米GDP上方修正で円売り加速

円相場が、約7カ月半ぶりに一時1ドル=145円台まで値下がりした。東京外国為替市場の円相場は、30日午前、1ドル=144円台後半の水準で円安方向への傾きが進み、午前10時半以降、144円90銭台でもみあう場面が続いたあと、10時45分ごろ、一時145円台に突入した。

円安を加速させた要因は、アメリカで1~3月のGDP=国内総生産の確定値が上方修正されるなど経済の好調さを示す指標の発表が相次いだことだ。

6月14日、利上げを11会合ぶりに見送る決定をしたFRBだが…
6月14日、利上げを11会合ぶりに見送る決定をしたFRBだが…
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FRB(連邦準備制度理事会)が、景気動向を気にせずに、インフレを冷ますため、追加で利上げを続けるとの見方が強まった。利上げを続けそうなアメリカと、大規模緩和で金利を低く抑える日本との金融政策のスタンスの違いから、円を売ってより高い利回りが見込めるドルを買う動きが加速した。

市場関係者が気にしていた145円台

鈴木財務相は、この日の閣議後の会見で「最近は急速で一方的な動きもみられる」としたうえで、「為替市場の動向は、高い緊張感をもって注視し、行き過ぎた動きには、適切に対応する」と述べて、円売りの動きをけん制した。

鈴木財務相は円売りの動きをけん制
鈴木財務相は円売りの動きをけん制

「1ドル=145円台」は、多くの市場関係者が気にしていた水準だ。2022年9月22日に、政府・日銀が約24年ぶりに円買いドル売り介入に踏み切ったときの円相場が、この水準だったためで、市場では介入の有無をめぐって関心が高まっている。

介入があった2022年秋と違う点

果たして、今回の円安局面で為替介入はあるのだろうか。2022年秋と比べて、いまは状況が異なると指摘されている点がいくつかある。

ひとつは、円安の進行ペースだ。円相場は、2022年9月の介入前は、1日余りで対ドルで4円も円安が進行する場面があったのに対し、1カ月前の2023年5月末からの振れ幅は5円程度だ。財務省内では6月30日、「動きが予測の範囲内だ」と、冷静に受け止める声が聞かれた。

さらに、2022年秋は、アメリカで急激に利上げが進められるなか、円だけでなく、各国通貨の価値が対ドルで下落する「ドル独歩高」の場面が際立ったが、今回は、主要通貨のなかで円の安さが目立つ「円独歩安」の様相が強い。

このところ、円は対ユーロ相場でも、1ユーロ=158円近辺まで下落し、約15年ぶりの円安ユーロ高水準となっているほか、対ポンドでも、1ポンド=183円台と安値圏に沈む。

インフレ高止まりで、ヨーロッパ各国の中央銀行も、金融引き締めに積極的な姿勢を示すなか、日銀のみが金融緩和を続ける格好となり、ドルだけでなくヨーロッパ通貨の上昇にあおられて円安が進んでいる側面が目につく。

「ドル独歩高」への圧力が和らぎ、「円独歩安」の色彩が強い状態での円買いドル売り介入をめぐっては、「アメリカから厳しい目が向けられる可能性」を指摘する声もある。

もうひとつは、「悪い円安」論が、2022年ほど強くない点だ。原油や天然ガス価格が跳ね上がり、ガソリンや電気料金が上昇して、資源高が円安とのダブルパンチをもたらした2022年と比べると、足元の原油価格が、ピーク時から3~4割程度下がるなど、市況は落ち着きを見せている。

円安は輸出企業には追い風となるが、2023年は、新型コロナの入国制限の解除に伴う訪日外国人客の回復にもプラスとなり、サービスなど非製造業にもメリットを広げている。企業業績への期待などを背景に、3万3000円台となった日経平均株価の上昇を円安が支えている面もある。

日経平均株価は3万3000円台に(画像は6月29日終値)
日経平均株価は3万3000円台に(画像は6月29日終値)

7月の食品値上げは3500品目超

ただ、食品を中心に値上げラッシュは続いている。

帝国データバンクによると、7月の食品の値上げ品目数は3566品目だ。輸入小麦の価格が引き上げられるなか、「パン」が1578品目と全食品分野で最も多くなった。2023年1年間の累計では、最終的に3万5000品目前後に到達すると予想されている。

食品を中心に続く値上げラッシュ
食品を中心に続く値上げラッシュ

行き過ぎた円安が、物価高を通じて家計負担を重くする構図は変わらない。実質賃金はマイナスが続くなか、過度な円安が原材料高を通じて企業の賃上げ体力を落としていけば、賃金上昇が消費を上向かせる好循環の雲行きは怪しくなる。

2022年に「悪い円安」に自ら言及した鈴木財務相は、6月30日、円安には「メリット・デメリットがある」としたうえで、「今の政策課題になっているのが物価高騰対策で、そういう意味ではよろしくない状況にある」と述べた。

日米で金融政策の方向性が異なっている限り、金利差の広がりを意識して、円が売られやすい状況は続く。

1ドル=150円の水準に向けて円安は一段と進行していくのか。介入への警戒感がくすぶるなか、神経質な値動きが続く7月相場になりそうだ。

(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員