イスラエルとイスラム原理主義組織ハマスとの軍事衝突が激化してから1ヶ月が経過した。

今回の発端はハマス側がイスラエル領内へロケット弾数千発を打ち込んだことだったが、イスラエル軍はそれによってガザ地区への空爆を強化し、パレスチナ側の犠牲者数は1万人を超え増加の一途を辿っている。

世界各地では過剰防衛的な行動を続けるイスラエルへの非難の声も広がっているが、イスラエルはハマス殲滅のための軍事行動を貫く姿勢だ。

それによって、長年イスラエルと敵対するイランもけん制的な発言を見せている。

イランのアブドラヒアン外相は10月15日、イスラエルがガザ地区での残虐行為を止めなければ、イランが傍観者ではいられなくなるとけん制し、イランの最高指導者ハメネイ師は11月1日、イスラム諸国はイスラエルと経済的に協力するべきではないとし、イスラエルへの石油や食料の輸出を停止するようイスラム諸国に呼び掛けた。

また、レバノンやイエメン、イラクやシリアなどに点在する親イランのシーア派武装勢力は反イスラエル闘争を強化し、レバノン南部を拠点とするヒズボラはイスラエルへの攻撃を強化した。

イエメンのフーシはイスラエルに向けて無人機や弾道ミサイルを発射、11月9日はイスラエル南部エイラートにフーシ派が発射した無人機が墜落し、学校などが被害を受けたという。

イラクの親イラン勢力は、イスラエルを支持する米国の権益を狙った攻撃を繰り返し、米国もイラクやシリアにあるイラン権益を攻撃している。

緊張の長期化は国家絡みのテロを誘発する可能性

親イランの武装勢力がイスラエルを狙った行動をエスカレートさせているが、イランとイスラエルが直接軍事衝突するとなれば、それは中東全体に影響を及ぼし、イランとしては欧米などから経済制裁を強化される可能性が高い。

よって、それは最大限避けたいのがイランの本音であり、イスラエルもイランと直接戦争することは望んでいないだろう。しかし、現在の緊張の長期化は、1つにイスラエル・イランを当事者とする国家絡みのテロを誘発する可能性が高い。

たとえば、ブラジルのサンパウロでは11月8日、ブラジル国内のユダヤ教シナゴークを狙ったテロを計画した疑いでブラジル人2人が現地警察に逮捕された。

これについて、イスラエル政府は対外諜報機関モサドとブラジル当局が協力し、レバノンのヒズボラがテロを計画、イランが資金提供したと主張した。

現地メディアによると、容疑者のうち1人はレバノンから到着した際に逮捕されたという。

親イラン勢力による過去のテロ

しかし、こういった親イラン勢力によるイスラエル、ユダヤ教権益を狙ったテロは他の国々でも過去にみられる。

2012年7月にはブルガリア東部で、黒海に面するブルガスの空港でイスラエル人観光客らを乗せたバスが突然爆発し、6人が死亡、30人以上が負傷した。

爆発は、イスラエルからのチャーター便が到着し、イスラエル人観光客がバスに乗った直後に発生、この当時も首相だったネタニヤフ首相は、この数カ月間でキプロスやケニア、インドやタイ、ジョージアなどで同様のテロが起きており、イランによる犯行として同国への報復を示唆した。

 また、インドでは2012年2月、首都ニューデリーにあるイスラエル大使館付近を走行していた同大使館の車が爆発し、イスラエル外交館の妻ら4人が負傷した。

この爆発では、大使館の車が信号待ちで止まった時、その後ろを走っていたバイクの2人組が車の後部に何かを置き、その数分後に爆発した。同月には、ジョージアの首都トビリシにあるイスラエル大使館を狙ったとみられるテロ事件も発覚し、イスラエル大使館の現地職員が運転中、車の下部からの異常音に気付き爆発物を発見し、警察が処理する事態があった。

また、タイでも同月、首都バンコクにあるイスラエル大使館の職員をターゲットにする爆殺テロを計画していたイラン人3人が、アジトで簡易爆弾(IED)誤爆事件を起こして逮捕された過去がある。その後3人のうち2人はイランへ強制送還された。

いずれの事件でも、ネタニヤフ首相はイランが背後にいるとし、イランへの敵意を強く示した。

さらには、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで1994年7月、ユダヤ人協会本部のビルが爆破され、85人が犠牲となるテロ事件も発生し、イスラエルや米国はイランの支援を受けてヒズボラが実行したとの見方を示している。

軍事衝突に発展しないレベルの双方のテロ 誘発か

こういった中、イスラエルのガラント国防相は今年7月、滞在先のアゼルバイジャンの首都バクーで、イスラエルとその同盟国は近年、世界各地におけるイスラエルやユダヤ権益を狙ったイランによるテロ攻撃を50件以上阻止したことを明らかにした。

ガラント国防相は、イランは世界中のイスラエル人とユダヤ人を標的とした前例のない規模の世界的なテロキャンペーンを主導していると懸念を示し、同国防相がバクーに到着する2日前にも、イスラエル大使館を標的としたテロ攻撃を計画したとして、イラン経由で現地入りしたアフガニスタン人の男が逮捕される事件があった。

一方、イランもイスラエルが背後にあるとみられるテロ事件を強調している。2020年11月、イランの首都テヘラン郊外でイランの核開発を主導してきた核科学者モフセン・ファクリザデ氏が車で移動中、何者かに銃撃されて死亡する事件があったが、ファクリザデ氏は長年にわたってイラン核開発で主導的な立場にあり、核開発の父とも呼ばれ、最高指導者ハメネイ師やロウハニ元大統領がイスラエルの関与を指摘した。

核兵器開発疑惑が深まるイランでは2010年ごろから数回、核科学者らを狙ったとみられる爆発が発生し、イランはイスラエルの関与を指摘している。

今年1月には、イラン中部イスファハンにある軍事工場に小型爆弾を積んだドローン3機が飛来する事件があり、そのうち2機は撃墜され、1機は工場の屋根に墜落した。

イラン当局は軍事工場の破壊を狙ったイスラエルによる仕業との声明を発表し、報復措置も辞さない構えで強くけん制した。

2022年12月にも、イスラエルの諜報機関と共謀して核関連施設を攻撃しようとした容疑で4人が逮捕され、今年6月にもイスラエルと共謀してイラン国内で暗殺やテロを企てていたとして14人がイラン当局に逮捕される出来事があった。

 冒頭で指摘したように、両国とも直接軍事衝突することは避けたい。しかし、今回のイスラエル軍とハマスの軍事衝突により、親イラン勢力とイスラエルの緊張が長期的に続けば、軍事衝突に発展しないレベルの双方によるテロがいっそう誘発される恐れがあるだろう。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415