「米国、インド、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、フランス、ドイツ、イタリア、EUが、新たなインド・中東・欧州経済回廊に関する歴史的合意を締結したと発表できることを誇りに思う」

米バイデン大統領は9月10日、SNSサイト「X」の公式アカウントにこのようなポストをした。

インド・中東・欧州経済回廊(IMEC:India-Middle East-Europe Economic Corridor)は、インドと中東、欧州を鉄道と港湾網でつなぐ構想だ。インドからUAE、サウジを海上交通で結ぶ「東部回廊」と、サウジからヨルダン、イスラエルを鉄道で結び、欧州への海上交通と接続する「北部回廊」からなる。

「アジア、欧州、中東の変革的統合」目指す

バイデン氏はインドのニューデリーで開催された20カ国・地域首脳会議(G20)にあわせてIMEC構想を発表し、参加国は覚書に調印した。

G20首脳会議にあわせて発表されたIMEC構想
G20首脳会議にあわせて発表されたIMEC構想
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覚書によると、この構想は参加国間の輸送効率を高め、コストを削減し、貿易と製造を促進し、経済統合を強化し、食料安全保障とサプライチェーンを強化し、民間部門を含むパートナーから新たな投資を引き出し、質の高い雇用の創出に拍車をかけ、雇用を創出し、温室効果ガスの排出を削減することになる。沿線上には送電ケーブルやインターネット用ケーブルの敷設も目指す。これは、広範にわたり安定したインターネット接続環境を提供することにつながる。「アジア、欧州、中東の変革的統合」を目指す壮大な計画だ。

これはインド、中東、欧州という広い範囲の接続性を強化し、相互依存を高めることにより、地域の摩擦を軽減し安定させるための試みでもある。その意味でIMECには政治的、安全保障的な含意もある。バイデン氏自身も「このプロジェクトは単に線路を敷設するだけではなく、革新的な地域投資だ」と述べている。

「真のビッグディール」と述べたバイデン大統領
「真のビッグディール」と述べたバイデン大統領

バイデン氏がこれを「より安定し、より繁栄し、統合された中東」につながる「真のビッグディール」と呼んだこともあり、ロイター通信をはじめとする多くのメディアが、IMECを中国の一帯一路への対抗策だと報じたが、IMEC参加国の全てが必ずしも米国とそうした意図を共有しているわけではない。

中東諸国にとっては多極外交の一環

サウジやUAEをはじめとする中東諸国は、「米国か中国か」という二者択一の外交政策をとらないと宣言している。彼らが志向するのは、米国とも、中国とも、ロシアとも関係を強化する多極外交だ。彼らにとってはIMECへの参加も多極外交の一環にすぎない。

アラブ紙「アラブ・ニュース」はIMECについて、湾岸諸国の視点で捉えれば「中国、米国、湾岸諸国がWin-Win-Winの状況になる可能性がある」と楽観し、中東における一帯一路とIMECの共存が米中間の緊張を和らげるのにも役立つという識者の見解を掲載した。

UAEのムハンマド大統領
UAEのムハンマド大統領

IMEC参加国は、世界経済の約半分と世界人口の40%を占めており、参加地域を超えて、世界経済に広く影響を及ぼす潜在力を秘めている。中東はそこで中核的な役割を担うことになっている。アジアと欧州を結ぶ主要貿易ルートの真ん中に位置付けられることにより、中東の地政学的な重要性はより一層高まる。これは、中東を単なる「エネルギー供給国」ではなく、「新しいヨーロッパ」にしていくのだという、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の野心にも一致する。

握手を交わしたサウジのムハンマド皇太子とモディ首相とバイデン大統領
握手を交わしたサウジのムハンマド皇太子とモディ首相とバイデン大統領

一方、中国には中東諸国にみられる余裕はない。中国紙「環球時報」の社説はIMECについて、中国を孤立させようという試みだと批判しつつ、「言うは易く行うは難し」であり、米国には公約を実行する真の意図も能力も欠けていると侮蔑した。

確かにIMEC構想の詳細は未定であり、どの港を使いどこに鉄道を敷設するかについてもまだ決定されていない。目的とされている「シームレスな輸送」の実現には、数千キロにわたる鉄道網で共通の軌間を導入し、コンテナの寸法も揃えなければならないといった予備的調整も必要になる。

参加国は今後2カ月間にわたり会合を開き、行動計画を策定することになっている。「言うは易く行うは難し」となるのかどうか、年内には大筋が見えてくるはずだ。

【執筆:麗澤大学客員教授 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。