ヤドカリと共生関係にあるだけでなく、ヤドカリの“宿”の巻貝を増築までしてくれる新種のイソギンチャクが「世界の注目すべき海洋生物の新種トップ10(2022)」に選ばれた。

これは三重県の鳥羽水族館が採取したイソギンチャクの新種「ヒメキンカライソギンチャク」。国際的な海洋生物のデータベースであるWoRMS(World Register of Marine Species:国際海洋生物種目録)で、2022年に新種と記載された海洋生物約2000種の中から特に興味深い生態を持つ生物として選出されたという。

ヒメキンカライソギンチャクは、大きさは高さが1~2cm、幅(直径)が3~4cmで、房総半島から紀伊半島にかけての水深約100~400mの海底に生息している。

ヤドカリの背中に乗っている白いイソギンチャクが「ヒメキンカライソギンチャク」
ヤドカリの背中に乗っている白いイソギンチャクが「ヒメキンカライソギンチャク」
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古くから存在自体は知られていたというが、分類学的な研究は進んでおらず、正確な種類は不明なままだったそうで、2019年から20年にかけて、鳥羽水族館が定期的に行っている熊野灘漸深海帯の生物調査でヒメキンカライソギンチャクが採取されたことから、東京大学の研究員らとの共同研究を経て新種のイソギンチャクと判明。論文で報告され、2022年4月にアメリカの学術誌「Biological Bulletin」に掲載された。

その生態の特徴のひとつは、特定の1種のヤドカリ(ジンゴロウヤドカリ)と共生関係を築いていること。ジンゴロウヤドカリが貝殻の引っ越しをする際には、ヒメキンカライソギンチャクも新しい貝殻へと持ち運ばれるなど、非常に強い共生関係にあると考えられるという。

さらに、特定の1種のヤドカリと共生するだけでなく、ヤドカリが棲む巻貝の上に付着し、その”宿”を増築するという極めて珍しい生態を持つ生き物だという。

学名は「Stylobates calcifer(スタイロバテス・カルシファー)」と名付けられたが、この名前はスタジオジブリの映画「ハウルの動く城」の原作となった小説「Howl’s Moving Castle(日本語タイトル:魔法使いハウルと火の悪魔)」に登場する火の悪魔「カルシファー」にちなんでいて、“ヤドカリの城”を作る姿をなぞらえたものだそう。

ヒメキンカライソギンチャクは同館のコーナー「へんな生きもの研究所」で常設展示されているというが、その生態について、そしてどんなところに注目するとより展示を楽しめるのか、鳥羽水族館にお話を聞いた。

イソギンチャク自身の分泌物で、固い構造物(擬貝)を作る

――「特定の1種のヤドカリと共生する」イソギンチャクは珍しいもの?

実は、ヤドカリと共生するイソギンチャクは結構知られていて、少なくとも35種はいます。その多くは決まった種類のヤドカリと共生しているので、それほど珍しいものではありません。ただし、ジンゴロウヤドカリと共生関係にあるのは、ヒメキンカライソギンチャクだけです。


――「世界の注目すべき海洋生物の新種トップ10」に選出された理由について教えて

柔らかいイソギンチャクによる「ヤドカリの貝殻」形成は大変興味深い現象であり、そのユニークな生態が興味を引いたのだと思います。

――「ヤドカリの貝殻を形成する」とは、どういうこと?

イソギンチャク自身の分泌物で、貝殻のように固い構造物(擬貝)を作ることです。


――それが特に注目されている理由、珍しい現象ということ?

イソギンチャクは放射相称動物であり、かつ全身が軟らかいので、前後左右の認識を前提とする硬い貝殻構造(螺旋構造)を形成すること自体が非常に珍しいと言えます。

ごく一部のイソギンチャクだけが自身の分泌物で貝殻のように固い構造を作ることが知られていますが、中でも、今回のヒメキンカライソギンチャクを含むキンカライソギンチャク属(Stylobates属)は本物の巻貝と見まがう程の殻を作ることが知られています。

過去にはこの仲間のイソギンチャクが作った構造物が巻貝の1種だと間違われていた事があるほどです(Stylobates属は今回のヒメキンカライソギンチャクを含めて5種が知られています)。

ヒメキンカライソギンチャクが作った“偽の貝殻”。白く見えている部分がもとの貝殻で、それを覆う黒っぽい部分が新たに作られたもの(鳥羽水族館公式サイトより)
ヒメキンカライソギンチャクが作った“偽の貝殻”。白く見えている部分がもとの貝殻で、それを覆う黒っぽい部分が新たに作られたもの(鳥羽水族館公式サイトより)

ヤドカリは引っ越しの頻度が少なくなる

――ジンゴロウヤドカリとの共生は、双方にどんなメリットがあるの?

イソギンチャクにとっては貝殻にくっつくことで行動範囲が広がったり、ヤドカリの食べ残しにありつくことができるようになります。一方、ヤドカリはすみかを増築、補強してもらうことで、引っ越しの頻度が少なくなると思われます(深海は“宿”として使える貝殻が少ないため)。


――ヒメキンカライソギンチャクが新種と認められた根拠はどんなもの?

本研究を中心になって進めたのは、吉川晟弘(研究当時:東京大学 大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センター 特任研究員)と、泉貴人(研究当時:琉球大学 理学部海洋自然科学科生物系 日本学術振興会特別研究員PD)の両名なので、私から新種と判断した詳細を説明するのは難しいのですが、外部・内部形態、および分子系統解析(遺伝子解析)を既知種と比較して新種であると判断したそうです。

ヤドカリの脚の付け根に近いところ、茶色がかった部分の殻が「擬貝」
ヤドカリの脚の付け根に近いところ、茶色がかった部分の殻が「擬貝」

――今後、ヒメキンカライソギンチャクについてどんな調査が行われる予定?

水族館としては特に予定はありません。


――「へんな生きもの研究所」で常設展示されているヒメキンカライソギンチャク。どんなところに注目して観察すると面白い?

イソギンチャク自体、動きが少ない生きものなので、展示のイソギンチャクをさっと見ただけで一般のお客様がその面白さに気付くのは少々難しいかもしれません。これからも飼育を通じて気付いた興味深い生態などは、水族館HPのブログや公式ツイッターで積極的に投稿していく予定ですので、それらを見ながら、イソギンチャクとヤドカリの共生関係に思いを馳せてみると良いのではないでしょうか。

ヤドカリに置いて行かれると「ペラペラの姿」になる!?

ヤドカリとWin-Winの関係になっているヒメキンカライソギンチャクだが、同館が公式サイトで発信している「飼育日記」の中では、さらに不思議でちょっと“シュール”な特徴にも触れられている。

ヤドカリと離れたせいで「ぺっちゃんこ」になってしまったヒメキンカライソギンチャク
ヤドカリと離れたせいで「ぺっちゃんこ」になってしまったヒメキンカライソギンチャク

それは、宿主であるヤドカリが貝を離れると、ヒメキンカライソギンチャクも自ら貝殻を離れて、ペラペラの平べったい形になってしまうということ。これは「へんな生きもの研究所」で観察されたもので、体が平べったくなってしまう理由や、自然界でも同じことが起きるかどうかは不明だそう。

基本は“パートナー”となるジンゴロウヤドカリが貝を取り換えても、一緒に連れて行ってもらえるというヒメキンカライソギンチャクだが、置いて行かれて落ち込んでいるようにも見えてしまう、気になる生態だ。

鳥羽水族館では今後もヒメキンカライソギンチャクをはじめ様々な生き物たちの興味深い生態を発信していくとのことなので、今後どんなことが新たに判明していくのか、楽しみに待ちたい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。