ガザ侵攻に対抗するハマスのゲリラ戦術
世界が注目するガザ情勢。
イスラエル軍の激しい航空攻撃(空爆)について、フランスのマクロン大統領が「イスラム組織ハマスのテロを非難」し「イスラエルの自衛権を認める」と従来の姿勢を維持しつつも、「赤子や女性、高齢者が爆撃され殺害されている。理由も正当性もない。イスラエルには停止を強く求める」(BBC 11月10日)と述べるなど、イスラエル=ガザ情勢に向けられる眼差しに微妙な変化の兆しもみられるようだ。
一方イスラエル軍は、イスラエルに向けたと見られるハマスの多連装ロケット弾ランチャーが子ども用の施設に隠されているのを見つけたと主張している。


またイスラエル軍は、砲塔の上に傘のようなモノを付けたイスラエル独自の戦車、メルカバMk.4M戦車やナメル重装甲兵員輸送車をガザへの地上侵攻に投入している。

これに対して、ハマスは“素手”でメルカバ戦車に爆弾をセットしたとする映像を公開して注目された。

イスラエル軍は、ガザに工兵隊の巨大なD9デゥービ装甲ブルドーザーやプーマ工兵装甲車も投入している。

この装甲ブルドーザーは、敵の銃弾やロケット弾を浴びるなかでも、建物を崩し瓦礫を排除して敵が隠れる物陰をなくし、戦場をイスラエル軍にとって文字通り有利な“形状”に変更するのが役割だ。

こうしたイスラエル軍の圧倒的な物量作戦の中で、ハマスの戦闘員がイスラエル軍の戦車に近づき、“素手”で爆発物をセットすることなど可能なのだろうか?
ヒントは、イスラエル軍工兵部隊にとってガザには地上以外の戦場があり、大型の装甲ブルドーザーや工兵装甲車では片付かない難題が待ち構えていることにある。
ハマスが築いた地下の戦場=トンネル
ガザ侵攻の最大の障壁は、ハマスが長年に渡って築いてきた地下の戦場であり、通路であるトンネルだ。

ハマスは、この地下トンネルを駆使して不意に地上に現れ、ロケット弾を撃ち込むなど、イスラエル軍を翻弄してきた。


ハマスの地下トンネルは、2021年の段階で「約500km(ハマス側主張:CNN10月18日)」あるとされていた。

10月7日のハマスのロケット弾攻撃開始までにどれくらい延長されたのかも、イスラエル軍の航空攻撃(空爆)でどれくらい損傷したのかも分からない。

東京23区の6割程度の広さ(約365平方km)しかないというガザ。
ハマスの戦闘員や240人以上と言われる人質が隠され、非常に入り組んだ巨大で広大なトンネル網に、イスラエル軍はどのように挑んでいるのだろうか?
イスラエル軍トンネル戦特殊部隊「ヤハロム」
イスラエル軍の戦闘工兵部隊の中に「Yahalom(ヤハロム)」という特殊部隊がある。

イスラエル軍兵士のほとんどがトンネルでの戦闘の基本的な訓練を受けているとされるが、ヤハロムはトンネルの発見、撤去、破壊を専門としているエリート部隊だ。

2014年以降も、ハマスはガザからイスラエルに越境する地下トンネルを多数建設してきた。

これを破壊するため、イスラエル軍も2014年以来、戦闘工兵部隊の中の「ヤハロム」戦闘員を倍増させたという。

さらに、ヤハロムの中には、いくつかの専門部隊がある。
「ヤエル」中隊は技術偵察部隊とされ、地下偵察ロボットなどを使いトンネルの位置や内部の様子を探るのが任務だ。

イスラエル軍の中でも最も発達した技術を駆使するとされているのが、この部隊とされる。
一方、「セイファン」は有毒ガスなどの非通常兵器(WMD)の脅威に対処するために訓練を受けた部隊。

さらに二つの爆発物処理部隊と、トンネル内での戦闘を専門とする「サムール」が存在する。
イスラエル軍が公表した映像によれば、ハマスが子供のバッグに見せかけたものに7㎏の爆薬を仕掛けたブービー・トラップ(罠)をヤハロム隊員が処理するというのもあった。

ヤハロムは工兵部隊として地上の“始末”も担当する。
ヤハロムの隊員は、プーマ工兵装甲車やウルフ軽装甲車などで、目指すトンネルの入り口に駆け付け、トンネル爆破などの作戦を行う。

イスラエル軍の公式SNSによるとヤハロム部隊の指揮官は「地下での戦いの主な課題は、敵が地上から分かるサインを出していないこと」と分析。「ハマスは地下での戦争も地上と同じように捉えており、防御、攻撃、撤退に(トンネルを)活用している。彼らは、ベトナムで使用された戦術と同様、トンネル内部に入ったイスラエル国防軍兵士に危害を加えるために、トンネルの基盤を破壊するという恐怖もある」としている。
イスラエル国防軍のスポークスマンは11月8日現在で、約130か所のトンネルを破壊したと公表した。
戦火はイスラエル=ガザ地域から拡大する兆し
イスラエル軍が“戦果”を公表する一方で、人質解放の交渉はまだ進んでいるとは思えない。さらに犠牲者も増え続けている。
ガザの保健当局によると、戦闘が始まった10月7日から11月10日までにすでに1万人以上が死亡し、うち4割以上が子どもだという。
一方のイスラエル側の犠牲者も1400人以上とみられている。
そして、戦火は、イスラエル=ガザ地域に留まらない兆しを見せ始めている。
アラビア半島南端部イエメンを拠点とするイスラム組織フーシ派は11月初め、長距離ドローンでイスラエルを狙おうとしたものの、イスラエル空軍のF-35Iアディール・ステルス戦闘機に撃墜された例もあった。

F-35Iアディール戦闘機にとっては、初の戦果だった。

11月8日フーシ派は、イエメン沖の紅海上空で米軍のMQ-9Aリーパー無人偵察機を撃墜したとする映像を公開した。

一方アメリカは、革命防衛隊や関連組織によるイラクとシリアに展開していた米軍人への攻撃に対する報復として、11月8日シリア東部にあるイラン・イスラム革命防衛隊(IRGC)とその関連団体をF-15戦闘機2機で攻撃を行った。

そして、フーシ派は11月9日、射程1200kmのブルカン3型弾道ミサイルでもイスラエルを狙ったが、イスラエルはアロー3迎撃ミサイルにより大気圏外で迎撃した。

アロー3迎撃ミサイルの実戦での迎撃成功は、これが初めてだった。
戦渦と戦場の拡大は抑えられるのか?イスラエル=ガザの問題はガザ以外にも目を配る必要があるだろう。
【執筆:フジテレビ上席解説委員 能勢伸之】

