長崎に原爆が投下された時、国が定めた「被爆地域」の外にいたために「被爆者」と認められていない「被爆体験者」。被爆者認定への道筋でいま注目されているのは、放射性物質を含む「黒い雨」が原爆投下直後に長崎で降ったか、否か。
「黒い雨」を確かに見たと語る82歳の女性を取材した。

「黒い雨がサーッと降ってきた」

被爆体験者の山下マサヨさん、82歳(2023年10月取材当時)。
78年前の1945年8月9日、山下さんは、4歳の時、爆心地から東に約11kmの現在の長崎市戸石町で兄と妹と一緒に海水浴をしている時に原爆に遭った。

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被爆体験者・山下マサヨさん:
ピカってした。いっときしてドーンって大きな音がして。見る見る間に暗くなってくるし、太陽は真っ赤に。それが記憶ですよ、私たちの

「雨は防空壕(ごう)に入ってから、その前にサーッと降ってきた。灰色のような、黒いような感じ」その時、山下さんが目にしたのは、原爆投下直後に降ったとされる放射性物質を含む「黒い雨」だった。

同じ被爆地の広島では、原爆投下直後に「黒い雨」を浴びた人は「被爆者」と認められている。

しかし、長崎では認められていない。「不平等ではないか」と被爆体験者だけでなく、被爆者も声を上げている。

証言が認められず…被爆者4団体が首相官邸訪問

2023年8月、被爆者4団体は首相官邸を訪れ、岸田首相に被爆体験者の救済などを求めた。

長崎原爆被災者協議会・田中重光会長:
法の下の平等は民主主義の絶対的な必要条件。為政者の判断によって、それがゆがめられている。被爆体験者のことです

加藤勝信厚生労働相(2023年8月当時):
(長崎については)過去の裁判との整合性に課題があり、黒い雨が降った地域の存在を示す客観的資料の有無を整理する必要がある

長崎を対象外としている理由について、国は「黒い雨が降った客観的な証拠がないため」と繰り返している。しかし、山下さんは確かにその光景を覚えているという。

被爆体験者・山下マサヨさん:
わたしたちは何も知らないから、雨の降っても外にちょこちょこ出て行ったら、「そんげん外に出て行ったら頭がはげるぞ!」、「こんなに黒いのが落ちてくる、灰が落ちてくるのだから」と怒られて、その日は防空壕の中に入って

山下さんが描いた「黒い雨」の様子
山下さんが描いた「黒い雨」の様子

あの日、急に黒い雨が降ってきたこと。その後、生きるために灰の浮いた水を飲まざるを得なかったこと。けが人の救助に出掛け帰ってきた父親に泣きながら抱きついたこと。
つらい記憶は78年がたった今も鮮明だが、国は「被爆体験者の雨についての証言は客観的な資料にはならない」と切り捨てている。

長崎県と長崎市が過去、被爆体験者に対し行った調査では、「黒い雨を見た」など雨に関する証言が129件あったが、国はそれを“客観的な資料”と認めなかった。
そして、現在被爆者の証言をまとめた別の資料の調査を進めているが、「完了までに約1年かかる」としている。

講演会を開催…原爆を子どもたちに伝える

2007年、被爆体験者が被爆者認定を求め、国などを相手に起こした裁判で、山下さんは夫の光喜さんとともに原告団の一員になった。光喜さんも被爆体験者だ。爆心地から東に約8.3kmの現在の長崎市かき道1丁目で原爆に遭った。

裁判は2017年最高裁で敗訴したあと、再提訴し、現在も続いている(2023年10月18日時点)。マサヨさんは心臓や甲状腺の病気が悪化し、裁判所に足を運ぶことができなくなった。

山下マサヨさんの夫・山下光喜さん
山下マサヨさんの夫・山下光喜さん

夫の光喜さんは、被爆者と認められないまま6年前に83歳で亡くなった。

被爆体験者・山下マサヨさん:
(夫・光喜さんは)かわいがってくれたし、旅行にも連れて行ってくれた。思い出すことはいくらでもあるだけど、原爆手帳を一緒にもらえなかったね、じいちゃん。悔しかねと思う

被爆体験者が受けている“差別”や、灰が浮いた水を飲んだことなどによる「内部被ばく」の影響を知ってもらおうと、体験者たちはいま講演会や絵の展示会を精力的に開いている。

この日は小学生を含む約15人に話した。

被爆体験者・山下マサヨさん:
(原爆のせいで)いろんな病気になった。原爆が落ちなかったら仲良く兄たちと海水浴でもして過ごして、平和だったが原爆、たった一発の原爆で世の中変わった

これまで原爆について人前で多くを語ってこなかった山下さん。今こそ、伝えようと決めたのには理由がある。

被爆体験者・山下マサヨさん:
わたしたちはもうこれであと2、3年生きているかわからないけど子供たちに聞いてもらいたい、戦争はしてもらいたくない。今の子供たちは、したくなくてもこの情勢になったらいつどうなるのかなってかわいそうだなって。絶対戦争はだめよ、二度と繰り返してはだめよ。(苦しむのは)わたしたちだけでいい

被爆体験者たちは黒い雨を浴びた人だけではなく、「灰」や「ちり」なども含めて放射線の影響を受けた人を広く救済してほしいとしている。被爆体験者に残された時間は長くはない。

(テレビ長崎)

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