いわゆる“ルフィ”グループの指示による数々の広域強盗事件が、日本全国を震撼させた2023年。一連の事件が解決に向かっても体感治安の回復には至っていない。

こうした中、日本一の“ジュエリータウン“として知られる東京・上野の貴金属店街では、強盗事件が多発する中で街の人々の防犯意識改革が進んだ1年でもあった。
従業員が「さすまた」で犯人に立ち向かう
11月下旬の日曜、台東区上野の「ジュエリータウンおかちまち」で事件は起きた。貴金属店が並ぶ街の一角で、客足も減り閉店の準備を進める午後6時半過ぎ、オートバイに乗った3人組の男が店に押し入り、ショーケースをバールで破壊するなど暴れまわった。

こうした強盗事件では、わずか数分の間に高額の商品が根こそぎ奪われるケースも多いのだが今回は違った。「さすまた」を持った従業員2人が店の奥から出てきて、男らに果敢に立ち向ったのである。ひるんだ男らはオートバイを乗り捨て走って逃げていった。

鮮やかとも言える強盗への勇敢な対応はSNSを中心に広がり称賛のコメントがあふれた。しかし同時にある疑問もわいた。足もすくむほどの強盗事件を目の当たりにしたこの店の従業員はなぜ「立ち向かう勇気」と「さすまたを扱う技術」を持っていたのだろうか。

“ルフィ”事件で商店街に「強盗の風」
「ジュエリータウンおかちまち」では、2023年3月から11月にかけて7件もの強盗事件がおきていた。JR御徒町駅から半径400メートル以内の商店街だけで7件というのは多発と言っていいだろう。「7件」という数字は、2022年に警視庁上野警察署管内でおきた強盗事件の3倍以上にあたる。

7件の事件で狙われたのはロレックスなどの高級腕時計や金塊など高額で売りさばけるものばかりだった。被害額は3~5月に発生した3件だけで1億7000万円近くに上る。
“ジュエリータウン“での強盗事件が急増した背景について警視庁幹部は「昔から上野は終電終わりから始発までの空き巣が多かった。しかし狛江の事件から風向きが変わった」としている。

狛江の事件とは、いわゆる“ルフィ”グループが指示した広域強盗事件のうち、2023年1月、東京狛江市の住宅に闇バイトで集まった実行役らが押し入り、当時90歳の女性を死亡させ金品を奪ったものだ。“ルフィ”グループは狛江事件以外にも、全国各地での強盗事件で実行役に指示を出しており、余罪は実に7件に及んだ。

この警視庁幹部によれば狛江事件をきっかけに、それまでは「窃盗」が多かった上野の“ジュエリータウン”に、「強盗の風」が吹き込まれたという。

強盗罪は窃盗罪よりも量刑が重く、実刑になることも多い。この幹部は「彼らが強盗に手を染める理由は経済状況と世相にある」と指摘した上で、「物価が上がっても収入は増えない、そんな時にスマホで簡単に高額を稼げるバイトが見つかる。最初は『受け子』や『出し子』という言葉でごまかされ、知らぬ間に犯罪に加担してしまう。高額のバイトを繰り返すにつれ、気がつくとバイト内容は強盗にまでエスカレートしてきて、その頃には完全に犯罪に手を染めている感覚は麻痺している。これが闇バイトの恐ろしいところ。価格が劇的に上昇したロレックスなどの高級腕時計や金などの貴金属がターゲットとなり“ジュエリータウン“が犠牲になってしまった」と事件の背景を明かしている。
「もう強盗は起こさせない」変貌を遂げる街
そんな状況に“ジュエリータウン”側もやられてばかりではいけないと立ち上がった。
「ジュエリータウンおかちまち」宝飾店街の会長・山本孝広氏は「安心安全のために警察と一緒になって犯罪を起こさせない街をつくる」と力強く話す。街では加盟の80以上の店舗にカラーボールを配ったほか、毎月防犯パトロールを続けている。
また、警視庁も赤色灯をつけたパトカーを配置し重点警戒したり、防犯訓練として「さすまた」の使い方を教えた上で導入を促してきた。こうした対策により街全体の防犯意識が高まったことが、11月の「さすまた」での強盗犯撃退に繋がったという。

また今年発生した7件の強盗事件のうち、5月中旬以降の4事件については奪われた商品はなく、そのうち1件の事件では不審者を事前に見つけ出し、犯行直前に事件を防ぐことにも成功しており犯罪抑止の環境は確実に整ってきている。
都内の強盗事件捜査を指揮する警視庁の国府田剛 捜査第一課長は「これからも対策を怠ることなく取り締まりを強化していく。上野で事件が起きたら捜査一課が必ず捕まえる」と語る。“ジュエリータウン”と警視庁がタッグを組んで行う防犯への不断の努力が、“ルフィ”が巻き起こした「強盗の風」をシャットアウトしている。
(フジテレビ社会部 警視庁クラブ捜査一課担当 森将貴)