サウジアラビアとイランが外交関係を正常化させることで合意した、と発表したのは3月10日のことだ。

すでに「サウジとイランの関係正常化は中東地域の緊張緩和につながる」という楽観論も展開されているが、楽観するのはまだ早い。

サウジのアイバン国務相兼国家安全保障顧問、中国の王毅政治局委員、イランのシャムハニ国家安全保障最高評議会書記(北京・3月10日)
サウジのアイバン国務相兼国家安全保障顧問、中国の王毅政治局委員、イランのシャムハニ国家安全保障最高評議会書記(北京・3月10日)
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「情報戦」で互いをけん制

両国および両国を仲介した中国の3カ国共同声明には、その合意内容について、「2カ月以内に外交関係を再開し大使館や公館を再開すること」や「国家の主権尊重と国家の内政への不干渉を確認すること」、「2001年4月に署名された両国の安全保障協力協定の履行」、「1998年5月に署名された経済、貿易、投資、技術、科学、文化、スポーツ、青少年の分野における協力のための一般協定の履行」などが含まれると記されている。

もしこれらが履行されれば、中東地域全体の緊張緩和と安定に大きく寄与することになる。

しかし第一に、今のところこれらはまだ履行されていない。履行されていないのだから、まだ緊張は緩和していない。

第二に、何一つ履行される前から、両国間では互いをけん制するような「情報戦」が既に始まっている。

3月16日には「サウジとアメリカの当局者」が、「イランがフーシーへの武器供与を停止することで合意した」と述べたと米「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙が伝えた。しかしイラン側はこれに対してノーコメントを貫いている。

同じく16日には、アラブメディアがサウジ情報筋として、両国の正常化の条件には軍事、情報、サイバーを含むあらゆる方法で互いの国を攻撃しないことや、そのために第三者を支援したり、そのような攻撃を行うために自国の土地を利用させたりしないことも含まれている、と伝えた。これについてもイラン側はコメントしていない。

続く3月19日には、今度はイラン大統領の政治問題担当副参謀長であるムハンマド・ジャムシディ氏が、次のようにツイートした。

「サウジアラビアのサルマン国王は、ライシ大統領への書簡で、兄弟国である2国間の協定を歓迎し、同大統領をリヤドに招き、強力な経済・地域協力を呼びかけた。ライシ大統領はこの招待を歓迎し、イランの側に協力を拡大する用意があることを強調した」

これは本当だとすれば極めて重大なニュースであるにもかかわらず、なぜかイラン側からもサウジ側からも公式発表は一切ない。

両者は互いに、自国にとって都合のいい情報をリークし、当該合意において強い立場にあるのは自国の方であり、相手側は弱い立場にあるという印象操作に余念がない。両国間にある不信感や対抗意識が合意後も消え去ったわけではないことを示唆している。

革命防衛隊の存在、イランの対米姿勢

第三に、今回のサウジとイランの合意について、イランの革命防衛隊は沈黙を貫いている。革命防衛隊はイラン最高指導者に直属しており、イラン政府の指揮下にはない。革命防衛隊はイラン国軍の倍以上の予算を持つ「軍産複合体」で、国内のデモ弾圧など治安維持活動を行う他、国外に「イスラム革命の輸出」をする任務も負っている。つまりイラン政府がサウジとどのような合意を締結しようと、革命防衛隊が独自にサウジやその権益を直接、あるいは間接的に攻撃する可能性は残されるわけだ。

第四に、早くも23日には、シリアに駐留する米軍がドローン攻撃を受けて米軍請負業者1人死亡、米兵ら6人負傷する事態が発生した。米当局はこれをイラン製のドローンだと認定し、シリアに駐留する革命防衛隊関連施設に報復空爆を実行した。革命防衛隊はこれへの報復として、駐シリア米軍にロケット弾10発を撃ち込み、近隣住民が負傷する事態となった。イラン側にアメリカに対する攻撃を自制する気など一切ないのは明らかであり、そうである以上、中東の抜本的な緊張緩和を想定するのは難しい。

中国仲介のもと行われたサウジとイランの協議(北京・3月10日)
中国仲介のもと行われたサウジとイランの協議(北京・3月10日)

第五に、両国の仲介役を果たしたのは中国であり、中国は「善意に基づく信頼できる仲裁者」として「主催者としての職責」を忠実に果たす、今後も世界の問題を適切に解決すべく「建設的な役割」を発揮し、「大国としての責任」を示していくと述べているものの、中国には両国に合意を履行させる強制力はなく、どちらかが約束を反故にした場合も中国が責任を負うわけではない。

中国はサウジ、イラン両国にとって最大の石油の顧客ではあるが、それが合意の履行を担保するわけではない。

イエメン、イラク、シリア、レバノンといった、イランが大きく関与している地域紛争についても、収束の見通しは立っていない。

中東地域の安定は、中東諸国にとってのみならず、中東諸国に石油の9割を依存する日本にとっても歓迎すべきことだ。しかしそれが近い将来実現されると想定するのは、あまりにも安直である。

【執筆:麗澤大学客員教授 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。