将棋界の八大タイトル全てを制覇し、前人未到の大偉業を成し遂げた藤井聡太八冠。10月11日の王座戦第4局での大逆転は“戦略”だったのか?次に狙う記録はあるのか?藤井聡太八冠の師匠である、杉本昌隆八段に聞いた。

「例えるなら『陸上100メートルで8秒台』」

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杉本昌隆八段:
本当に大記録というか、まさかという記録なんです。よく達成してくれました。弟子入りが小学4年生で、初めて会ったのは1年生でした。タイトルを2つ、3つとるトップ棋士になるなとは確信してたんですよ。でも全冠制覇というのは人間業じゃないんで、さすがに想像しなかったです。自慢の弟子です

大偉業を成し遂げた藤井八段を一言で表すなら…

杉本昌隆八段:
例えるならば、「陸上100メートルで8秒台」。人類の記録は9秒台ですが、あり得ないものを実現してしまった衝撃的な記録だということです

ーー対局が終わってから藤井八冠とは連絡されたのでしょうか?本人にはどんなことを伝えたいですか?

杉本昌隆八段:
メールのやりとりはしたんですけど、まだ電話していないです。「おめでとう。よくやったね」っていう言葉をかけたいのですけども、短いメールの中でも指し手のことがいろいろ書いてあって、将棋の話をしたいのだろうと思います。昨日の対局の内容、反省点が多そうです

ーー勝利を手にした瞬間どのような思いがこみ上げてきましたか?

杉本昌隆八段:
ついにやったかって思いもありましたけど、棋士の一人としては永瀬王座の気持ちもすごい分かるので、本当にどちらにも勝ってほしい勝負だったと思いました

実は「負けました」という手を打っていた?

劇的な大逆転が起きた対局となったが、「ある一手」が大きく勝負を分けた。対局終盤、藤井八冠はAIの判定では「勝率1パーセント」で絶体絶命のピンチだったが、永瀬王座が123手目を打つと形勢が大逆転し、藤井八冠の勝率は「91パーセント」に跳ね上がった。 そして、藤井八冠の138手目に永瀬王座が投了し、12時間を超える対局は藤井八冠の勝利となった。

ーー永瀬王座の123手目はどういう一手だったのでしょうか?

杉本昌隆八段:
その一手前、藤井七冠が銀を真ん中に打った手があったんですが、それはもう諦めていたっていうか、「負けました」っていうような手なんです。あとは永瀬さんがフィニッシュをどうするか。お互い分かっていたはずなんです。

杉本昌隆八段:
なのに永瀬さんが魅入られたように、読みがエアポケットに入ってしまって、とっさに打った手が悪い手だったということなんです。朝9時から戦っていて疲労もありますし、第三者がAIを見て、こうやれば勝ちじゃないかと言うのはたやすいですけど、対局者の立場で、さらに目の前にいるのが藤井七冠だから、一手のミスも許されないという心境になるんですよね。藤井七冠のかける“圧”も含めての逆転なのかなと思いました

ーー藤井八冠は「これはもうだめだ」という感じだったんでしょうか?

杉本昌隆八段:
対局者はAIのパーセンテージを見えるわけじゃないですけど、藤井七冠も対局中、これもう負けだなと覚悟していて、心なしか手つきも弱々しかったような気がするんです。永瀬王座は本当に悔やまれる、あれは悔しいです。やっぱり人間対人間の勝負だなっていう。将棋は一手で本当に大逆転する競技なんですよね

ーー永瀬王座が頭をかきむしるシーンがありましたが、あのように相手に見せるのは失敗したと表明することになるので、隠した方がいいのではないかと思うのですが?

杉本昌隆八段:
おっしゃる通りです。もともと永瀬さんはあまり見せないタイプなんですけど、でもそれを隠せないぐらい重要な場面の取り返しがつかないミスだった。藤井七冠も当然気が付くから、隠しきれないぐらい感情が高ぶったということです

藤井八冠強さの秘密 3つの神エピソード

藤井八冠の強さの秘密、神エピソードを見ていく。

神エピソード1 集中力がスゴい

小学生の時、ドブによく落ちていた。家族に理由を聞かれると、「将棋のことを考えていたから」と答えたということだ。

ーードブに落ちるほどの集中力なのでしょうか?

杉本昌隆八段:
生で見たわけではないですけど、そういう話はあります。忘れ物多いですよね。かばんとか置き忘れていくんです。数年前は普通に持ってきたものを丸々忘れていくみたいな感じで集中しているんです。私も彼が忘れていることを忘れたりしました。(王座戦で対戦した)永瀬さんとは仲がいいので、たまたまいた永瀬さんが「藤井さん忘れてますよ」なんてこともありました。忘れてしまうくらい集中しているということです

神エピソード2 勝ちに貪欲

子供のころ超負けず嫌いで、負けると“この世の終わり”のように大泣きしていた。

ーー師匠の杉本さんは泣く場面に立ち会っていたのですか?

杉本昌隆八段:
何度かありまして、私も「藤井君残念だったね」とか慰めるんですけど、全然泣きやんでくれませんでした。将棋盤にしがみついてる聡太君を、最後はお母さんが出てきて連れていくことはありました。それぐらい真正面から負けに向き合うというのは大事なことで、本当に負けたことを悔しがって切り替えるというタイプでした

神エピソード3 願い事も神レベル

2019年のイベントで「将棋の神様にお願いするなら」という質問に、当時17歳の藤井八冠は「1局、お手合わせをお願いしたい」と答えた。

杉本昌隆八段:
同じ会場にいて、私の願い事は「現役寿命をあと10年延ばしてほしい」って言って、なんか自分のことばっかりですね。他の棋士も「強くなりたい」とかそういう願いなんですけど、彼は神様に挑戦したいってことで、将棋を指して教わりたいと、これは素晴らしい

ーーどうしたらこんな子供に育てられるのでしょうか?

杉本昌隆八段:
やりたいことをやらせてあげるのが大事で、頭ごなしに否定するものではないのかと思います。泣くというエピソードでも、「なんで泣くの」じゃなくて、それを親として受け止めてあげるという姿勢じゃないでしょうか

藤井八冠に勝てる人はいますか?

ここで関西テレビ「newsランナー」視聴者から質問。

ーー藤井八冠に勝てる人はいますか?

杉本昌隆八段:
今回の王座戦の永瀬王座が勝っていてもおかしくなかったんです。永瀬王座が違うタイトル戦でリターンマッチで挑戦してくる可能性があります。今度は永瀬さんが勝つかもしれないです。まだライバルはたくさんいます。 ただ、今、藤井八冠が一番強いのは間違いないですね

ーーこれから防衛戦が始まりますね

杉本昌隆八段:
すぐに防衛戦が始まりますし、八冠をとったからといって維持していくのは大変です。本人が言っていたと思うんですけど、防衛戦というものは“スーパーシード”で、初めから挑戦者でいるようなものって言うんです。タイトルを守るという気持ちではなく、常に挑戦者の気持ちっていう意味だと思うんです。防衛にはこだわっていない。常にチャレンジャー

最後に杉本八段は、「リアルタイムで藤井八冠の成長を見られるわけですので、これからも彼の将棋を見ていきたいと思います」と話した。

(関西テレビ「newsランナー」 2023年10月12日放送)

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