「私たちはいつからスマホのライトをつけるだけで警察に取り囲われるようになったんだ……」6月4日の夜、香港中心部にある公園で私の近くにいた女性はこう嘆いた。

ベンチに座りスマホのライトをつける男性(6月4日)
ベンチに座りスマホのライトをつける男性(6月4日)
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女性の目線の先にはベンチに座り、無言で手に持っているスマホのライトをつける1人の男性がいた。そして周辺には優に10人は超える多くの警察官が男性を取り囲み、スマホのライトを消すように促していた。

なぜ、スマホのライトをつける行為が問題になるのか。それは過去に香港で行われていた天安門事件の追悼集会で象徴となっていたロウソクの火を彷彿させるというのが理由だ。

警察官にスマホの写真をチェックされる男性(6月4日)
警察官にスマホの写真をチェックされる男性(6月4日)

また、公園の外にも大量の警察官が投入されていた。警察官は市民が上下黒の服を着ているだけで呼び止め、スマホの写真をチェックしたり、所持品の検査や職務質問を繰り返し行った。

花束を掲げ警察に連行される女性(6月4日)
花束を掲げ警察に連行される女性(6月4日)

そして、天安門事件に関する書籍やビラを持った人、花束を持った活動家などを発見するとすぐに取り囲み、次々と待機していた警察車両に乗せた。しかし、連行される人は誰1人として声を荒らげることはなかった。それは過剰とも言える警察の対応に無言で抗議しているようだった。

突然決まった「ふるさとバザー」

1997年にイギリスから中国に返還され「一国二制度」が保障されていた香港では、毎年6月4日、30年近くにわたり天安門事件の追悼集会が行われてきた。

香港で2019年6月4日に行われた追悼集会
香港で2019年6月4日に行われた追悼集会

しかし、2020年に新型コロナの感染拡大防止を理由に初めて集会が許可されず、同様の措置は2022年まで続いた。ようやくコロナの規制が緩和され、今年の動向が注目されると、香港政府は6月3日から5日までの日程で中国各地の特産品を販売するイベントを開催すると発表し、さらに「政治的なイベント色を伴わない地方の特色ある文化を広めたい」と表明した。

特産品の販売イベントには多くの来場客が訪れた
特産品の販売イベントには多くの来場客が訪れた

これまで追悼集会が行われていた公園は200以上の店舗で埋め尽くされ、さらにアーティストが歌うコンサート会場も設置された。入場料は1人5香港ドル(日本円で約90円)で、会場に入る際は荷物チェックも行われた。入場開始となる午前10時には地方から多くの団体客が来ていた。

販売イベントにはコンサート会場も設置された
販売イベントにはコンサート会場も設置された

団体客は高齢者が中心で、様々な特産品を購入し、純粋にイベントを楽しんでいる様子だったが、中には大きな中国国旗を振り回しながら記念写真を撮影する人もいた。来場者の1人に「この場所は天安門事件の追悼集会が行われていた場所だったがどう思うか?」と質問すると、「古いことが去って新しいことがやってくる。今回のバザーは素晴らしい」と答えた。

中国国旗を振って記念撮影する団体客の姿も
中国国旗を振って記念撮影する団体客の姿も

「2020年の国家安全維持法を機に中国化が進んだ」

香港に1990年代から住み、30年近く追悼集会を見続けてきた日本人女性は、「追悼集会が消されたことで、この公園は愛国者育成の場所に塗り替えられた」と話す。

30年近く香港に住んでいる日本人女性(写真右)
30年近く香港に住んでいる日本人女性(写真右)

――追悼集会が行われてきた公園で販売会が行われていることをどう見ている?

今年も追悼集会はできないとは思っていた。何もイベントは開かれず、警察が警備をして人を寄せ付けないようにするのかなと思っていたら、そうではなく中国内陸部の特産品を宣伝するイベントが始まった。しかも6月4日を前後して3日間連続で特産品の販売会に変えてしまうことは驚きというか、なるほど、政府はこういう事をやってくるんだと思った。

イベント会場では多くの警察官の姿が見られた
イベント会場では多くの警察官の姿が見られた

――今年以降、香港における天安門事件の受け止め方は変わると思うか?

今年は本当に大きな転換期だと思っている。2020年に香港で国家安全維持法ができて香港社会がとても大きく変わり、香港の人たちは発言に対して非常に気を遣うようになった。今、学校教育の中でも先生は天安門事件に触れてはいけないと言われていて、さらに追悼集会がなくなったことで香港に住む子供たちは天安門事件について触れることがなくなっていく。その結果、今までの世代の人たちとは違った思いや感情、無関心になっていくのかもしれない。

――今の香港をどう捉えている?

特にこの1年は大きく変化が起きていて、経済や政治が中国に飲み込まれていき、中国の一部、中国の一都市になっていく動きはますます加速していくと思う。ただ香港人がその動きに対して、どこまで気持ちがついていくかというと、多分ついていけない人は多くいると思う。

場所は奪われても追悼する心までは奪われない

香港で生まれ育ち、過去に追悼集会にも参加してきた40歳の男性は「皆それぞれ自分なりの64追悼式がある」と話す。

香港で生まれ育ち、追悼集会にも参加してきたという男性(40)
香港で生まれ育ち、追悼集会にも参加してきたという男性(40)

――香港で追悼集会ができなくなることをどう思うか?

あまりマイナスには考えていない。決まった場所で集会ができなくなっても、追悼する心まで奪われるわけではない。今の政治の雰囲気では、香港の子供たちは天安門事件がどんな事件なのか分からなくなってしまうが、我々の世代が子供たちにしっかりと伝えていけば良いと思う。

一方で男性によると、ここ数年、友人も含め多くの市民が香港を離れ別の国に移住しているという。

香港警察は5日の声明で、治安を乱した疑いで20代から70代の男女23人を拘束したと発表した。香港では治安維持に対する当局の取り締まりが2020年以降、年々強化され「自由社会」から「統制社会」へ加速度的に進んでいることを感じた。

(FNN北京支局 河村忠徳)

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。