選手最多のシーズン56本塁打を樹立し、チームはセ・リーグ連覇。新人王、本塁打王、日本一、さらに前年には東京オリンピック金メダルと、すべてを手に入れてきた。

東京ヤクルトスワローズ 村上宗隆選手
東京ヤクルトスワローズ 村上宗隆選手
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しかし、迎えた2023年。村上の成績は打率.256(リーグ20位)、31本塁打(リーグ2位)、打点84(リーグ4位)。前年の三冠王は無冠のままシーズンを終え、チームもセ・リーグ5位と低迷した。

そして今年。新シーズン始動にあたり、自主トレを開始した村上には特別な思いがあった。

1月 自主トレで2024シーズンの決意を語った
1月 自主トレで2024シーズンの決意を語った

「三冠王を、もう一度獲りたいなと思います」

スポーツニュース番組『S-PARK』内企画「土曜日のキャンバス」では、そんな村上の軌跡を、プロ入り前の貴重な資料や証言を交えながら追った。

恩師「自分との“約束”ができる子」

2024年1月、自主トレに臨む村上。バッティング練習では「ラスト」と言いながら、その後も何度も次を要求する姿があった。学生時代から、練習は納得するまでやってきた。

練習は納得するまで
練習は納得するまで

彼が“向上心”に目覚めたのは中2の冬。九州選抜として「日本・台湾国際野球大会」のメンバーに選出された頃。

村上が所属していた熊本東リトルシニアの吉本幸夫監督は、当時を振り返る。

「彼がチームに入ってきた時は、周りと比べて“ちょっと上手い”ぐらいの子でした。当時はスイングもそこまで速くはなかった。でも(選抜メンバーに入って)日本や海外のすごいライバルたちに出会って、刺激を受けて戻ってきた。それがターニングポイントになったんだろうと思います。

熊本東リトルシニア 吉本幸夫監督
熊本東リトルシニア 吉本幸夫監督

彼はすごく負けず嫌いというか、自分が負けているなと思ったら、それ以上に努力して、上へ上へと上がっていける子だと思います。その努力で、打球も飛ぶようになった」

自分よりもすごい選手との出会いが、村上の「原点」となった。そして吉本監督は言葉を続ける。

恩師が村上の原点を語る
恩師が村上の原点を語る

「自分との“約束”ができる子ですね。高校に上がる前の半年間も、ほかの生徒が休んでいるなか、ムネ(宗隆)だけは毎週練習に来ていました。1人で走ったり、バッティングマシンにだんだん近づいて打ったり。普通は良い当たりを打ったら満足しますが、彼は自分なりにいろいろ工夫して練習していました」

九州学院高校時代
九州学院高校時代

その芽生えた向上心は、九州学院高校1年の夏、村上に「公式戦初打席初ホームラン」という劇的なデビューをもたらす。

しかし、まだ荒削りだった彼が甲子園に行けたのは1年生の時の1度きり。高校最後の夏は県大会決勝で敗れた。敗戦後、村上は後輩たちに思いを伝えた。

後輩へ思いを託した
後輩へ思いを託した

「俺は1回しか甲子園行ってないけど、お前らはまだチャンスがあるから、甲子園に2回行けよ」

プロ1年目の「初打席初ホームラン」

そんな向上心あふれる彼の姿を、プロ野球界はしっかりと見ていた。2017年、高校通算52本塁打を誇る村上は、ヤクルトからドラフト1位指名されたのだ。

ドラフト指名会見で村上はこう話した。

ヤクルトからドラフト1位指名
ヤクルトからドラフト1位指名

「期待されているのはバッティングだと思うので、自分にできる最大の打撃を1試合1試合やっていって、チームに貢献できる打撃ができれば」

そう意気込んで迎えた2018年。

プロ1年目の初打席で、村上は高校デビューと同じく「初打席初ホームラン」を放った。

2018年 初打席で初ホームラン
2018年 初打席で初ホームラン

向上心という名の才能。それが球史に残る記録を生む。

彼の才能がさらに花開いたのは、プロ5年目の2022年。

2022年 史上最年少で三冠王 日本人最多本塁打
2022年 史上最年少で三冠王 日本人最多本塁打

史上最年少の三冠王、そして日本人シーズン最多の56号本塁打という2つの大記録を成し遂げたのだ。

村上が師と仰ぐヤクルト・青木宣親外野手(42)はこう語る。

東京ヤクルトスワローズ 青木宣親選手
東京ヤクルトスワローズ 青木宣親選手

「村上選手は、いつでも打てる状況の形ができているし、そういうメンタルがあるんだと思います。(才能の開花は)本人が自分でたどり着いたものですね」

大谷翔平の「5階席ホームラン」に圧倒

強い上昇志向と努力が実を結び、「村神様」と呼ばれるようになった村上。

しかし、試練はプロ6年目、2023シーズンに訪れた。本塁打数(31本)ではリーグ2位につけたものの、打率は同20位の.256。シーズンが終わった後は、ほぼ全ての取材を断り、トレーニングに邁進した。

2023年 無冠でシーズンを終え チームも低迷
2023年 無冠でシーズンを終え チームも低迷

その一方で、2023年は村上が「未来に進む力」を受け取った年でもあった。

それは、3月のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での試合前の打撃練習。大谷翔平(29)が打席に入ると、日本代表・侍ジャパンの多くの選手がケージ裏に集まった。その中には、その前に特大アーチを放った村上の姿もあった。

大谷が放った打球は、バンテリンドーム ナゴヤの5階席へ。村上の飛距離を上回るすさまじい一発だった。村上は感嘆した。

「初めて見ましたが、本当にすごかった。言葉が出ない。すべてにおいて見習うところばかり。少しでも追いつけるように頑張りたいです」

さらなる高みを目の当たりにし、村上の向上心に火がついた。

自分の感覚を信じてやっていく

しかし、WBC優勝後に迎えた2023シーズン前半、村上の打率は.242とブレーキがかかった。青木は後輩の状態について、こう分析する。

師匠の青木は見ていた
師匠の青木は見ていた

「打ち方は良くなかった。そうなった理由は、一つだけじゃなくて、いろんなものが複雑に混ざり合って…だと思うんです」

チームの打撃投手・七條祐樹氏も振り返る。

東京ヤクルトスワローズ 七條祐樹打撃投手
東京ヤクルトスワローズ 七條祐樹打撃投手

「練習の中で、5階席を狙って、大谷選手より飛んだ・飛ばないとか本人も口にしていました。焦りみたいなのはあったんじゃないでしょうか」

村上自身はどう感じていたのだろう。

「不安と焦りはあった」
「不安と焦りはあった」

「不安とか焦りはあったと思います。(不振の原因は)難しいんですよね、これ。いろいろなところに手を出していくうちに、何が正解かわからなくなった」

上昇志向の強い彼は、もっと上を目指した。その挑戦に間違いはなかった。だからこそ村上は、2023年シーズン終了後にSNSでこんな一文を綴った。

『沈んだら沈んだ分だけ、高く飛べる気がします』

「沈んだ分だけ高く飛ぶ」
「沈んだ分だけ高く飛ぶ」

「挑戦するのは大切なことなので、新しいことに挑戦して、自分に合うやり方を見極めながら、自分の感覚を信じてやっていきたいです」

中学2年で芽生えた野球に対しての想いは、プロになった今でも、村上宗隆という選手の心にしっかりと宿っている。

2024シーズンを前に、村上は未来を向く。

「自分の感覚を信じてやっていく」
「自分の感覚を信じてやっていく」

「2023年の振り返りはもう終わった。今後自分がどうなっていきたいかを想像しながら練習しています。僕が三冠王を獲れば、チームが勝って優勝できると思うので、チームの先頭に立って頑張りたい」

『三冠王を、もう一度獲りたい』

その言葉通り、村上宗隆はこれからも向上心に燃え続けることだろう。

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1月27日(土)24時35分から
1月28日(日)23時15分から
フジテレビ系列で放送

27日(土)の『S-PARK』では、女子マラソン・前田穂南(ほなみ)を特集。パリ五輪への切符は残り1枠。28日の「大阪国際女子マラソン」が、最後の五輪挑戦の舞台となる。なぜ彼女は走り続けるのか?長年の密着取材で見えてきた理由に迫る。