「ビリギャル」の著者で学習塾経営者、吉本興業の社外取締役とマルチな活躍をしている坪田信貴さんが新著「『人に迷惑をかけるな』と言ってはいけない」を出版した。このタイトルに「なぜ?」と思った筆者は、坪田さんにその理由を伺った。

「ビリギャル」の著者でマルチな活躍をしている坪田信貴さん
「ビリギャル」の著者でマルチな活躍をしている坪田信貴さん
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「迷惑をかけるな」と言われ続けた子どもは‥

――このタイトルを見て思わず本を手に取りました。子育ての中で特に子どもが小さいときは電車の中で走り回ったりすると「人に迷惑をかけるからやめなさい」と言いますよね。しかしこの本ではそう言ってはいけないと。

坪田さん:
まず最も重要なのは「人に迷惑をかけるな」と言われ続けると子どもはだんだんチャレンジをしなくなるんですよね。例えば私が本を出版して成果が出なかったら、出版社の人にも迷惑をかけるので申し訳ないと思う。迷惑をかけないためなら何もやらないのが正解になります。実は「人に迷惑をかけるな」という言葉は、「失敗するな」と言っているのに等しいわけです。「もっといろんなことにチャレンジしてほしいけど、人に迷惑をかけちゃダメ」とうメッセージは明らかに矛盾しています。

――本の中では「迷惑をかけるな」の言い換え例として「迷惑はお互いさま」を挙げていますね。しかし「人に迷惑をかけられない」という思いから、貧困家庭が生活保護を拒絶するケースも多いと聞きますね。

坪田さん:
これから社会が少子高齢化する中で、経済的に豊かになることはほぼ無いわけです。だから迷惑をかけるのはむしろ当たり前で、早めに頼れる人に頼ることのほうがむしろ重要ですね。海外だとベビーカーを押しているお母さんがいたら周りの人が手助けしますよね。あれ、すごく素敵だなぁと思うんですが、日本だとそういう光景はまずなくて「なんで電車にベビーカーで乗り込むんだ。迷惑かけないようにしてなよ」と。日本は子育てしづらいですよね。

「みんなやっているよ」は自分で考えない子にする

――次は「みんなやっているよ」という親だけでなく学校でも教師がいいがちな言葉。これも言い換えるべきだと。ここで紹介されているエピソードで、ニューヨークに住んでいる家族が夏休みに一時帰国して、子どもが公立学校に体験入学したら1日で嫌になって、その理由が「みんなやっているよ」という言葉だったと。これすごくわかります。

坪田さん:
同調圧力って言葉がありますけど、特に学校では便利に使われていますね。カリキュラムが決まっていて皆で同じペースで積み上げていくのは確かに効率的かもしれません。ですが社会に出たら今度は「自分で考えろ」と言われるようになります。でもそれまでそんな教育を受けてないので、自分で考えるなんて無理でしょう。子どもには「今はこれをやる時間だよ」とシンプルに伝えるのがいいでしょうね。

――「今日は学校どうだった?」という言葉もよく親が使いますが、坪田さんはこの言葉も言い換えが必要だと。

坪田さん:
日本は同質社会であるがゆえに、親と子ども、友達同士でもそんなに言葉が要らないんですね。この言葉のように具体的な質問でなくても答えられる子ども達って、逆に言うと凄いのかなと思います。以心伝心という言葉がありますが、英語で調べたらテレパシーって書いてあります(笑)。日本語と英語の違いって主語や目的語がなくても通じるんですよね。親は子どもに対して「勉強しなさい」と言いますが、具体的に何の勉強をどうするかという指示は一切しませんね。

「勉強しなさい」は親から子どもへの丸投げ

――確かに親は何を勉強しているか分からずに「勉強しなさい」と言います。しかし具体的にと言われてもどうしたらいいのか悩みますね。

坪田さん:
「勉強しなさい」はほぼ丸投げですね。例えば子どもに志望校があれば、必ず試験の傾向があります。それを分かっていない子どもは多いので、親が傾向を勉強して「この分野を勉強してみたら」と言うのはありですね。「頑張れ」とか「とにかく点数を上げろ」とか、方法論も示さず何が重要なのかも分からないで言ってもダメですよね。

――「水たまりがあるからよけなさい」も言い換えましょうと。これもまた親はよく言いますよね。子どもが濡れないようにという親心かと思うんですが。

坪田さん:
すごくシンプルに言うと、子どもに失敗して欲しくないという親の気持ちですね。

私の塾に親が「子どもが万引きで捕まった」と相談に来ることもありますが、この世の終わりのようにおっしゃるんです。そこで僕が「いま怒り、悲しみ、いろんな感情があると思いますが、0から10のうちどれくらいですか」と聞きます。「10です」と答えたら、「なるほど。ではもしお子さんが成長してテロリストになって1万人を殺害したとします。そうしたら0から10のどのくらいですか」と。そこでまた親が「10です」と答えたら「万引きと1万人殺害が同じなんですか」と。

親が子どものことで悲しんだり怒っているときはいつでも10になってしまいます。しかし子育ての中で自分が「これだけは絶対やって欲しくない」という状態を10として、「じゃあこれはいくつかな?」と考えれば、たぶん日々の怒りは0.01みたいなものがほとんどです。だから水たまりに入ったからといっても許容範囲の失敗だと考えて、そうなった時にちょっとサポートしてあげて次からはもうやらないというだけの話だと思いますね。

――こうやって聞いていると、言い換えなければいけない言葉は普段から言っていることばかりで、なかなか「今日からやめよう、変えよう」とは出来ないかなあ・・

坪田さん:
そうですよね(笑)。「人に迷惑をかけるなと言わないほうがいい」と聞いて「なるほど」と思っても、やっぱり言っちゃいますよね。そうすると「ああ・・またやってしまった。私はダメな親なんだ」となりますけど、考えてみれば水泳を覚えるときに本を読んだからといってすぐに泳げるようには絶対なりません。何度も何度も理解してそのつもりになって、それを試してみて失敗してというのを繰り返すことが重要ですよね。

だから一喜一憂せず1日に1個「今日はこれを意識してみよう」と決めて、出来ているかどうかチェックする。こうやって毎日積み重ねて何年もかけてやっていくものだろうと思いますね。

――ありがとうございました。もう少し早く聞きたかったなあ(笑)

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。