米国のニュース専門テレビ局は、公正中立な報道では成り立たない宿命のようだ。
米国のメディア大手ワーナー・ブラザーズ・ディスカバリー社は7日、傘下のCNNテレビのクリス・リヒト社長が辞任したと発表した。CNNの業績不振と社内の混乱の責任を取らされた、事実上の更迭だった。

CNNは民主党支持を隠そうともせず保守派、特にトランプ政権を厳しく批判する報道を続けてきたが、2020年にバイデン民主党政権が樹立されてからは「戦う相手を見失った」形で戦闘的な論調が影を潜め、それに伴って視聴者離れが進んでいた。
そこで親会社は昨年4月新たにリヒト氏を送り込んで経営の立て直しを図ったが、そのためにニュースの「中立化」することが指示されたという。リヒト社長はスタッフに偏った報道や論説を禁止すると同時に、トランプ嫌いで知られたキャスターのドン・レモン氏の担当番組を夜のゴールデンアワーから朝に変え、辞任に追い込むという荒療治も行なった。

さらに5月10日にはトランプ前大統領を招いたタウンホール集会を開催し、トランプ氏の主張を1時間にわたって伝えるというCNNとしては前代未聞の放送を行なった。
しかしながらCNNの視聴者の減少には歯止めがかからず、稼ぎ時のプライムタイム(午後8時~11時)の聴取者はリヒト社長在任中の平均が628000人と就任前の平均より125000人、率にして16.6%減った。これによってCNNの今年の第一四半期の売り上げは2億3250万ドル(約302億円)で、前年同期より40%減少した。
ある意味で「不偏不党の報道はゼニにならない」ということになったわけだが、CNNとは真逆の保守派支持の報道を売り物にしているフォックス・ニュースでも同じような異変が起きている。
フォックス・ニュースはこれまで徹底してトランプ氏を支援する報道を行なってきたが、「2020年の大統領選では投票機をめぐる不正があった」と報じたことで投票機関連のメーカー2社から名誉毀損で併せて430億ドル(約5兆6000億円)の損害賠償訴訟を起こされていた。

そこでフォックス・ニュースのオーナーのルパード・マードック氏はトランプ氏をもてはやす報道を禁止し、同社の看板キャスターでトランプ氏支持を公言してやまないタッカー・カールソン氏を辞任い追い込むことになった。

ところが「カールソン氏が辞任した後、フォックス・ニュースの視聴者数が崖から落下するように減少した」(ニュースサイト「デイリー・ビースト」)。
カールソン氏が辞任した後のフォックス・ニュースのプライムタイムの視聴者は177万7000人で、辞任前より70万人減少した。
同じ時期にフォックス・ニュース同様に保守派で今もトランプ氏を支持している新興の「ニュース・マックス」は、プライムタイムの視聴者を3倍増の425000人に伸ばし、数字上はフォックス・ニュースの視聴者を取り込んだ形になった。
「CNNの混乱は、ケーブル局には独立ニュースの余地がないことを意味するのか?」
ニューヨーク・タイムズ紙電子版8日の記事見出しだ。
筆者でメディア評論を担当するジム・ルーテンベルグ氏は、米国社会で保守、革新の分断化が進む中で国民はSNSで流される一方的な主張に接すると、ニュース専門局の不偏不党の報道が物足りなく感じるようになっているのかもしれないと分析する。
CNNは「公正中立」の旗を下ろして、また過激な「反トランプ」報道を始めるのだろうか?
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】