ボクシングの世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(30)。「モンスター」という代名詞で世界から恐れられる男は強く、唯一無二の圧倒的な輝きを持つ。
2023年、世界で史上2人目となる2階級での4団体統一王者という偉業を達成。しかし、試合直後の会見で次のように語っていた。
「達成感もありますし嬉しいですけど、やはりここは自分の中で通過点として捉えていた」
4本のベルトという偉業を成し遂げても、出てきた言葉は、まだ「通過点」。
その言葉はデビューした11年前から変わっていない。初めて世界チャンピオンになったときも「35歳までやるなら通過点」と発言した井上。
常に“通過点”の中で、戦い続けてきた。
プロデビューから11年。現役最強と言われるまで登りつめた井上のゴールは一体どこなのか。
偉業を達成しても冷静で客観的な井上
2023年12月27日。2階級で4団体統一という偉業を達成して一夜が明けたこの日、井上の通う大橋ジムには、多くの報道陣が殺到していた。

記者からの「倒すまでに10回までかかったのは階級の壁があったのか」という質問に、井上は笑いながら、「ちょっと待ってください!階級の壁とか、苦戦したとかよく言われていますけど、この内容でそんなのこと言われていたらどうしたらいいんですか!(笑)相手も世界チャンピオンですよ。まあまあ無傷ですからね」と答えた。
そして、「まだまだ試合を通して、もっとこういう展開にしていったらいいなとかも少なからず見えたので。点数をつけるとしたら70点くらい。まだ30点の伸びしろが全然あると思うので」と偉業を達成しても、反省点と課題を口にした井上。
あの圧勝と言っても過言ではない試合で、満足していない井上がそこにいた。

そんな冷静で客観的な井上がボクシングを始めたのは、小学1年。練習をする父の背中を見て憧れたという。
試合に出始めたのは少年ボクシングが全国に広がった小学6年の頃で、高校ではアマチュア7冠という史上初の快挙を成し遂げた。
当時の練習場所は、自宅の離れ。トレーナーは今と変わらず父・真吾さん。二人三脚で続けてきた。練習メニューは父が考案し、独創的なメニューを次々に編み出してきた。

車押し、砂浜でのトレーニングなどなど。そして一番基本的な練習の一つでもあるミット打ちも一味違う。
そのミット打ちに関して井上は言う。
「周りのトレーナーとかを見ていたら『はい、ワンツー』バンバンバンバンなんですけど、違うんですよ。瞬間瞬間で出すんですよ。言わないでパッパッパって」

通常のミット打ちはどうパンチを打つかを決め、それを反復練習する。しかし井上は、トレーナーの父が予告なしに構えるミットに対して、瞬時に反応してパンチを繰り出す。その都度まったく違う動きを要求されるのだ。
このランダムなミット打ちはどんな効果を生むのか、スーパースローカメラで検証した。
井上のミット打ちと、ボクシング歴8年の選手とを比べると、差が出たのはパンチの出だしだった。ミットが構えられると、井上は瞬時にパンチが出る。普通の選手が一拍あける間が無いのだ。
子供の頃から続けてきた父との独自のミット打ちは今、偉業達成の礎を築いた。
目標を決めない、限界を決めない井上
2階級での4団体統一という偉業を達成した翌日、我々は一つの質問をした。プロデビュー当時、今の自分を想像できていたか、と。答えは即答だった。
「できません!」と。そして言葉を続ける。「11年前に2階級4団体統一を目標にしたら、もうボクシングはできなくなる」、そう言い切った。

井上の足取りを振り返ると、決して楽な道では無かった。
2014年4月、プロデビュー後6戦目で、ライトフライ級の世界王者に挑んだ井上。
減量苦から序盤で足がつり、動きが鈍る。すると最終ラウンドまで持たないと判断し、“勝つ”ために覚悟の打ち合いに出た。結果、当時、日本人史上最速となる6戦目で世界王座についた。

ボクサーの誰しもが目指す、世界チャンピオンになったにもかかわらず、直後の我々のインタビューに井上は次のように答えていた。
「35歳までやるんだったら、通過点としてしか見ていないですね」
通過点。その行きつく先はどこに?
全てを通過点として捉えているチャンピオンの姿を熟知しているのが、同じジムの先輩で、井上のフィジカルトレーナーを勤める元世界3階級王者・八重樫東さんだ。
八重樫が知る井上の“凄さ”
八重樫さんは井上が語る「通過点」について、「井上尚弥は自分がどこまで行けるか探している人。そういう意味では通過点であるようにしていかないと行けるとこまでいけない」と語った。

自身を常識や規定概念で縛らない井上。八重樫さんはその考えが毎日のシャドーボクシングにも表れていると言う。

「パンチ一つに対して、避けてジャブを打つとか、避けて右ストレートを打つとか、普通のボクサーはそこまでなんですよ。
彼の場合はそうではなくて、自分が打ったときに相手が避けるところまで想定している。自分の思考を常に落とし込む練習をするので、そうすると自分で課題を見つけられて、自分でメニューを組み立てられる。それを追求して試合を迎える」
八重樫さんは続ける。

「足が途中でつっちゃったとか、拳が折れちゃったとか、眼下底が折れちゃったとか、色々なアクシデントがある中で井上尚弥のパフォーマンスは崩れないんですよ。
それって多分メンタルなんですよね。普通は、ちょっと弱気になったりするんですよ。彼の場合は、これができなくなったからこうしようとか、引き出しが多いんです。
負けを受け入れるところがないので、基本的には勝ちしか見えてないので、そこが本当の強さなんじゃないかと思いますね」
どんな状況でも常に勝ちへの方程式を導き、それに従って戦う井上。それを支えるメンタリティー。
しかしそれは、井上が生来強いから成り立つのではない。才能があるからできているのでもない。
勝利に向けて自分が何をしなくてはいけないかを常に考え、それを具現化し、実践し克服し続けているからこそ、今の井上があると言っても過言ではない。
プロの世界で、“敗北”の二文字を知らない井上尚弥。
なら、これまでの試合全てが通過点と語る世界王者が見据えるゴールとは何なのだろうか。

今夜のS-PARK『土曜のキャンバス』では、その胸の内をさらに聞くべく切り込む。
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1月13日(土)24時35分から
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