「学校を作りますから」

サッカー日本代表の元監督・岡田武史氏がそう語ったのは、昨年10月都内で行われたあるイベントだった。筆者はその言葉に驚き、はたしてどんな学校になるのかずっと心待ちにした。そして先月、岡田氏が来年開校すると発表した学校の名前は、「FC今治高等学校」。FC今治と言えば岡田氏が代表を務めるJリーグのチーム名そのままだ。果たしてどんな学校なのか。取材した。

FC今治のFCの意味は“未来の創造”だ

「この学校はサッカー選手を育成する学校ではありません」

学校説明会でこう語り始めたのは、FC今治高等学校の学園長となる岡田氏だ。

「名前をFC今治高等学校にするのはかなり勇気がいりました。でも、どうせやるなら踏み込まなきゃいけないと思って。『そんなことやっているから、勝てないんだ』と言われるかもしれませんが、このFCの意味はフューチャー・クリエーション(未来の創造)だったりするわけです」

FC今治高等学校では、教科学習はAIやICT教材を導入してそれぞれの進度に合わせてサポートし、午前中に終わらせる。午後は今年オープンしたFC今治のホームである「今治里山スタジアム」を、探究・実学施設としてフル活用したカリキュラムを行う。

岡田氏「学校名をFC今治にするのはかなり勇気がいりました」
岡田氏「学校名をFC今治にするのはかなり勇気がいりました」
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岡田メソッドは個別最適な教育に通じる

岡田メソッドには「守・破・離」という考え方がある。指導者の教えを聞いて原理原則を学ぶ「守」、次に自分なりのプレースタイルを模索する「破」、そして最後は指導者がいなくても自ら成長を続ける「離」だ。岡田氏はこれこそが個別最適な教育に通じるという。

「守・破・離というのは、ある意味個別最適教育だと思っています。だから午前中の教科学習で一斉授業というのはほとんど無くなります」

また、企業と連携したプロジェクトベースの学びを通して社会課題解決に挑戦するほか、スポーツやアートではトップクラスのアスリートやアーティストを招聘したプログラムも実施する。学校創設に携わった東大教授の鈴木寛氏は、「我々は探究を思いっきりやりたいという生徒の受け皿になりたい」という。

鈴木寛氏(左から2人目)「探究を思いっきりやりたい生徒の受け皿になる」
鈴木寛氏(左から2人目)「探究を思いっきりやりたい生徒の受け皿になる」

世界が変わらないことにショックを受けた

そもそもなぜサッカーの岡田氏が学校をつくるのか?実は岡田氏がそう思い立ったのは30年前だった。

「1992年にリオで行われた地球環境サミットで、12歳の少女が『大人たちはどうして私たちにするなということをしているんですか』とスピーチをして世界の首脳が涙したとき、僕は世界が変わるんじゃないかと思いました。ところがその後あまりに何も変わらないことにショックを受けたのです」

そして岡田氏は、次の世代のために何を残すべきか考えてきたという。

「私はFC今治の理念を『次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する』としました。環境問題ではもう元には戻れないかもしれない。さらにこれから食糧や水の争いが起きるでしょう。その時に一番大切なものが共助のコミュニティ、感情を共有できるコミュニティだと思います。こうしたコミュニティをつくったら、国が変わり世界が変わるかもしれないと」

岡田氏「共助コミュニティをつくったら世界が変わるかもしれない」
岡田氏「共助コミュニティをつくったら世界が変わるかもしれない」

「ちょっと変わった生徒、平気なので来てほしい」

岡田氏は「そのコミュニティづくりには人材が必要だ」と考えた。

「そう思った時に今治明徳学園から『一緒に教育をやらないか』と言われて、『そうか、これも天の配剤かもしれない』と思いました。先が見えない中を生きてゆく、心身共にタフで想像もしなかった事態に適応する力、主体性、そして何よりも人を巻き込んでいくコミュニケーション能力。そういう人材を我々はヒストリック・キャプテンと呼んでいます。歴史に名を残すヒーローではなくて、社会を変えていく力を持った人材ですね」

いよいよ学校は来年4月に開校だ。最後に岡田氏はこう期待感を語る。

「日本の教育は皆が一緒からスタートするから、自分を押し殺してそこに合わせなきゃいけない。でも顔も身長も性格も価値観も違うので、その違いを認め合っていかなきゃいけないんですよ。ちょっと変わった生徒なんか全然平気ですから、来てほしいですね」

今後FC今治高等学校では、障がいのある生徒や増加する不登校の生徒にも積極的に関わっていくという。サッカー日本代表を二度ワールドカップに導いた岡田氏が教育界にどんな新風を巻き起こすのか、楽しみでしかない。

岡田氏「皆の違いを認め合っていかないといけない」
岡田氏「皆の違いを認め合っていかないといけない」

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。