ヤクルトスワローズの背番号18、奥川恭伸投手。石川県かほく市出身で、星稜高校時代には3年夏の甲子園で準優勝に輝いた右の本格派だ。エースとして活躍を期待された2022年のシーズンはわずか1試合の登板で終わった。ケガからの復活を目指す奥川投手を取材した。

ケガからの復活めざす背番号18「奥川恭伸投手」

キャンプで投げ込む奥川恭伸投手
キャンプで投げ込む奥川恭伸投手
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奥川恭伸投手:
ここまで順調に来ています。状態もよく、ブルペンに入ることができて肩ひじ含めて順調です。

宮崎県西都市の2軍キャンプ地で3年ぶりに再会した彼は驚くほど冷静だった。記者は彼が高校1年生の時から取材をしている。星稜高校のグラウンドで会うたびに、毎回はにかみながら会釈をてくれた姿は今でも忘れられない。

高校時代の彼はインタビューとは裏腹に、試合中は感情を表に出すタイプの投手だった。味方のナイスプレーが出ると笑顔をのぞかせ、三振を奪うとガッツポーズを見せる。その一方で、3年生の夏の石川大会決勝を制して甲子園出場を決めると、人目を気にせずに大号泣。しかし、一夜明けの取材で顔を合わせるとまた笑顔で微笑んでくれる。記者もまた、人間味あふれる奥川恭伸に魅了された一人なのだ。

ここ数年は新型コロナの影響で、プロ野球の各球団が感染対策としてキャンプ地での取材を制限する動きがあったが2023年は幾分それが緩和された。石川テレビも3年ぶりに地元選手の取材のため体制を組み、宮崎県に向かった。

3年ぶりに可能となった地方局のキャンプ取材

ヤクルトの二軍キャンプ
ヤクルトの二軍キャンプ

小松空港から羽田空港、宮崎空港へと乗り継ぎ、そこからさらにレンタカーで1時間。初日は下見がてらの現地入りだったはずが、トレーニングウェア姿の奥川投手と遭遇した。見慣れた坊主頭や短髪ではなく、やや長めの髪をヘアバンドでまとめ、毛髪にはところどころメッシュが入っている。3年ぶりの再会が突然訪れ若干戸惑ったものの、向こうは当時より「ほんの少し」ふっくらしたこちらの姿に気づく。

奥川投手:
あ、お疲れ様です。そしてお久しぶりです(笑)

どうやらこちらのことを覚えていてくれたようだ。正式な単独インタビューはこの翌日に申し込んでいたので「あした、よろしくね」と彼に伝える。「はい、聞いています。よろしくお願いします。」相変わらず礼儀正しい男だった。

大都会・東京が本拠地の球団に入り、髪型が変わってもふるさとで関わった記者のことを忘れていなった。だが再会の喜びよりも、彼が元気そうで安心したのが印象的だった。

プロ2年目の2021年に、チームトップタイの9勝をあげ日本一にも貢献。しかし2022年のシーズンは右ひじのケガの影響で1試合だけの登板に終わっていたからだ。
初日は元気な姿を見せてくれたこと、これだけで充分だった。

しかし、対応してくれた球団マネージャーはこちらにこう伝えてくれた。「ちょうどよかったですね。ヤス(奥川投手)、あしたブルペン入りますよ。」

事前情報ではキャンプインからキャッチボールは行っていると聞いていたが、ブルペンでの姿を見られるとは思っていなかった。「これはニュースになる」と確信したのは言うまでもない。

翌日。キャンプ6日目のこの日は宮崎県全域が雲に覆われ、野球をするにはあいにくのコンディション。それでも、午前中に雨は振らずウォーミングアップ、ジョグとメニューをこなす奥川投手は、ときおりチームメイトと会話し、笑顔ものぞく。

白地に赤の縦じまのユニホームの背中には「18」の背番号。これまでの「11」から球界のエースナンバーに変更したのだ。

変わったのは背番号だけではない、胸板や太もも、腕周りはケガをする前よりも張りがある。とはいえ、単に「ゴツイ」体つきではない。キャッチボールをすると、しなやかな体使いで、一球一球丁寧に相手の胸元へ投げる。70メートルほど離れた遠投もこなし、キャッチボールを終えた。

遠投をする奥川投手
遠投をする奥川投手

午前10時45分。背番号18が小走りで向かったのは、フェンスの外側からファンも見学できるブルペン。

ブルペン

マウンド近くの簡易ストーブで手を温める。左手には濃い茶色のグラブ、右手には真っ白なボールを握り、投球動作に入る。

左足を踏み出し、左手を引き込むようにして右手から弾丸のような白球が放たれる。力感のないフォームから一直線に白い糸が伸び、空気を切り裂きながらキャッチャーミットに吸い込まれる。

乾いた音がブルペンに響く。キャッチャーがナイスボールと声をかけ、再び背番号18がボールを握る。だが、今度はすぐに投げない。肘や肩の可動域を確認するように右腕の動きを確かめる。そして再び放たれる。10人ほどのギャラリーに言葉はない。ただ、じっと見つめているのだ。

その視線を気にする様子もなく、背番号18は時折笑顔を見せる。投球と同時に「オラァ」とつぶやく。毎回ではなく、納得がいくフォーム、力感で投げられたときだけなのかもしれない。大活躍だったプロ2年目と比べると、若干フォームが変わったように見えた。まるで大谷翔平投手のようなフォームだ。肘や肩に負担がかからないよう工夫をしたのだろう。投げられる喜びを噛みしめるように、キャッチャーを立たせたまま30球。投げ終わりで見せた表情はこのキャンプが充実していることを示すような爽やかな笑顔だった。

この日の練習メニューが終了し、単独インタビューの時間がやってきた。当初はブルペンで行う予定だったが、午後からの雨の影響で場所は選手のクラブハウス前に変更になった。奥川投手は青とグレーのパーカに身を包み、右手の袖には「18」のワッペン。スワローズの帽子をかぶり、新しい髪型は見えない。もし帽子のロゴが星稜の星マークならば高校時代と変わらない「奥川クン」だ。

記者:
キャンプインから約1週間、ここまでの状態はいかがですか?
奥川投手:
ここまで順調に来ています。状態もよく、ブルペンに入ることができて肩ひじ含めて順調です。記者:
ブルペンで投げているときに笑顔が見え、楽しそうに見えましたが?
奥川投手:
2022年の一年間はあんまり投げられなかったので投げられる喜びがあります。
記者:
やっぱり投げるのが好きだと実感していますか?
奥川投手:
ブルペンにはきょうと前回に入って、そういうのはあります。

プレー中とは違い、冷静に受け答えをする奥川投手。そういえば、高校時代もこんな感じだったなと思いだしながら、インタビューは核心に迫っていく。

記者:
気になるのは開幕なのか連休明けなのか、どの時期を目指すのか?
奥川投手:
まだ明確には決まっていないです。今できることをやるだけなので。
記者:
チームはリーグ連覇中だが、力になりたい気持ちは強いですか?
奥川投手:
チームの三連覇と日本一奪還というのはすごくある。その力になりたいと思っています。
記者:
キャンプ地のファンからは「本来は(一軍キャンプ地の)沖縄にいなきゃいけない選手だ」という声も聞こえました。そこに対する焦りはありませんか?
奥川投手:
西都市であっても浦添市でもやることは変わらないので、焦りはありません。

記者:
年末年始は地元でリラックスできましたか?
奥川投手:
リラックスできましたね。東京いるときは野球のことを考えてしまいますし…地元ではリラックスできました。
記者:
ただ、地元にいると色んな声が聞こえてきてそれがプレッシャーになったりしませんか?
奥川投手:
自分も地元の人と同じ気持ちなので、そういう期待に応えたいと思いますし、早く投げて活躍したいと思っています。

野球だけでなく、地元の話をして、メリハリができたところで、今回の取材で個人的に一番聞きたかったことをぶつけてみた。

記者:
高校時代は日本代表の合宿に選ばれて、私も取材に行かせてもらいました。そのとき一緒に選ばれていたメンバー、ロッテの佐々木朗希投手やオリックスの宮城大弥投手はWBCの日本代表に選ばれました。そのあたりに思うところは?

恐らく答えづらい質問をぶつけたと思う。ただ、彼を見つづけてきた記者として、この質問だけはどうしても聞いておきたかったのだ。

奥川投手:
そこ(同期)とはまた違ったところにいるので、意識しないというか、とにかく自分のことで精一杯なので。まずは自分のことを見つめなおして、自分の目標に近づきたい。

自分の言葉で示した現在地。奥川恭伸はやはり、ここで終わる男ではない。ここで右腕のワッペン「18」が視界に入ったのでそれについても聞いてみた。

記者:
背番号が18に変わって率直な気持ちは?
奥川投手:
(これまでの)11番ももちろんいい番号をいただいたんですが、改めて番号が変わって新しい気持ちで、18番をこれから自分の番号にしてけるようにしたいです。変更してもらった以上は頑張りたいと思っています。

同世代の活躍を尋ねた質問と変わり表情が和らいだ印象を受けたこのとき、こちらが用意した「演出」を披露することにした。

記者:
ある人からメッセージをもらってきたので見てもらっていいですか?

奥川投手に手渡したのはタブレット端末。こちらがムービーの再生ボタンを押すと流れたのは、3年間通った星稜高校の外観が映し出される。そして…

星稜高校野球部前監督 林和成さん:
ヤス、元気ですか?西都市は寒いですかね?

恩師の林前監督
恩師の林前監督

声の主は高校時代の恩師、林和成さんだ。現在は野球部の監督を離れ、社会科教員として星稜高校で教壇に立っている。林さんが画面の向こうから、優しい口調で語りかける姿を奥川投手は視線をそらさず、じっと見つめる。

星稜高校野球部前監督 林和成さん:
開幕あるいはその先に合わせて投げられる体を作って、一軍のマウンドで活躍している姿を今シーズンは期待して待っていたいなと思います。疲れも出る頃だろうと思いますけど、しっかり頑張ってやってください。以上です。

林さんのメッセージが終わった瞬間、奥川投手がこちらを見る。今回の取材中、一番の笑顔で話かけてくれた。

奥川投手:
ありがとうございます。

林さんからは奥川投手とは年末年始に会い、たくさん話したと聞いていた。しかし、こうした形で恩師からのメッセージが届くとは思いもよらなかったのだろう。大きな手で口を多い、噴き出すようなしぐさで、照れたような、緊張したような、そんな顔つきをしていた。

記者:
メッセージ、どうだった?
奥川投手:
びっくりしました。改めて、また頑張ろうという気持ちになりました。

ここでキャンプ取材でお馴染みの、色紙に「今シーズンの意気込み」を記してもらうことにした。その準備の最中も、奥川投手から笑顔が消えない。

記者:
どうしたの?
奥川投手:
いや、本当に先生のメッセージがびっくりして、ありがとうございます。

よく考えたらまだ21歳の若者だ。感情を昂らせることができたならば、記者冥利に尽きると心の中でガッツポーズをしてしまった。そして、色紙にサインペンを走らせた奥川投手が記したのは、「一軍に定着」と「日本一」。サインには「18」も入っている。

奥川投手:
自分が活躍してもチームが勝てなかったら悔しいし、チームが勝っても自分が勝てなかったら悔しいので、その両方を達成したいです。
記者:
石川県のファンも応援していると思いますが?
奥川投手:
まずはケガから復活して、今シーズン最後、もう一度チームの日本一という目標達成、その輪の中に自分が入っていられるような活躍をできるようにしたいです。自分の活躍する姿が石川の皆さんへの恩返しになると思うので、本当に今シーズンは頑張りたいという気持ちが強い。

時に感情をむき出しにして、150キロを投げ込む姿から世代最強投手とも言われた奥川投手。同世代の投手が選ばれたWBC日本代表がキャンプを張るのはヤクルト2軍と同じ宮崎県。同じ土地にいながら、見える景色は異なるものの、奥川投手は復活をかけて汗を流していた。

2日間の取材を終えたとき、西都市の球場にはヤクルトの今シーズンのスローガンが表示されていた、「さぁ行こうか!」

(石川テレビ)

石川テレビ
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