ナチス・ドイツに殺害されたユダヤ人を追憶する「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー(国際ホロコースト記念日)」にあたる1月27日夜、エルサレムにあるシナゴーグ(ユダヤ教会堂)が襲撃され、イスラエル人7人が死亡するテロ事件が発生した。イスラエル警察の長官によると「近年のこうした攻撃の中でも最悪なもののひとつ」だという。

襲撃事件の現場付近(エルサレム・1月27日)
襲撃事件の現場付近(エルサレム・1月27日)
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襲撃したのはハイリー・アルカムという名の、東エルサレムに住む21歳のパレスチナ人イスラム教徒だ。ハイリーはシナゴーグ近くで通行人に向けて銃を発砲した後、シナゴーグから出てきたユダヤ人らを次々と銃撃、車で逃走したものの警察によって射殺された。

米バイデン大統領やハリス副大統領、ブリンケン国務長官や英クレバリー外相らがこのテロを非難したのに加え、国連はグテーレス事務総長の名で次のような声明を発表した。

「事務総長は、エルサレムのシナゴーグの外で本日発生したパレスチナ人襲撃者によるテロ攻撃により、少なくともイスラエル人7人が死亡し、数人が負傷したことを強く非難する。(略)この襲撃事件が礼拝所で発生し、まさに国際ホロコースト記念日に行われたことは、とりわけ忌まわしいことである。テロ行為にはいかなる言い訳も許されない。 こうした行為は明確に非難され、すべての人が拒否しなければならない」

襲撃事件の現場付近(エルサレム・1月27日)
襲撃事件の現場付近(エルサレム・1月27日)

イスラム過激派は襲撃テロを称賛

しかし実際には、このテロを「すべての人が拒否」しているわけではない。

パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム過激派テロ組織ハマスのある幹部は、このテロを「英雄的作戦」と呼んで賛美した。またハマスの報道官は、これを「作戦」「抵抗」と呼び、その成功を歓迎するとし、パレスチナ人は「抵抗の背後で団結している」「我々は抵抗の道を歩み続ける」「我々は殉教者の血を忘れることなく、適切な時、場所でその死に報いる」などと述べた。

ガザでハマスに次ぐ第二のイスラム過激派テロ組織であるイスラミック・ジハードもこのテロを「英雄的作戦」と呼び、実行者であるハイリーを「殉教者」と描写して、その「勇気」を称えた。

襲撃“成功”を祝福する人々(ガザ・1月27日)
襲撃“成功”を祝福する人々(ガザ・1月27日)

ガザ地区の他、ヨルダン川西岸地区、東エルサレムの一部でも、パレスチナ人が街頭でお菓子を配ったり、花火を打ち上げたりして、この「作戦」の「成功」を祝った。パレスチナ人がイスラエル人を襲撃した後、街をあげて皆でこれを「祝福」するのは彼らの「伝統」と言っても過言ではない。

市民に「クナーファ」と呼ばれる菓子が配られた(ガザ・1月27日)
市民に「クナーファ」と呼ばれる菓子が配られた(ガザ・1月27日)

イランの支援を受けるレバノンのイスラム過激派テロ組織ヒズボラも、このテロについて「イスラエルの防衛に関する弱点を明らかにし、入植者の間に恐怖を縫い付けた勇敢な行為」と称賛した。

サウジ、UAEなどはテロを非難

ハマスやイスラミック・ジハード、ヒズボラといったイスラム過激派テロ組織が当該テロを「祝福」する一方、サウジアラビアやエジプト、アラブ首長国連邦(UAE)、ヨルダンといったイスラム諸国はこれを公式に非難した。

サウジは「民間人を標的としたすべての攻撃を非難する」とする声明を出し、UAEは「こうした犯罪行為を強く非難し、人間の価値と原則に反して安全と安定を損なうことを目的としたあらゆる形態の暴力とテロを永久に拒否することを表明する」と述べたのに加え、「イスラエル政府とその国民、そしてこの凶悪犯罪の犠牲者のご家族に心からの哀悼とお見舞いを申し上げるとともに、負傷された方々の一刻も早い回復を祈念する」と被害者側に寄り添った。

犠牲者を悼む人々(1月28日)
犠牲者を悼む人々(1月28日)

イスラム過激派組織とイスラム諸国を一体的に捉えるのは間違っている。ほとんどのイスラム諸国にとってもイスラム過激派は敵であるだけでなく、「テロとの戦い」の前面に立ってイスラム過激派と戦っている兵士の大多数は、実はイスラム諸国の国軍の兵士たちだ。

日本のメディアには、いまだに「イスラム」と名のつく主体がすべて「ユダヤ」や「イスラエル」を憎み、恨んでいるかのような記事や解説が多くみられる。しかしこうした言説・認識は、単に「間違い」であるだけでなく、テロや過激主義を憎み、それと戦っているイスラム諸国や大多数のイスラム教徒に対する「偏見」や「ヘイト」ですらある。

【執筆:麗澤大学客員教授 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。