「年齢が若返る」。そんな嘘のような本当の話が、隣国・韓国で起きた。もちろん“制度”や“認識”の上での話で、実際に体が若返るわけではないのだが……。

「満年齢」では誕生日に、「数え年」では1月1日に年を取る
「満年齢」では誕生日に、「数え年」では1月1日に年を取る
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日本をはじめ国際社会では、一般的に、生まれた年が0歳で誕生日が来る度に1歳年を取る、「満年齢」を使う。しかし、韓国では年齢を数える際、「生まれた年を1歳」とし「新年を迎える度に1歳年を取る」という「数え年」を日常的に使っていた。つまり、国民全員が「1月1日」に年を取るという考え方で、例えば12月31日に生まれた赤ちゃんは、翌日の1月1日には「2歳」になる。

筆者も韓国に来た直後は、年齢の話になる度に「韓国では○歳」「満年齢では○歳」と説明され、戸惑った覚えがある。日本でも神社で厄年を計算する時などに「数え年」を使うが、普段は使う機会があまりないので、正直「数え年」の数え方すら曖昧だった。

ちなみに韓国では、誕生日を祝うケーキに灯すろうそくの数は、「数え年」基準の人もいれば「満年齢」基準の人もいるらしい。誕生日くらいは……ということから、普段より若く数える「満年齢」で祝うということもあるようだ。

複数の年齢の数え方が混在することで混乱も招いた
複数の年齢の数え方が混在することで混乱も招いた

そんな韓国で日常的に使われている「数え年」だが、一方で、新型コロナワクチンの接種年齢や、公共交通機関であるバスの無料乗車年齢などを巡って、「満年齢」「数え年」のどちらで考えるか混乱を招いたほか、国際的な基準と合致しないという指摘が増えていた。

尹政権が法改正に着手。6月28日から「満年齢統一法」施行。
尹政権が法改正に着手。6月28日から「満年齢統一法」施行。

そこで、日常生活や国際的な業務上のやりとりの混乱を解消するため、現在の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が法改正に着手した。2022年12月、韓国の国会は、行政基本法と民法の一部を改正し、特別な規定がなければ行政・民事上の年齢の数え方と、社会的に通用する年齢の数え方を「満年齢」で統一することを定めた「満年齢統一法」を可決。2023年6月28日に施行された。この日から、日常生活で使う年齢の数え方は「数え年」から「満年齢」に統一され、誕生日を迎えていた人は1歳、誕生日をまだ迎えていなかった人は2歳、年齢を若く数えるようになった。

このことについては、「一夜にして若返った韓国人がいる」(米ニューヨーク・タイムズ紙)「韓国は時間を巻き戻し、国民を若返らせた」(英 ガーディアン紙)など、各国のメディアからも注目を集めている。

継続される、もう一つの数え方

なじみある数え方が変わることによる混乱もある。「満年齢」「数え年」と別に、韓国にあるもう一つの年齢の数え方、「年年齢(ねんねんれい)」が引き続き使われているからだ。

「満年齢」「数え年」に加え、韓国には「年年齢」という数え方が存在する
「満年齢」「数え年」に加え、韓国には「年年齢」という数え方が存在する

韓国には、「満年齢」「数え年」に加え、「生まれた時は0歳」で「新年を迎えると1歳年を取る」、「年年齢」という数え方もある。飲酒や喫煙、兵役義務などは以前から「年年齢」を基準に考えている。例えば飲酒・喫煙は「年年齢で19歳」から、つまり「満年齢で19歳になる1月1日からOK」となる。これは、今回の法改正による変更はない。

「満年齢統一法」が施行される一方、継続される基準も
「満年齢統一法」が施行される一方、継続される基準も

しかし、ソウル市内のサムギョプサル店では最近、お酒を飲める年齢を巡ってちょっとしたハプニングがあった。「年年齢で19歳」の息子とその親が来店した際、親は「法が施行されれば酒は“満”19歳からだろう」と主張。一方で息子は「飲める」と主張。その場で家族けんかが始まるところだったというのだ。店主も「満年齢で歳が若くなったらお酒が飲めなくなると思った」と話す。つまりこの家族や店主は、満年齢統一法により、お酒・タバコも「満19歳から」に変わったと勘違いしたのだ。

「満年齢統一法」という名前の一方で、継続される基準があることで、まだしばらくは日常生活での混乱が続くかもしれない。

クラスメートでも兄・弟? 色濃く残る序列文化

さらに「満年齢」の統一により、韓国ならではのこんな影響もある。

韓国では「同じ学年」=「同じ年齢」だった
韓国では「同じ学年」=「同じ年齢」だった

日本で同学年は、4月2日~翌年4月1日の年度で区切るが、韓国の学校では1月~12月の同じ年に生まれた子どもたちが同じ学年で入学する。加えてこれまでは「新年を迎えると全員1歳年を取る」という、「数え年」の考え方も加わり、学校では「同じ学年=同じ年齢」だった。

しかし、「満年齢」ではクラスメートでも誕生日を迎えた人と、まだ迎えていない人で1歳の差が生まれる。日本では、それによって他人を兄・姉・弟・妹などと呼ぶことはあまりないが、韓国では年齢差ひとつで呼び方も細かく変わるなど、年齢を強く意識する傾向=序列文化があるため、子どもたちや学生からは、「クラスメートでも呼び方を変えるのか?」と気にする声が出ている。

政府のポスターでも「友達同士で呼び方を変える必要はない」と説明
政府のポスターでも「友達同士で呼び方を変える必要はない」と説明

実際にソウル市内の高校では、「急に(満年齢に)変わるから、混乱が生じると懸念する」「他の人より誕生日が遅いので、友達が私に『おい、弟』と言うかもしれない」と言った声が聞かれ、やはり年齢差を意識することがあるようだった。韓国政府も満年齢統一法施行にあたり作成したポスターで「友達同士で呼び方を変える必要はありません」と説明するなど、子どもたちや学生たちの間での呼び方の混乱を防ぐ対策をしている。

混乱の先に…期待される意識の変化

制度や法律上では以前から「満年齢」を適用しているものが多く、目立った混乱はないだろうという見方もある。それでも去年、政府が行った世論調査では8割以上の人が「満年齢」移行に賛成し、日常生活で「満年齢」を使うつもりと答えた。

政府の世論調査では8割以上が「満年齢」移行に賛成
政府の世論調査では8割以上が「満年齢」移行に賛成

混乱解消に加え期待されているのは、古くから残る序列意識の変化だ。

年上を敬うこと、慎みや謙虚さを持つことは日本人にもなじみがあるだろうし、人間関係において大事なことだ。一方で、様々な場面で必要以上に年齢を意識することは、コミュニケーションに支障をきたすという弊害も生んでいると考えられる。実際、取材した高校生たちからも、「年齢に関して規則のような厳しさがあり解決してほしい」という声が聞かれたし、韓国政府も改正法の施行にあたり「満年齢使用に慣れれば、1、2歳差を厳しく計算する韓国の序列文化もだんだん消えるものと期待する」としている。

韓国にとって「満年齢」への移行は、単純に年齢の数え方が変わるだけではなく、多様性や個人を尊重し、より成熟した社会になるための一歩かもしれない。

(FNNソウル支局 柳谷圭亮)

柳谷圭亮
柳谷圭亮

FNNソウル支局特派員。1994年生まれ。仙台放送報道部で県警・県政クラブ、東日本大震災関連ドキュメンタリー制作などを担当し2023年2月~現職。