今日、国際安全保障上の関心事は米中対立や台湾情勢、ウクライナ情勢など国家間イシューに集まっている。
米中が安全保障や経済、人権や先端技術、サイバーや宇宙などあらゆる領域で紛争を展開し、最近ではその中でも台湾情勢が最重要トピックとなり、ロシアとウクライナが軍事的衝突を続けている今日の国際情勢に照らせば、それは当然のことだ。一方、国際政治が大国間対立へと回帰することで、9.11からのテロの時代は自然に終息したかのような風潮が漂っている。

イラクとシリアで一時英国領土に匹敵する領域を支配したイスラム国は今日では弱体化し、世界で発生するテロ事件数も年々減少傾向にあり(アフリカサヘル地域ではテロ情勢が悪化傾向にあるが)、今日国際的に差し迫ったテロの脅威というものは存在しない。
しかし、筆者を含み、米国調査会社Soufan GroupのColin P.Clarke, American Enterprise InstituteのKatherine Zimmermanなどのテロリズム研究者らは、大国間競争の時代でも不気味な空気を漂わせるテロの潜在的な脅威についてウォッチングを続けている。
訪米したインドのモディ首相は6月22日にバイデン大統領と会談し、その中で国際的なテロを強く非難するとともに、アルカイダなど国連にリストアップされている全てのテロ組織に対する協力的な行動を訴え、パキスタンに対しては同国がイスラム過激派の温床にならないために積極的な行動を取るよう要請した。

今日の米印会談でも対中国や経済安全保障、グローバルサウスなどが先行して議題となりやすいが、22日の会談でイスラム過激派関連に言及があったことは、両国とも優先順位としては高くはないものの、その潜在的脅威を懸念している証と言えよう。
インドは長年、北部カシミール地方でインドの軍や警察と衝突を繰り返すイスラム過激派をパキスタンが支援していると強く非難している。2008年11月には大都市ムンバイで同時多発テロ(邦人1人も犠牲に)が発生し、実行犯たちはパキスタンのイスラム過激派「ラシュカレタイバ(Lashkar-e-Taiba)」に所属していたとされるが、パキスタン側はそういったインド側の主張を否定し続けている。
確かに、パキスタン国内にはラシュカレタイバのような反インド色の強いイスラム過激派、パキスタン・タリバンのようなパキスタン政府に敵意を強く抱くイスラム過激派、一帯一路を拡大する中国へのテロを続けるバルチスタン解放軍のような武装勢力などが存在し、モディ首相やバイデン大統領が“パキスタンのテロの温床化”を懸念するのは当然のことだろう。
しかし、テロの潜在的脅威はパキスタンの隣国アフガニスタンにあるように筆者は考える。
最近、国連の対テロモニタリングチームが最新の報告書を公表した。それによると、9.11テロの実行した国際テロ組織アルカイダとアフガニスタンで実権を握るイスラム主義勢力タリバンとの関係は依然として強く、アルカイダの戦闘員数は国内に約400人で、アフガニスタン西部バードギース州、南部ヘルマンド州やザーブル州、東部のナンガルハール州やヌーリスターン州など各地に新たな軍事訓練キャンプを設置しているという。

また、一部には昨年夏に殺害されたアルカイダのアイマン・ザワヒリ容疑者の後継者とされるSaif al-Adel が潜伏先のイランからアフガニスタンに渡ったとの見方もある(米当局はこれに否定的)。
アルカイダが9.11のようなテロを再び実行することは考えられないが、9.11テロに至るまでのアフガニスタンの状況と今日の状況はタリバンが実権を握っているという部分では重なっており、今後アルカイダが国内で組織力や財政力、存在力を盛り返し、中長期的は国外でテロを実行するまでに再生を図ることには注意が必要だろう。
また、国連報告書はアフガニスタンでテロを繰り返す「イスラム国ホラサン州」の動向にも触れた。イスラム国ホラサン州は現在のイスラム国ネットワークの中でも最も活発な組織で、最近はタリバンやシーア派ハザラ族など国内権益だけでなく、パキスタンやロシア、中国の権益を狙ったテロも繰り返し、特に中国への敵意を強く抱いている。

国連報告書によると、昨年から「イスラム国ホラサン州」は国内で190以上もの自爆テロを行い、1300人以上が死傷したとされ、最近は指揮命令系統な組織構造から、いくつかのグループが各地に分かれて活動するネットワークのような構造に変化し、監視の目が当たりにくいスリーパーセルもリクルートしているという。「イスラム国ホラサン州」には元タリバンのメンバーも多く流入し、隣国ウズベキスタンに向けて複数のロケットを発射したりするなど、組織力の拡大とともに国外テロに拍車を掛けることが懸念される。
さらに、国連報告書は、アルカイダや「イスラム国ホラサン州」のほかにも、「ウズベキスタン・イスラム運動(IMU)」、中国が警戒する「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」の残党勢力、「パキスタン・タリバン」、「イスラミックジハードグループ」、「Jamaat Ansarullah」など20あまりの組織が活動していると言及している。

今日、こういった組織がアフガニスタン国外で差し迫ったテロの脅威を我々に示しているわけではない。しかし、大国を中心とする諸外国の焦点は国家間イシューにほぼ回帰しており、国際社会の監視の目が長期的にアフガニスタンに集まらなければ、流動的に動くアフガニスタン情勢の中からアルカイダが組織の盛り返しに成功し、はたまた新たなテロ組織が台頭する恐れは排除できない。国連報告書はテロリズム専門家の間でも貴重なインテリジェンスを提供すると評価が高く、そういったテロの潜在的脅威を我々に提示している。
【執筆:和田大樹】