全国唯一の特定危険指定暴力団・五代目工藤会総裁の野村悟被告(76)、会長の田上不美夫被告(67)両名の控訴審が2023年9月13日、福岡高裁で始まった。

対象となっているのは、元漁協組合長射殺事件と元福岡県警警部銃撃事件、看護師刺傷事件及び歯科医師刺傷事件の4事件だ。元漁協組合長事件以外の3事件は、いずれも組織的殺人未遂事件として審理されている。

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野村被告の死刑回避が狙いか

2021年8月、一審の福岡地裁は、野村被告に死刑、田上被告に無期懲役を宣告した。野村・田上両被告は、これまで一貫して事件への関与を否定してきた。また2023年1月、工藤会ナンバー3の理事長・菊地敬吾被告(51)に対し、福岡地裁が無期懲役の判決を下し、菊地被告は控訴している。

写真左が野村被告・右側が田上被告
写真左が野村被告・右側が田上被告
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菊地被告は、元警部事件、看護師事件、歯科医師事件に加え、2012年に発生した暴排標章掲示店舗関連の組織的殺人未遂事件や放火事件の6事件で有罪とされた。そして、野村被告ら同様、自らの関与について否認を続けて来た。

ところが控訴審で田上被告は一転して、看護師事件、歯科医師事件について、自分が指示したことを認めた。一方、野村被告についてはこれまで同様に無関係としている。

そして今回、菊地被告も3事件について自らの関与を認めた。看護師事件及び歯科医師事件については、「田上被告から命じられ自らが実行犯らに指示した」、「元警部事件については菊地被告個人の恨みから事件を指示した」と主張を改めた。ただし、田上被告同様、いずれの事件も野村被告は無関係だとしている。

野村・田上被告らの有罪については、控訴審でも揺るがないものと確信している。

今回、工藤会側・弁護側の大幅な主張変更は、ある1点に重点を置いていることが明らかとなった。それは野村被告の死刑を回避することだ。

今回の控訴審で審理されているのは、4事件。

1998年2月    元漁協組合長射殺事件
2000年1月    四代目工藤会結成
2002年6月    元漁協組合長射殺事件で田上被告を逮捕
⇒田上被告は処分保留で釈放
2011年7月    五代目工藤会結成
2013年12月    漁協組合長射殺事件(未解決)
2012年4月    元警部銃撃事件
2012年12月        工藤会を特定危険指定暴力団に指定
2013年1月    看護師刺傷事件
2014年5月    歯科医師刺傷事件
2014年7月    漁協役員知人女性刺傷事件
2014年9月    頂上作戦(野村被告らを逮捕)

【元漁協組合長射殺事件】(1998年2月)

1998年2月、北九州市小倉北区の繁華街の一角で、元漁協組合長・梶原国弘氏(当時70)が元工藤会幹部・中村数年ほか1名から射殺された。

梶原国弘氏
梶原国弘氏

梶原氏とその一族は、北九州地区の大型港湾工事に大きな影響力を持つと言われていた。梶原氏は工藤会の二代目会長に当たる草野高明総裁と親交があったが、草野総裁は1991年4月に病死した。その後、梶原氏は背任等で逮捕され、有罪となり服役。また、梶原氏の息子Y氏や梶原氏の弟・上野忠義氏の港湾工事関連会社は、工藤会との関係を理由に指名停止処分を受けた。

草野総裁死後、野村・田上両被告は、梶原氏とその息子Y氏に執拗に交際を求めていたが、梶原氏とその一族らは工藤会との関係を絶とうとした。このため、梶原氏出所後の1997年5月以降、工藤会幹部らから執拗な脅迫が続いた。さらには未検挙だが、上野氏に対する拳銃使用の殺人未遂事件や梶原氏の関係先への銃撃事件等も発生している。

工藤会の二代目会長に当たる草野高明総裁
工藤会の二代目会長に当たる草野高明総裁

福岡県警がもう1人の実行犯として逮捕したのが、当時、田上被告が組長をしていた田中組田上組ナンバー2の若頭・N幹部だった。N幹部は証拠不十分で無罪が確定している。
ところが今回の控訴審で、弁護側はN幹部が実行犯の1人だという「直接証拠」を提出してきた。

【元警部銃撃事件】(2012年4月)

2012年4月、北九州市小倉南区の路上で、福岡県警で長年工藤会対策に従事してきた元警部が、工藤会幹部から拳銃で撃たれ重傷を負った。

元警部銃撃事件2012年4月
元警部銃撃事件2012年4月

元警部は私の元部下で、捜査の大先輩にあたる方だが、現役当時は野村総裁と直接話ができる数少ない捜査員だった。
元警部は現役当時の2009年、工藤会を破門・所払いとなった元幹部とひそかに接触し情報収集を行った。その際の野村総裁に対する批判的な言動を元幹部がひそかに録音し、野村・田上被告に報告した。これにより、野村被告は元警部に対する不満を口にしていた。

元警部銃撃事件 2012年4月
元警部銃撃事件 2012年4月

元警部は定年退職後、小倉北区の総合病院に勤務したが、そこは野村総裁も受診していた。元警部は、受診に訪れた野村被告と何度か面接している。事件の数か月前、元警部と最期に病院で会った際、野村被告は「気分が悪い」と言ってその場を立ち去っている。

【看護師刺傷事件】(2013年1月)

2013年1月、福岡市博多区のマンション前路上で、このマンションに住む女性看護師が、工藤会幹部から刃物で刺され重傷を負った。

看護師刺傷事件 2013年1月
看護師刺傷事件 2013年1月

女性看護師は、小倉北区の美容クリニックに勤務していた。野村被告はそのクリニックで陰部の増強手術とレーザー脱毛を受けており、女性看護師が野村被告の担当だった。
野村総裁は女性看護師の対応について不満を口にしていた。

【歯科医師刺傷事件】(2014年5月)

2014年5月、小倉北区、九州歯科大学近くの駐車場で、同歯科大に勤務する男性歯科医師が、工藤会幹部から刃物で何度も刺され重傷を負った。

歯科医師刺傷事件 2014年5月
歯科医師刺傷事件 2014年5月

歯科医師は元漁協組合長事件被害者の梶原氏の孫にあたる。歯科医師の父親Y氏は若松区の漁協幹部を務めるとともに港湾工事関連の企業を経営し、梶原氏同様、北九州地区の大型港湾工事に影響力を有すると言われていた。Y氏は工藤会からの不当要求を拒み続けていた。

2013年12月には、梶原氏の実弟で、歯科医師の叔父にあたる漁協組合長・上野忠義氏が、自宅近くの路上で何者かから拳銃で射殺される事件も発生している。上野氏射殺事件は現時点、未検挙だが、上野氏も一貫して工藤会による不当要求を拒み続けて来た。

歯科医師刺傷事件 2014年5月
歯科医師刺傷事件 2014年5月

このため、歯科医師事件当時、歯科医師の父親Y氏は警察の保護対象者として、厳重な保護対策が実施されていた。その後の捜査により歯科医師事件に関与した工藤会幹部・組員らはY氏の保護対策を把握した上で、ターゲットを歯科医師に変更したことが明らかになっている。

一審での弁護側の主張

野村・田上両被告の一審判決について一部に、「直接証拠」が無い中、間接証拠による「推認」で有罪を認めた、と批判的意見もあった。弁護側もその点を強調している。「直接証拠」については、事件現場に残された被告人の指紋やDNA資料のような物的証拠のようなものと誤解されているようだが、それは誤りである。

刑事裁判における「直接証拠」とは、立証を要する事実(要証事実)を直接立証可能な証拠を言う。具体的には、被疑者・被告人の自白、共犯者の供述、被害者・目撃者等の供述などである。

今回の野村・田上被告の事件のように、暴力団トップの指示に基づく組織的かつ計画的事件では、直接証拠も物的証拠もほとんど残さないのが通常だ。

今回の控訴審では、否認を続けていた田上被告、菊地被告、中村受刑者から、一部犯行への関与を認める証言が飛び出した。これらは被告人の「自白」で「直接証拠」となる。しかし、野村被告の死刑回避を狙って突然登場した、これら「直接証拠」の証拠価値は極めて低いと言わざるを得ない。

検察側は、事件に関係した工藤会組員や親交者、それまで工藤会を恐れて捜査への協力をちゅうちょしていた被害関係者等から具体的証言等を得ることに成功している。一部だが、それを裏付ける証拠も得ている。それら間接証拠を積み上げて、一審、今回の控訴審に臨んでいる。

これに対し弁護側は、勇気をふるい、あるいは心から反省し証言してくれた実行犯や被害者関係者等の証言について、一方的に虚偽だと決めつけている。また、被害者が亡くなった元漁協組合長事件は別として、残り3件の組織的殺人未遂事件については、殺意を否定し続けて来た。それは今回の控訴審でも変わらないようだ。

また一審、控訴審とも弁護側は、総裁は「隠居」で会の運営には関わっていない、だから事件への関与も無いとの主張を続けている。

五代目工藤会襲名式
五代目工藤会襲名式

2011年7月に行われた工藤会五代目継承式。
五代目工藤会襲名式で、式を取り仕切る媒酌人は東京の丁字家会の会長だった。この時、野村被告が溝下総裁から四代目を継承した際と大きく異なった点があった。媒酌人はわざわざ、野村被告は引退せず席改め、田上不美夫被告が上座に座ることもしない旨を宣言している。

今回、控訴審で弁護側は、それは媒酌人の判断で行われたことだ、としている。しかし、このような重要なことを、媒酌人が勝手に行うことなどあり得ない。丁字家会々長は、六代目山口組の継承式の媒酌人も行っている。その継承式では五代目山口組長と現六代目組長の席改めを行っている。

さらに、五代目継承式の2日後に行われた住吉会総裁への挨拶の際、工藤会執行部の慶弔委員長が野村被告を紹介することを失念した。激怒した野村被告は1人で北九州市に帰り、その日のうちに慶弔委員長を総裁名で絶縁処分としている。

また、工藤会は本部事務所を売却したが、野村総裁の承認がなければそれは不可能だった。

【独占手記】元漁協組合長事件・歯科医師事件の背景 特定危険指定暴力団「工藤会」 総裁・会長 控訴審の行方【後編】に続く

福岡県警時代の藪正孝氏
福岡県警時代の藪正孝氏

■藪正孝(やぶ・まさたか)
1956年、福岡県北九州市戸畑区生まれ。1975年、福岡県警察官を拝命。41年間の警察人生のうち16年間、暴力団対策部門に携わる。
2008年、工藤会取締りを担当する「北九州地区暴力団犯罪捜査課(通称・北暴)」の初代課長に就任。2016年、県警本部地域部長を最後に定年退職。その後、ノンフィクション作家として活動を開始。代表作は「県警VS暴力団刑事が見たヤクザの真実」(文春新書)、「福岡県警工藤會対策課~現場指揮官が語る工藤會との死闘~」(彩図社)。新著に「暴力団捜査極秘ファイル初めて明かされる工藤會捜査の内幕」(彩図社)がある。

(テレビ西日本)

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