あなたにとって「大切な人」というと、誰を思い浮かべますか?
その人を大切だと想う気持ちを、相手が受けとれるやり方で、伝えられていますか?
もし、その大切な相手が認知症だとすれば・・・・?
認知症は“予防”と“共生”
18日に政府から出された「認知症大綱」は、“予防”と“共生”の2本柱だ。2025年には認知症の人は約730万人に達し、高齢者の5人に1人の割合にまで増えると試算される。当然、向き合って介護する家族や介護者の数も増えていく。
40代後半になってからというもの、友人との会話にも親の介護の話が出るようになった。私はまだ介護経験はないが、話を聞いていると、きれいごとでないのは十分にわかる。特に認知症の場合、「わかっているんだけど・・・ついイライラして感情的になっちゃって、それで自己嫌悪の繰り返し・・・」という悪循環に陥りがちだ。
相手に優しくしたい。
あなたを思って、今、一生懸命関わっているのだと伝えたい。
わかってほしい。
でも、理解されない。
むしろ、「相手から罵詈雑言を浴びせられたり、何度も同じ話を繰り返されたり、介護する側の心も折れそうだ」、とも。
「共生」という視点で考えるとき、ひとつ革新的ともいえるケア技法を紹介したい。
相手に届く方法で“優しさ”を伝える
フランス発祥の『ユマニチュード』―「相手に届く方法で“優しさ”を伝えるケアの技術」。
フランスで40年余り前に考案された技法は、既に400超の施設で取り入れられていて、最期の日まで“その人らしく”尊厳を持って生きることをサポートしている。その技法は世界にも広がり、日本でも、ユマニチュードを実践するための研修の受講者は、すでに延べ5000人を超える。

6月13日、創始者のイブ・ジネスト氏と、日本で広めている第一人者の本田美和子医師(国立病院機構・東京医療センター内科医長)が、参議院議員会館にて講演を行った。
実践されている現場の映像を観ながらの解説は、目を見張る瞬間の連続だった。
笑顔が!言葉が!そして・・・立てた!
2年間ベッドに寝たきりの方は、ジネスト氏のケアを受けると、そのあと自分の足で立ち上がり歩いてみせた。
全く声すら発しなかった方の顔には笑顔が生まれ、懸命に口を開き、小さいながらも声をだし、何か伝えようとする。
口腔ケアを嫌がって暴力的になっていた方は、ユマニチュードを実践する介護者を受け入れ、心地よさそうに口を開けてケアの協力をする。

女性も男性もジネストさんを抱き寄せ、頬と頬を寄せ合う。
スキンシップがあまり日常のコミュニケ―ンにない、日本でもだ。
奇跡でも魔法でもない驚きの変化
まるで、奇跡か魔法のような瞬間の連続。
しかし、ジネスト氏によると、それは特別なことでなく、ユマニチュードの技術によるものなのだという。
体得すれば、だれでもできるようになるのだ、とも。

ユマニチュードでは、認知症の方の脳の認知機能が失われていく特性を踏まえ、無意識ではなく意識的に、
1)見る
2)話す
3)触れる
4)立つ
を行う。
決して身体拘束をしない。
拘束する必要がなくなるからだそうだ。
根幹の4つを実践する上で、“意識的に”というのが、ポイントだ。

認知症の方は、外からの情報を受け取り、判断するのに時間がかかるようになるため、相手の視界にしっかり入る距離で目と目を合わせることが重要になる。常にあなたとどう過ごしたいか、会えてうれしい、関われてうれしいと途切れなく話しかけ、心地よさを感じてもらうように丁寧に触れる。そして、人間の尊厳に深くかかわる自分の足で「立つ」「歩く」力を引き出す。その人にできることを奪わないことも、大切なケアの考えだ。
ジネスト氏やユマニチュードの技法で行われるケアが、通常のコミュニケーションと全く違うのは、常に相手の視線を捉えて離さないこと。立つための介助をする際にも、足元ではなく目を見続け、一瞬耳元で話しかけてもすぐに目の見える位置に戻る。
そうやって、「あなたを大切に思っている」ことを、認知症の方に伝わる方法で伝えていく。
(*注:下の写真は、ジネストさんが特殊な眼鏡をつけて患者さんと向き合い、ジネストさんの視線を緑と赤で示したもの。どんな姿勢で患者さんに向き合う時も、常に相手の視線を捉えて離さないことがわかる。画像提供:京都大学 大学院情報学研究科 中澤篤志准教授 )

人として扱われている、大切にされていると感じたとき、介護者と介護される側に生まれる暖かな信頼が、目に見える変化となる。

コミュニケーションは25倍増、ケアの負担が20%減
実際に、ユマニチュードを導入すると、介護者と患者の間のコミュニケーションは25倍増え、ケアする側の負担が20%減少することが既に実証されている。
以前、ケアの研修を取材したとき、介護現場で日々認知症患者に向き合う方々が、口々におっしゃっていた。「ユマニチュードに出会う前は、相手のためを思ってやっていることを拒否されて、正直傷ついたり、怒鳴られてイライラすることも多かった。今は、自分のケアを通して相手が喜んでくださる。介護という自分の仕事に誇りを持てるようになりました。」と。
ユマニチュードの可能性は、相手に優しさを届ける技術として、最近では認知症介護の施設内でのケアにとどまらず、介護する家族、自閉症スペクトラムの子どもとの関わりや、救急医療従事者、医学生と広がりを見せている。
「ユマニチュードは、人として生き、人と関わっていくうえで探求する”道“である。」ジネスト氏の、講演を締めくくる言葉だ。
今後、介護の現場で、人と関わる「技術とあり方」が、どのような関係の変化をもたらすのか、具体的な例を継続取材したいと思っている。
今、まさに介護で、接し方の糸口を見失いそうになっている方のために。
そして、いつか来るかもしれない、自分の未来のためにも。
【執筆:フジテレビ アナウンサー 佐々木恭子】
