この秋、物価の上昇が止まらない。
そんな中、「ミールキット」が注目を集めている。ミールキットとは、料理のメニューに必要な食材とレシピがセットになった商品のこと。宅配サービスが中心だが、最近では実店舗にも広がりつつある。
決して新しい商品ではないミールキットが、なぜ今、選ばれているのか?業界で50年近くの歴史を持つヨシケイに話を聞いた。
価格改定も最低限に
ヨシケイのミールキットは、同社の栄養士が考案したレシピが日替わりで並ぶ。焼き魚やハンバーグなどの定番おかずから、カレー鍋など一風変わったアレンジレシピまで、その数は年間で3,300メニューになるという。
世の中のあらゆる商品が値上がりする中で、やはりヨシケイでも価格改定を行わざるをえなかった。
しかし、ヨシケイグループの本部、ヨシケイ開発・広報プロモーション部課長の杉山智史さんは「市場の値上がり率に比べると、価格の上昇をかなりおさえるよう努力しました。ですから、スーパーでのお買い物に比べてメリットは大きいのではと思います」と、強調する。
その割安感が伝わってか、ミールキットはさらに注目を集めた。
価格の上昇を最低限にできた、その前提には全国約50万世帯が加入しているという、スケールの大きさがある。しかし、それだけではない。
「そもそも弊社のミールキットのサービスは受注生産をおこなっているので、食材のロスを減らすことができます。また、週5〜6日フルで注文かつ長く継続してくださる『ロイヤルカスタマー』が多いので、ある程度、事前に注文の量を予測しやすい。それもロスの削減につながり、結果的に価格を抑えることができます」
「ニッチな魚」に着目してレシピ化
値上げを最低限にできた理由はほかにもある。
まず、野菜などの生鮮食品については全国各地に広がるフランチャイズ企業がそれぞれ地場の青果市場から仕入れて運営するため、配送コストも低くできたという。
魚についても独自の工夫をおこなっている。
もともと魚の中で人気の高い代表格として「サケ」が挙げられるが、サケも最近は円安の影響で値段が上がっており使いづらいという。
そこで、満足度を下げずに価格を抑えようと取り入れたのが「バサ」や「マトウダイ」などのニッチな魚だ。
これらの耳慣れない魚は、加工が面倒などの理由であまり一般的ではなく、スーパーにも並びにくい。しかし、味は美味しく価格もリーズナブルだという。
「弊社ではそういった『ニッチな魚』をレシピに採用しています」と杉山さん。利用者が過去に扱ったことのない魚であっても、ミールキットならばレシピがついているので手順通り調理すれば誰でも料理を完成させられる。
「価格をほぼ維持させ、味がよいので満足度も下がらない。レシピと食材をセットでお届けする弊社ならではの強みです」
肉はなかなか困難のようだが、前述のような工夫の積み重ねによって支出を抑えて肉の価格の上昇分を捻出しているそうだ。それでも、大半がロイヤルカスタマーという強みを生かして年間の仕入れ量を予測し、一括で大量に買い付けるといった工夫をとっているという。
とはいえ、「市場より低く抑えたといっても、値上がりであることに変わりありません」と杉山さん。そのため、価格改定にあわせて満足度を下げないための施策も忘れなかった。
「今年6月のメニューブック(レシピが載る無料のカタログ)のリニューアルにあわせて、肉がメインとなる主菜を中心に肉を最大約30%増量したり、カット食材に用いる野菜の種類を増やしたり、調理の手間と無駄を省ける『CutMeal(カットミール)』以外のコースもレシピの内容を充実させるなど物価高のなかでもお客様の満足度を上げるよう工夫しました」
CutMeal(カットミール)は、カット食材を毎日お届けする、調理の手間を大きく省いたコース。調味料も小袋で添えられ、料理を作る上でのハードルがかなり低いことも特徴だ。
食品ロスを減らすことで食費が抑えられる
ミールキットの価格はメニューによるが、CutMeal(カットミール)の場合は1食あたり600〜700円ほど。
調理や買い出しの工夫次第ではスーパーで買い物をして料理するほうが支出を増やさない場合もあるだろう。しかし、ミールキットは食品ロスを減らしやすいというメリットが大きい。
「ミールキットでは必要な食材を無駄なくお届けするのでロスになりません。トータルでみると食費を増やさないという点にも魅力を感じていただいているのかなと思います」
また、買い物に出向くとつい新商品など目的以外の商品に目が向いて、無駄な買い物をしがちなこともある。
ミールキットを活用することで買い物自体の頻度が大きく減れば、結果的に食費の節約につながるだろう。事実、ヨシケイの顧客からも、同様の声が届いているという。
人気の発端はコロナ禍の外出自粛
ミールキットは一部の共働き家庭を中心に長らく人気を集めていたが、ヨシケイでもコロナ禍を機に注目が高まった。
杉山さんも「2020年の4月あたりから新規のお客様が急激に増えました。その後の継続率も高いまま推移しました」と振り返る。
需要が高まった理由には、感染対策のため呼びかけられた「外出自粛」が大きかった。夕食に必要な材料をすべて揃えて配達してくれるミールキットならば、買い物のためにスーパーへ出向かなくても済む。
ステイホームにより「おうち時間」を楽しもうと考える人が現れたことで、料理熱が上昇したこともミールキットの需要を後押ししたという。
実際に、「ステイホームが広まった当初は、手作りする工程の多いメニューの需要が伸びていました」と杉山さん。しかし時間が経つと、申し込み状況に変化が起こり、「手軽さを売りとするメニューが伸びてきた」という。
それが今も人気の高い「CutMeal(カットミール)」であり、その手軽さがステイホームの長期化により料理疲れが始まっていた人々の心に刺さった。
料理が苦手な人でも作れるメニューを開発
1975年に始まったヨシケイのミールキットは、女性の社会進出が高まるにつれて顧客を増やし、2000年代に一気に需要が高まった。
コロナ禍以前は顧客と配達スタッフとの対面でのコミュニケーションをメインとしてきたが、2020年以降は感染予防の観点から、顧客と配達スタッフの1to1の接客姿勢を維持しつつ、LINE等を用いたデジタルコミュニケーション中心へと転向している。また、ウェブサイトやSNSにも力を入れている。
現在の顧客は30代後半〜40代が大半だが、今後は若年層も取り込みたいという。
ミールキットは料理が苦手な人であってもレシピを見れば作ることができる、という点が強みだ。
「実際にレシピ開発をする際には、料理が苦手な社員が作ってみて、レシピを見ながら本当に記載の時間通りに作れるかをすべてテストしています。それにより、調理の工程やレシピの表現も調整することもあります。誰が作っても時間通り美味しく作れるということを実証してから商品化しています」
家事分担が進む昨今、料理が苦手な男性であっても、下ごしらえの済んだミールキットから入門すれば取り組みやすいだろう。
杉山さんは「ミールキットの魅力は、料理だけでなくプラスアルファで生活を支える点にあると思います」と語る。
料理の時間が短くなることで家族との時間が増えたり、献立に悩むストレスが減ったり、夫婦どちらも料理の家事を難なく担当できるようになったり。この物価高にあってもミールキットの人気が衰えない理由はここにもありそうだ。
取材・文=高木さおり(sand)