蒲焼や丼ものとして日本人に馴染みのあるウナギ。そんな「ニホンウナギ」の完全養殖に成功したと、近畿大学が10月26日に発表した。

ウナギの完全養殖については、2010年に国立研究開発法人水産研究・教育機構が成功しているが、大学としては初めてとなるという。

和歌山県白浜町にある近畿大学の水産研究所では、卵から人の手で育てたウナギの稚魚を親にし、その親から採れた卵を人工的にふ化させる、ウナギの「完全養殖」に取り組んでいる。

大学によると、2023年7月に最初のふ化に成功して以降、10月18日時点で、あわせておよそ600匹のウナギが育っているという。日本では、ウナギの稚魚を採って養殖を行っているが、稚魚の漁獲量が減少し、取引価格も高騰していることから、1日も早い「完全養殖」の実現が求められている。

1976年からニホンウナギの種苗の生産研究を開始

近畿大学水産研究所では、白浜実験場で1976年からニホンウナギの種苗(養殖に使う稚魚)の生産研究を開始し、1984年と1998年に採卵・ふ化に成功した。しかし、仔魚が餌を食べるまでには至らず、1998年に研究は中断していた。

そして2019年3月、浦神実験場において、国立研究開発法人水産研究・教育機構で開発され、公表されている技術情報をもとに研究を再開したところ、2019年9月に人工ふ化に成功した。

そこから、人工ふ化したウナギの雌雄を親魚として、2022年9月からは成長の良いものから順次、催熟(卵や精子の形成に関与するホルモンなどを投与して人為的に成熟を促進すること)を開始したところ、2023年7月5日に受精卵が得られ、翌6日には仔魚がふ化して、完全養殖に成功した。その後、8月3日、8月24日にも、ふ化が確認されている。

完全養殖を達成したニホンウナギの仔魚(提供:近畿大学水産研究所)
完全養殖を達成したニホンウナギの仔魚(提供:近畿大学水産研究所)
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近畿大学水産研究所は「ウナギの完全養殖は、受精卵を得てシラスウナギ(稚魚)にするまでが一番難しいとされており、今後の研究においては養殖用種苗として利用可能になるシラスウナギまでの育成を第一目標としています」としている。

また、「今後、3カ月から半年程度でシラスウナギ(稚魚)に変態し、一般的な食用サイズに成長するにはそこからさらに約1年程度かかる見込み」としている。

近畿大学水産研究所がニホンウナギの「完全養殖」に挑む理由は何なのか? また、シラスウナギ(稚魚)にするまでが一番難しいのは、なぜなのか?

近畿大学水産研究所浦神実験場の場長で、ニホンウナギの産卵、孵化、仔魚飼育研究の主な担当者、田中秀樹さんに聞いた。

天然の稚魚に依存せず、ウナギのライフサイクルを完結させる

――ニホンウナギの「完全養殖」とは何?

飼育環境下でウナギを成熟させて、卵と精子を採取し、受精・孵化させて得られた仔魚を成魚になるまで育て、これらを成熟させて、次の世代の稚魚を得ることです。

すなわち、天然由来の親魚ではなく、人工種苗由来の親魚から次世代の稚魚を生産することを「完全養殖」といいます。


――ニホンウナギの「養殖」と何が違う?

現在のニホンウナギの「養殖」は天然の稚魚を採捕して、商品サイズまで育て、食材として利用する産業です。

「完全養殖」は上記の通り、天然の稚魚に依存せず、飼育環境下でライフサイクルを完結させるという点が異なります。

完全養殖を達成したニホンウナギの仔魚(提供:近畿大学水産研究所)
完全養殖を達成したニホンウナギの仔魚(提供:近畿大学水産研究所)

――ウナギの「種苗」は、ウナギの「稚魚」とは違う?

「種苗」は「養殖に使う稚魚」を指します。養殖とは無関係の魚の成長段階の一つである「稚魚」は、「種苗」ではありません。


――ウナギの「仔魚」と「稚魚」の違いは?

一般には、卵からふ化したばかりの赤ちゃん魚は「仔魚」と呼ばれます。仔魚は成魚(親)とは違う形をしています。

仔魚が成長すると「稚魚」と呼ばれる子供の魚になります。このときに「変態」して、親と同じ形になります。

ウナギの場合は…

【仔魚】
「プレレプトセファルス(孵化後、エサを食べ始めるまで;前期仔魚)、レプトセファルス(エサを食べ始めてから稚魚に変態するまで;後期仔魚)」ともいいます。孵化してからシラスウナギ(稚魚)になるまでの赤ちゃん期間の成長段階を指します。

【稚魚】
仔魚から変態して、シラスウナギとなった成長段階を指します。まだ色素はなく透明ですが、ひれや体の構造は基本的に成魚と同じになった状態です。

「深い海」の環境を水槽で再現することが難しい

――ニホンウナギの「完全養殖」に挑む理由は?

「養殖に使う種苗(稚魚)は天然資源に負担をかけないよう、全て人工種苗で賄うべきである」という思いが根底にあります。

ウナギの養殖は盛んですが、種苗(稚魚)は全て天然に依存しているのが現状であり、近年は資源の減少も著しく、絶滅危惧種に指定されている状況です。

現在の技術では、ウナギ養殖用の種苗(稚魚)を全て人工種苗で賄うことは想像できません。しかし、少しずつでも人工種苗を利用できるようにしていくことは、天然資源の保護、持続的養殖生産への意識改革にもつながります。

また、完全養殖によって人工種苗が世代を重ねれば、早く変態し、早く成長し、病気にかかり難いなど、より付加価値の高い養殖用種苗の実現にもつながるものと考えています。


――1998年に中断した研究を2019年に再開した理由は?

1998年当時、ふ化したウナギの仔魚は、他の海産魚の種苗生産に用いられている餌料系列では全く育たず、飼育できるめどが立ちませんでした。

その後、2002年にはクロマグロの完全養殖に成功し、近畿大学水産研究所としては、そちらに重きを置いたという経緯がありました。

2010年代以降、ウナギの資源減少や価格高騰が顕著になり、ウナギの完全養殖が強く望まれる状況の下で、2018年に私(田中さん)が浦神実験場に着任したことにより、ウナギの種苗生産の取り組みが再開されることになりました。


――ニホンウナギの仔魚はどのような環境で飼育している?

常時、23~25度程度の流水(海水)の中で、エサをあげる時間以外はできるだけ照度を抑えて、ほぼ暗黒下で飼育しています。

ウナギの仔魚を飼育している水槽(提供:近畿大学水産研究所)
ウナギの仔魚を飼育している水槽(提供:近畿大学水産研究所)

――シラスウナギ(稚魚)にするまでが一番難しいのはなぜ?

ウナギは本来、受精卵からシラスウナギ(稚魚)になるまでの期間は沿岸ではなく、外洋の中深層で生活しています。

外洋の中深層は、日本の南にあるマリアナ海域の水深 200mぐらいの「深い海」のことです。その物理環境や餌料環境を飼育水槽内で再現することが難しいためです。


――今後の課題は?

ウナギの種苗(養殖に使う稚魚)の生産と完全養殖技術の安定化です。


――完全養殖のニホンウナギを食べられるようになるのはいつ頃?

現在のウナギ養殖の届出、許可制度は、天然種苗を利用した養殖のみを対象としており、人工種苗、完全養殖のシラスウナギ(稚魚)を利用した養殖のルールはなく、商業的利用が認められていません。

人工種苗を利用したウナギ養殖のルールが整備されて、かつ、消費者が完全養殖ウナギの価値を認めて、相応の対価を支払うことを容認できるようになったときだと思います。

ウナギの仔魚にエサを与える作業(提供:近畿大学水産研究所)
ウナギの仔魚にエサを与える作業(提供:近畿大学水産研究所)

私たちが完全養殖の「二ホンウナギ」を口にするまでには、まだ、かなりの時間がかかりそうだ。しかし、まずは第一目標である「シラスウナギまでの育成」を達成することを期待したい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。