阿川佐和子さんは、私の憧れの人だ。「どんな仕事をしたい?」と尋ねられるたびに、阿川さんのようなインタビュアーになりたいと答え続けてきた。誰が相手でも変わらない率直さと茶目っ気で、人の懐に飛び込み、たちまち胸を開かせてしまう。

折しも阿川さんが、私が継続取材をしている介護技法「ユマニチュード」の広報大使をしているという新聞記事を見つけた。コミュニケーションの達人・阿川さんは、ユマニチュードの可能性をどう捉えていらっしゃるのだろうか?このチャンスに伺うしかない!その一念でインタビューを依頼し、4月初旬に実現が決まったものの、新型コロナウイルス感染拡大で延期。そして、5月半ばにはお母様を看取られる経験をされていた。

そして迎えた、当日。

インタビューの名手を前にしてなかなか質問が繰り出せない私に、阿川さんは介護と仕事の両立について、コロナ禍でのリモート葬儀、そして「人」としての生き方について、1時間余り大いに話してくださった。

起きていることは大変なこと。なのに、阿川さんが語るとどこか可笑しい。可笑しいのに、深くて胸に染みる。それこそが、阿川さん流のしなやかなモノの見方なのだろう。「なっちゃったことは仕方ない」と言い切る、物事の向き合いかたの極意とは〜!?

前編は、「仕事を辞めて家に戻ろうと思った」とさえ考えた介護と仕事の両立について、後編はコロナ禍だからこそ見つけた「ギフト」なるものを紹介する。

佐々木恭子アナウンサー(左)と阿川佐和子さん(右)

父と母の介護は行ったり来たり

佐々木:
お母様の介護は何年くらい続きました?

阿川さん:
そうねぇ…最後まで一緒に住んだわけではないし、人様の力を借りながらの介護だったのだけど、始まりとしては、2011年頃ですね。2011年の秋に母は心筋梗塞の手術で入院して、その前からモノ忘れは多いなという印象はあったのね。でも、入院中その年の3月の東日本大震災が起きたことを覚えていないくて、いよいよモノ忘れが始まったな、と…。ただ母が退院してからも、その時まだ父も生きていて頭もしっかりしていたから、父と母は2人で住んでたんですね。

父は昼と夜が逆転した生活をしていたので夜中起きていて、ある時はキッチンで転んだのに動けない。母を「おーい」って大声で呼ぶのだけれど、母は耳も遠くなっていたからわからず、何時間もそのまま…なんてこともあったり。ある時はベッドの端で父が転倒して、頭を打って血だらけになる。救急車を呼んで病院に行ったら、頭を打ったことよりも誤嚥性肺炎を起こしてますよと言われてね、老人にとって誤嚥性肺炎はもう死が近い状況を意味するわけですよ。

父ももうこれで最期かな、と思って覚悟していたら、幸いにも1カ月経って父の誤嚥性肺炎が治って退院できることになったんだけど、このまま母の元に戻して家で生活するのは無理だと思って、高齢者の介護に手厚い病院に移ってもらうことにして…「なんで家に帰れないんだ!」とか本人はキンキン言ってましたけどね。

片や父の病院にいろいろモノを持ってかなきゃいけないわ、文句も聞かなきゃいけないわ(笑)。一方では母もだんだん夜は1人にさせられなくなるし、心臓や認知症の病院に連れていかなくちゃいけない上に、膝が悪くなっていて、歩けなくなると一気に弱ってしまうので手術をすることになる。父からは「俺は母さんの手術には反対だ〜」なんてことを言われながら(笑)。

まあなんとか母は手術を受けるのだけれど、認知症もあるから、自分が膝の手術を受けたこと自体忘れて立ち上がってしまうといけないってことで、病院から「24時間付き添えますか」と聞かれて「はいぃ?どうする?」ってことになりまして。兄弟と私で誰がどの時間付き添えるかシフトを組んで、アメリカに住んでる弟も帰ってきてくれて…。こうやってあっち行ったりこっち行ったりしながら、一つ一つ段階が進んでいくという感じで。

「24時間付き添えますか?」と聞かれ「はいぃ?」・・・あっち行ったりこっち行ったりの介護生活

佐々木:
ご両親の間を行ったり来たり…だったんですね。

阿川さん:
家族みんなが母に全神経を注いでいると、今度は「こっちを見ろ」とばかりに父に何か起こるわけ(笑)。そうやって母に一生懸命になっていたら、次は父が危篤になり、母が退院する前日に父が亡くなったんです。

佐々木:
聞いていると、とても大変なことが起きているのに、阿川さんの介護経験は、「きつい、つらい、苦しい」…という一辺倒ばかりではないようにお見受けしますが?

阿川さん:
段階に応じていろいろなことはあったけれど…ひとつはキャラクターに恵まれたことはあります。特に母は、認知症でこんなに介護をしやすい人がいるのか、というような人で。明るくて素直で、どこにでもすぐ順応できて。笑えることだらけだったからねぇ。私は父の血が入っているから、とてもあんな風にはなれないぞ、と思います(笑)。

父もワガママではあったけれど、合理的に物事を考える人だから、「家に帰りたいが、24時間ケアしてくれて下の世話もしてくれて、ここのいいるのが一番いいのだと思う…だが家に帰りたい(笑)」とか何とか言いながらもね、病院に3年半居てくれたことも本当にありがたかった。それと、決して大富豪ではないけれど経済的にも恵まれていたこともね。例えば介護に手厚い病院に入れる余裕があったとか、いざという時にタクシーを使えるとか。

だから、人からはそんなアマちゃんの経験なんて参考にならんと怒られるかもしれないけれど…。ただね、介護を通して出会った先生方からの話や友達の話を総合して思うことは、日本には真面目な子どもたちが多いということなんですよね。親の面倒を看るのは娘や嫁なんだという世間の目もあれば、子どもたち自身もそれが親への恩返しだから「ちゃんと」やらなきゃと思いすぎて、精神的に追い込まれてしまう。

「日本には真面目な子どもたちが多い」と語る阿川さん

佐々木:
まさにそこなのですが、介護で離職をするとか、家族の中でも介護の担い手が女性になりがちで、自分の人生を諦めざるを得ないというケースも多いと思うのですが、どんな支援や情報があれば、その状況は改善されていくと思いますか?

「仕事を辞めようと思った」 踏みとどまらせた、友人の一言

阿川さん:
私もね、仕事を辞めて家に戻って親と一緒に住もうと思ったことはあったんです。特に私の年代は兄弟がいるにしても、親の面倒を見るのは娘の責任…と思っていたこともあるし、当時まだ私は独身で、経済的にも余裕があるとなると、看られるのは私しかいないか、とも思っていて。親のいる家に戻って、家でできるモノ書きの仕事だけは続けて他の仕事は一旦辞めようかな、とね。でもね、本当にそうなったら自分が壊れると思ったんです。「私だけがこんなに頑張っている、私だけがこんなに報われない」、ってそれでなくても思いがちなのに(笑)。ますますそう考えてしまうだろうなって。

そんな時に、毎年年末に学生時代の友人と集まって賛美歌を歌う会をしているのだけど、私、行けるような状況じゃないって話したんですね。今は介護で大変で無理だって。そうしたら、「アガワ、5分でいいから来なさい」って呼ばれて。行くと、そりゃあ私の同世代はみんないろいろ経験してるわけですよ。「わかるわぁ」ってね。

親を介護施設に入れたら勝手に帰ってきちゃったとか、親が詐欺にあっちゃったとか、介護ヘルパーさんと親の相性が悪くて、何でもかんでもアイツが盗んだと被害妄想に陥っちゃってるとか…それはそれは壮絶でね(笑)。みんな戦ってるんだってわかったのは大きかったですね。それとはまた別の機会に、「アガワ、何年この生活続くと思ってんの?」と聞かれたから、「まあ、仕事辞めて2年くらい家に戻ってみるつもり」と言うと、「甘い。長くて10年よ。長丁場になるから最初から力入れずに、ほどほどにやんなさい、ほどほどに」ときっぱり言われてね。

佐々木:
辞めるのを踏みとどまったわけですね。

憧れの阿川さんを前に・・・少し緊張気味?の佐々木アナ

頼れる人の引き出しをできるだけたくさん持つ

阿川さん:
そう。だから、「これは真剣にやっちゃだめだ。抜かなきゃだめだ」って思ってね。経済的にも大変で、看るのも私しかいないんだ…という人もおられるとは思うんだけど、何か言えるとすれば、頼れる人の引き出しをできるだけたくさん持つ、ということですよね。あのイトコは優しいなとか、お隣さんは5分だけなら親を看てくれそうだ、とかね。

どんな悩み事もそうなんだけど、例えばいつも1人の人にだけを頼って話を聞いてもらっていると、頼られている人もしんどくなるじゃない?ああ、また長い話を聞かされるのかと(笑)。

佐々木:
たまには私の話も聞いてよ、と思いますよねぇ。

阿川さん:
そうでしょ。だから、5〜6人頼れる人の引き出しを持つんです。そうすると、相手もそんな嫌な気にはならないじゃない?さすがにどんな悩みでも5人目くらいに話をするときには、自分自身でも「まあ大した悩みではないかも」と気持ちが軽くなっているものですよ(笑)。

佐々木:
確かに、もうどうでもよくなりそうですね(笑)。

阿川さん:
それとね、時々ズルはした方がいい。

「時々、ズル」のススメ

佐々木:
ズル、ですか?

阿川さん:
もちろん、「時々」よ(笑)。でもね、ズルをするから優しくもできるの。本当はゴルフに行っておきながら、ヘトヘトで親元に帰ってソファで寝転びながら「疲れたわぁ…仕事」なんて言うじゃない?母が「大変ねぇ…」なんて言ってくれようものなら、さすがにちょっと悪いなと思って「私がご飯作るわね」ってなれるんです。

それに、父がまだ生きてた頃には、ワガママな人だから、あれが欲しい、でもこれじゃないとか散々文句を言われるから、私も家で怒りをぶちまけてね、「お父ちゃんなんか大嫌いだわ!こんなに一生懸命してもありがとうの一言もない!」ってキンキンカンカン怒っていたら、母がほんわかやって来て、「あんた、お父ちゃん、そっくりねぇ」って言うの。

佐々木:
ひとつひとつが落語みたいなオチつきですね(笑)。

阿川さん:
そうなの。その時もね、腹いせに、父から預かっていたお金でブラジャー3枚買いましたよ。あと、タイツもね。あまり高額なものはさすがに悪いかな、と(笑)

佐々木:
「使ってやるぅ〜」と。

まるで落語みたいなエピソード・・・つい笑ってしまう佐々木アナ

佐々木:
ところで、阿川さんの介護生活の中で、「ユマニチュード」との出会いはどんなものだったのでしょうか?

阿川さん:
もちろん母のこともあったのだけれど、『ことことこーこ』(2018年刊行)の小説を書くにあたってリサーチをしていて、テレビで特集されていたのを見たのね。それで日本でユマニチュードを導入している本田美和子医師と対談するということになって、それが2016年のことで、ちょうど創始者のイブ・ジネストさんも日本にいらしてね、たまたま鼎談になったんです。そうしたら魔法使いみたいなオジサンが出てきて(笑)。

魔法使いみたいなオジサン・ユマニチュードの創始者ジネストさん

話を聞いていて面白いのだけど、半信半疑のところもあってね、「見る・話す・触れる・立つ」というメソッドは欧米人にはいいかもしれないけど、日本人にはハグして喜ぶとか、じっと見つめるとかいったことがどれほど馴染むのかな?って。

でも、鼎談のあと、さっそく母が起きてきたときにね、少し背の縮んだ母に合わせて私が屈んで、目を合わせて「おはよう」と声をかけると母も屈む、それに合わせて私がさらに屈むとお互いどんどん小さくなっちゃって、やや認知症の母に「あなた、なにしてるの?」って笑われました(笑)。

介護の時のワンシーンワンシーンが再現されていく

佐々木:
阿川さんは自然と「ユマニチュード」的な介護をなさっていたということですね?

阿川さん:
もともとスキンシップの多い家庭ではなかったし、特に父とはそういう感じではなかったけれど、母とは別れ際にはぎゅうぎゅうして「いたいいいたい」とか言われながら、「いいでしょ、ハグは」なんてね。だから母の介護に関しては特別な変化はなかったのだけど、何が大事かを再確認はしたんですね。

ジネストさんとお話していて面白かったのは、彼は元々体育学の人だから、介護の現場で行われていることが真逆で衝撃を受けた、と。人が健康になるためには、太陽の光を浴びて自分の足で歩くことが必要なのに、病院では徘徊する人にはベッドに縛りつけるような行為が行われていて、これで良くなるはずはないだろうと疑問を持ったというんです。

だから、「見る・話す・触れる・立つ」の4つを大切にするメソッドを30年かけて作って、患者さんにとって強制的に意に反することをするのではなく、介護する側とされる側の気持ちが通じ合えば、抵抗されることもなくお互いの負担が劇的に減っていくということなんですよね。

看護師さんたちからもお話を聞いたら、いかに自分たちが患者さんその“人”ではなくて、治すべき患部を見ていたか、患者さんと接するときに、例えば目を合わせるといったような「当たり前にできている」と思っていたことが、いかに意識して緻密にはできなかったことか気づいたそうなんです。実際にユマニチュードを取り入れて、遠くから「○○さん、こんにちは」と目を合わせながら声をかけて近づいていくとね、「これまで全く無反応で笑わなかった人が笑った!」ということが起きるそうなんです。研修を受けているときは疑念をもっていたのに、「本当に魔法だ!」と思ったって(笑)。

やはり、最終的には「愛」なんですよ

介護をする人の「患部」ではなく「人」を見ることが大切

佐々木:
ユマニチュードが日本の中でもっと広がっていったら、介護にどんな変化が起きると思いますか?

阿川さん:
介護する側がまず楽になるでしょうね。患者側と気持ちが通じることが増えて、介護を受ける側も協力的になれる。患者=患部を治すのではなく、自分の愛する人だと思って接すれば、扱い方が変わりますよね?認知症の人も、全てがわからなくなっているわけではなくて、本人が一番混乱して不安な時に、「要介護認定1」「要介護認定2」など類型化されるわけです。

その上で、「あら、おじいちゃん。おしっこ失敗しちゃったのぉ?」なんて幼児語で話されたら、それはプライドの高い男性は特に傷ついちゃうわよね。最近ではだいぶ高齢の患者さんに幼児語を使わないということは広がってきたと思うけれど、それが変わるだけでも違うと思っています。

その人の社会的な立場がどうだったか、ということにかかわらず、人生の先輩として尊厳をもって接すること。最終的にはやっぱり「愛」ってことなんだと思いますよね。

前編/了

文中の「(笑)」は、決して多めに付け足したわけではありません。ご両親とのやりとりを実演あり、声色も変えて再現しながらエピソードを語ってくださり、動画でお見せしたいと思うほどでした。

「時々、ズルをする」「頼れる人の引き出しをたくさん持つ」介護中の方はもちろん、心が塞がる何かを抱えている方にも、届きますように。「手を抜く」よりも、「ズルをする」と言い換えるだけで、その分、申し訳ない気持ちも増して人に優しくなれるような気がします。

後編は、「コロナ禍だからこそ」のリモートお見舞い・葬儀のあり方、そして日常の発見についてご紹介します。阿川さんから飛び出す言葉の数々、ずっと記憶していたくなります。

【インタビュー・執筆:フジテレビ アナウンサー 佐々木恭子】
【撮影:関村 良 / TRIPOT.】