福島第一原発の処理水放出を巡り、中国が日本産海産物の全面輸入停止という措置を取ったことで、日中間でも貿易摩擦が激しくなっている。全面輸入停止の背景については、国内で膨れ上がる国民の不満をガス抜きし、その矛先を日本に向けさせるためとの見解を中国専門家が指摘しているが、貿易面での中国の対日不満も考えられよう。

バイデン政権の呼びかけで、日本は先端半導体分野23品目で中国への輸出規制を実行
バイデン政権の呼びかけで、日本は先端半導体分野23品目で中国への輸出規制を実行
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バイデン政権が昨年10月に中国による軍事転用を防止するため先端半導体分野で対中輸出規制を強化し、今年1月に日本とオランダに同調するよう呼び掛け、日本は7月下旬から先端半導体分野23品目で中国への輸出規制を実行に移した。軍の近代化を押し進めたい中国としては、先端半導体は極めて重要な戦略物資であり、その獲得を防止させようとする米主導の規制に強く反発してきた。8月から半導体の材料となるガリウム・ゲルマニウムの輸出規制を開始したのも日本や米国への政治的けん制であり、今回の全面輸入停止もその延長線上にある。中国は貿易面で米国と足並みを揃える日本への不満を強めている。

重要性を増す経済安全保障

日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、今後も中国との貿易関係は当然続く。しかし、日本が中国との安定的な貿易関係を重視しても、中国の貿易面での対日認識が変化しているように感じられる。当然、経済成長率が鈍化し、若年層の失業率が20%を超える中国にとっても日本は重要な貿易相手であるが、8月のガリウム・ゲルマニウムの輸出規制の際、中国共産党系の機関紙「環球時報」が同規制に関連し、「米国とその同盟国は中国による輸出規制に込められた警告に耳を傾けよ」と題する社説を掲載するなど、対中規制で米国と足並みを揃える日本への不満を強めている。

日本としては米中をアクターとする貿易摩擦にはできるだけ巻き込まれたくないが、中国が日本を対立軸に位置付けることで、日本はその蟻地獄から抜け出せなくなってきている。今後も安全保障リスクが絡む問題で、日本は米国と歩調を合わせることから、日中間で貿易摩擦がいっそう激化、長期化する可能性を我々は認識する必要があろう。

日本企業の中には極めて中国依存が強い企業が少なくない
日本企業の中には極めて中国依存が強い企業が少なくない

そして、こういった大国間対立が深まり、経済的威圧が仕掛けられ、経済安全保障の重要性が増す世界においては、日本企業にも変化が求められよう。日本企業の中には極めて中国依存が強い企業が少なくない。今回の日本産海産物の全面輸入停止においても、売り上げの半分以上を中国に依存する水産会社も見られたが、1つの行為で瞬時に経営が圧迫されるケースは今後さらに増える恐れがある。中国との関係が冷え込む中、台湾のパイナップルやオーストラリアのワインや牛肉の輸出が突如規制されたケースもある。

“脱中国依存”で取引先の多角化を

こういったリスクを軽減するためにも、全体の売上の中で中国依存が強い企業を中心に、一極集中をできるだけ回避し、貿易相手国、取引先の多角化を図る必要がある。既に脱中国依存のため動き出している企業もみられるが、14億人の中国市場の影響力、大きさから中々行動に移していない企業も多い。当然ながら、完全に対中デカップリングが可能な企業は少ないかもしれないが、インドやASEAN、アフリカなどグローバルサウスの存在感が増す中、日本企業にとって一極集中の回避と貿易相手国の多角化を図れるチャンスは広がっている(各国には中国にはない別の経営リスクもあろうが)。

台湾から日本へ輸出されるパイナップルは、2年間で8倍以上に急増した
台湾から日本へ輸出されるパイナップルは、2年間で8倍以上に急増した

また、日本は国家として経済的威圧に対処するため、同盟国や友好国との結束を強化していく必要がある。中国向けパイナップルの輸出を突如規制された台湾によると、輸入規制発表前の2020年に中国向けの輸出は約4万2000トンだったが、2021年には約2000トンにまで落ち込み、2022年はたった400トンだった一方、2020年の日本向け輸出量は2000トンあまりだったが、2021年に1万8000トンと急増し、2022年も1万7500トンあまりになったという。2年間で台湾から日本へ輸出されるパイナップルは8倍以上に急増したわけだが、これによって台湾のパイナップル生産業者らは救われたという。日本も政府や各企業が経済的威圧に遭った際、それによる経済的損失を最小限に抑えられるよう、同盟国や友好国との政府や企業との関係をより強固なものにする必要があろう。
【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415