真宗王国と呼ばれる石川の中でも特に能登は寺院の数が多く600以上の寺がある。地震で被災した寺を再建するか、それとも長い歴史に幕を閉じるか。志賀町赤住の寺は重い決断を下した。
公費解体し寺の解散を決定
2025年9月、石川県志賀町赤住にある恩敬寺で開かれたのは遷仏法要。鐘の音がなると、門徒を始め寺にゆかりのある人たちが集まってきた。27世住職の池野観寿さん（52）が法要に向けて着替えていた。「最初に門徒から寄付していただいた袈裟です」住民たちが寺に集まると、にぎやかな声が響く。
火を灯したり仏具を整えたり門徒たちが法要の準備を進めていた。池野さんが「よろしければ皆さんご唱和いただけたら」と呼びかけ読経を始めると、集まった人たちが一緒に経を読み上げた。そして池野さんは「過疎化の波に加えて、令和6年能登半島地震による甚大な被災により、当時の解散を迎える」と高らかに読み上げた。
地震の前から過疎化の波
1579年に建立した恩敬寺。2024年の能登半島地震で本堂が半壊したことを受け、公費解体し寺を解散すると決定したのだ。ゆかりの人たちは「子どものときはうちらの遊び場だった。夏はここで宿題して昼寝した」「さびしいわね。でかいお寺なので。赤住のばあちゃんたちはよく参った」と感慨深い様子で話した。
志賀原発が立地する志賀町赤住。地震の前から若い世代の多くが集落を離れていた。住職の池野さんは被災した当初は寺の修復を検討していた。「見積もりを出したら応急処置でも3500から6000万円。しっかり耐震補強するならもっとかかると言われた。門徒さん自身も被災して自宅を修復しないといけないところで寄付を集めることは難しいとなった」2025年3月が公費解体申請の締めきりだったことから3月2日に門徒総会を開いて最終的に寺の解散を決定した。
能登の寺院の厳しい運営状況
池野さんは約25年間、兼業で住職を務めた。寺の解散が決まってからも週末には被災した墓の墓じまいなど法要を一つ一つこなしてきた。「最後の住職として、立鳥後を濁さずじゃないですができる限りのことをしたい」
石川県七尾市にある真宗大谷派能登教務所。竹原了珠所長は「10年前に能登の真宗大谷派全ての寺に対して実施したアンケートがある。『10年後に寺の収入はどれくらいになっていると思うか』という問いの返答で『100万円程度』と答えた寺院が結構な数いた。主たる収入源の中に『年金』と答えた住職も相当数いた。年金を投入しなければ寺を運営できないという状況がおしなべてある」10年後である2025年はその状況がさらに深刻化していると言えるそうだ。
恩敬寺の池野さんは幼い頃から26世住職で父の観暎さんの背中を見て育った。遷仏法要を終えた池野さんは集まった人を前に「私が住職になってからなかなか仏事を務めることができず。いろいろな集まりを持つこともできず、そういうことも寺離れを助長させてしまったのかなと思います。本当にみなさんありがとうございました」とあいさつした。
「寺は門徒のもの」
2025年10月、寺の公費解体が完了した。大きく広がった更地を前に池野さんに改めて「寺を解散するということはどういうことか」と聞いた。少し考えたうえで池野さんは「門徒さんたちが教えを聞く機会を減らしてしまったということかと思う。寺というのは住職のものではなくて門徒のものだと思う。門徒の方々が寺を守っていこうという力を注いでいただけなければ維持していくことは難しい。今まで以上にそれぞれの寺の維持に力を注いでほしい」と話した。そのうえで「肩の荷が下りた部分もあるか」と聞くと「楽になった面もあるが、それが寂しさにつながっているという風にも思う」と答えた。
石川県珠洲市蛸島町。地震で甚大な被害を受けた地域の一つで、かつて住宅が立ち並んでいた場所に広大な更地が広がっている。そこで始まっていたのが真宗大谷派、勝安寺の新築工事だ。住職の梧光洋さん（72）は「息子が継ぐと言ってくれたことが後押しになった」と話す。工事はハウスメーカーのトヨタホームが請け負い、重量鉄骨造りの新しい本堂は能登半島地震以上の揺れにも耐えられるそうだ。
勝安寺は能登半島地震で本堂が全壊。その光景を見た梧さんの長男が「後を継ぐ」ことを伝えてくれたという。「息子が早く本堂を直してほしいという希望があったので」と話す梧さん。真宗大谷派からの共済金約1億円で本堂などを新築することを決めた。
しかし門徒がどれだけ地域に戻ってくるのかは分かっていない。「本堂が建つと自然と来る人もいるだろうし、壊れているから行ったって仕方ないという門徒もいるだろうし。1人でも2人でも来られれば、そういう方たちの拠りどころになってくれれば」甚大な被害を受けた能登の寺院のうち、どれほどの寺が再建に踏み出せるのか不透明なままだ。
（石川テレビ）
