2023年、東南アジアで日本人による特殊詐欺グループの摘発が相次いだ。実行犯として逮捕された多くは、SNSで闇バイトの募集を見て参加した若者や困窮者だったが、彼らを勧誘する「リクルーター」や、その背後には暴力団や半グレがいて、中国や台湾の犯罪組織とも連携していると指摘される。東南アジアの国々を拠点に繰り返される特殊詐欺の実態に迫った。

収容所から指示…フィリピン事件の衝撃

2023年2月、全国で相次いだ広域強盗事件をきっかけに、フィリピンの首都マニラ郊外のビクタン収容所からSNSで「ルフィ」などと名乗り、犯行を指示していたとされる男4人が強制送還された。

男らが収容されていたビクタン収容所
男らが収容されていたビクタン収容所
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彼らは、2019年に日本人36人が拘束された特殊詐欺事件で摘発を免れた残党で、その後、現地当局に拘束されたが、フィリピン人の元妻らに暴力などを理由に告訴させて強制送還を意図的に遅らせ、犯行を続けていたとみられる。

現地警察や入管などと犯罪者との間で賄賂が横行していた実態も明らかになり、このニュースは連日、日本とフィリピンで大々的に報じられた。

連日会見対応に追われたフィリピンのレムリヤ法相(2023年2月)
連日会見対応に追われたフィリピンのレムリヤ法相(2023年2月)

事態を重く見たフィリピン政府は、通信機器の使用などで4人に便宜を図っていたとして収容所トップを更迭したほか、職員ら30人以上を交代させ、ずさんな施設運営の見直しを迫られた。

その後、詐欺グループの一員だった20代の女らも次々と逮捕され強制送還。彼女たちは日本での裁判で、短期間に高収入を得られるアルバイトに安易に手を伸ばした末、脅され逃げられなくなったなどと話している。

特殊詐欺の拠点はタイにも…

東南アジアを拠点とした日本人による特殊詐欺事件は、今に始まったことではない。

警察庁の捜査員が詐欺グループの拠点となっていたタイ・パタヤの家を確認(2019年4月)
警察庁の捜査員が詐欺グループの拠点となっていたタイ・パタヤの家を確認(2019年4月)

タイでは2019年にリゾート地パタヤの高級住宅地で拠点が摘発され、15人が強制送還された。

そして、2022年12月にも首都バンコクの住宅を拠点としていた30代から40代の男5人が逮捕された。

条件の良いコールセンターのアルバイトに応募してタイに到着した28歳の男性からパスポートを奪い、特殊詐欺の電話をかけるよう命令して監禁したものの、男性が隙を見て逃げ出し大使館に助けを求めて事件が発覚した。5人は、バンコクから日本国内に区役所職員をかたり医療費の還付金が戻るなどとする嘘の電話をかけ、銀行口座から現金をだまし取っていたとみられる。

「詐欺マニュアル」で犯行手口が明らかに

特殊詐欺の拠点からの押収品で共通しているのは、携帯電話やパソコン、キャッシュカード、そして、電話で被害者とやりとりする際のマニュアルだ。我々は、逮捕された5人が使用していた詐欺のマニュアルを入手した。

FNNが入手した実際の詐欺マニュアル
FNNが入手した実際の詐欺マニュアル

「詐欺マニュアル」の内容(一部抜粋)

「お世話になっております。私○○区役所保険年金課の○○と申します」

「今年8月上旬ごろに私どもから○○様のご自宅へ『累積医療費のご案内』とかかれた緑色のご封筒を郵送させていただいたのですが、書類はご確認いただけてますでしょうか?」

「過去5年間の累積医療費として○円のお受け取り出来る金額がありまして、まだ申請書をご提出いただいていないもので、…今回期限内に提出されなかった方に対しまして、期限外のお手続きがございまして、行政対応の銀行さん振り込みでお手続きできます。普段お使いの銀行で結構ですのでどちらの銀行から戻しますか?」

Q:なんで役所が非通知なんですか?
A:昨年、年金機構の受給者リストが流出してしまった問題があったと思いますが、警察の方に調べてみてもらったところ電話番号のアドレスから内部に侵入されて…そのため区役所でもお金を扱う部署では自動的に非通知設定で対応しています。

Q:そんな書類見てませんよ。いつ送ったんですか?
A:○月○日の午前中に郵便局さんの履歴には残っています。

Q:じゃあ書類をもう一度送ってください。
A:申し訳ないのですが、医療費のお知らせですら再発行がきかないものなので、こちらはご了承ください
 

FNNが入手した実際の詐欺マニュアル
FNNが入手した実際の詐欺マニュアル

詐欺マニュアルには、電話での手順が細かく書かれ、相手の反応次第でたくみに切り返せるような回答例もまとめられていた。さらに、「アポの要点」と題し、“ウソの説明”に筋道を通すことや、一度説明して相手が分からなかったことは別の言い回しに変えて伝えるなど、細かい指示が記載されていた。住所や電話番号、生年月日が書かれたリストは、我々が確認できただけで、東京、神奈川、埼玉、兵庫、大阪、愛知で計3850人分に及ぶ。

押収された個人情報リスト
押収された個人情報リスト

5人は2023年12月初旬、タイ国内の裁判で、男性への監禁などの罪で禁錮4年の実刑判決を言い渡された。タイで刑に服したあと日本に送還され、詐欺容疑について本格的な捜査を受けることになる。

新たな拠点は「カンボジア」か

“ルフィ事件”の発覚後も、東南アジアの拠点の摘発は続いている。

詐欺拠点となったシアヌークビルのリゾートホテル
詐欺拠点となったシアヌークビルのリゾートホテル

2023年4月、カンボジア南部シアヌークビルのリゾートホテルを拠点にしたグループ19人が強制送還された。カンボジアから日本への直行便はなく、警視庁が捜査員約50人を現地に派遣し、チャーター機を手配しての大移送となった。

カンボジアでは、5月にもタイとの国境付近のホテルで7人を拘束。そして、9月に首都プノンペンのアパートで20人以上が拘束された事件では、現地当局による連行の際に容疑者の一部が逃走した。このうち3人は、タイ国境を越えたとみられているが、その後の行方はわからず、カンボジアをはじめ、タイ、日本が協力して捜査している。関係者は、「パスポートも金もないはずの容疑者らがまだ見つからないということは、支援者がいる可能性もある」と話す。

2023年11月にカンボジアから強制送還された容疑者グループ
2023年11月にカンボジアから強制送還された容疑者グループ

海外を拠点とする特殊詐欺は、日本からの捜査が及びにくいとされてきたが、犯行グループの摘発が相次ぐ中で、比較的監視の目が届きにくかったカンボジアが新たな拠点になっている可能性も指摘されている。

緩くつながる勧誘役「リクルーター」

2023年11月、タイの首都バンコク近郊にある高級住宅街を拠点にしていた日本人や台湾出身の男ら4人が拘束されたが、このうち日本人の男1人は、犯行グループの新たなメンバーを勧誘する、いわゆるリクルーターとみられている。

地理的に日本から近く、気候も温暖で比較的物価が安い東南アジアでのリゾート生活を売りにした「闇バイト」とみられる募集はSNS上に散見される。そして、「ちょっと稼ぎたい」と軽い気持ちで手を出す若者や困窮者が後を絶たず、彼らは実行犯として加担したあとに捨て駒となり逮捕され、重い代償を払うことになる。

関係者は「背後には暴力団や半グレがいて、中国や台湾などの犯罪組織とも連携している。東南アジアの場で別々のグループのリクルーターが緩くつながり、各国で特殊詐欺が繰り返されている」と指摘している。

マニラのビクタン収容所前でリポートする筆者
マニラのビクタン収容所前でリポートする筆者

2023年は東南アジアの国々で特殊詐欺グループの摘発が相次いだ年となった。しかし、彼らは今も、拠点を移しながら多様に変化して犯罪行為を続けているとみられ、各国の捜査機関が協力して実態解明が進められている。
(FNNバンコク支局長 田中剛)

田中剛
田中剛

FNNバンコク支局長。2000年フジテレビ入社。情報番組「めざましテレビ」「とくダネ!」でディレクターやコーナーデスクを担当。
2010年から報道局社会部で司法クラブ、宮内庁クラブ、デスクを経て、2022年8月から現職。