国際リニアコライダー国内誘致に学術会議が慎重論 

全長20km以上もある直線型加速器を作り、電子と陽電子を光速近くまで加速して、衝突実験を行う。その結果“宇宙を創り”その謎を解く、ILC(International Linear Collider)=国際リニアコライダー計画
(「国際リニアコライダー」についての解説はこちらの記事参照

世界中の科学者が注目するこの計画の日本誘致に関して2つの大きな動きがあった。

1つ目は、文部科学省が国際リニアコライダーの国内誘致について見解を求めていた日本学術会議が、12月19日に回答書を提出したことだ。

日本学術会議が文科省に回答書を提出(12月19日)
日本学術会議が文科省に回答書を提出(12月19日)
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回答書では、「ILC計画は世界のトップクラスの科学者と切磋琢磨する環境において高度の研究人材が育成され、世界に輩出されていく拠点として発展するならば、その意義は大きい。基礎科学分野の国際共同研究に日本が貢献する必要性は高い」とリニアコライダー国内誘致の、学術的意義や国際的重要性に言及した。

しかし一方で、「技術的・経済的波及効果については現状では不透明な部分があり限定的」と指摘。
さらに、約7000億円の実験装置の建設費の半分を誘致国が負担することについて「巨額の経費の主要部分を日本が負担することに十分に見合うものである、との認識には達しなかった」として「現状で提示されている計画内容や準備状況から判断し、日本に誘致することを日本学術会議として支持するには至らない」と否定的な見解を打ち出した。

誘致については、最終的には政府が是非を判断することになるが、学術会議の「政府における、ILCの日本誘致の意思表明に関する判断は慎重になされるべき」との見解は、今後の議論に影響を与えるだけに、誘致計画は厳しくなったとの見方が広がった。

(c)Rey.Hori
(c)Rey.Hori

悲観的かと思いきや、誘致側は「学術会議は想定内」の声

しかし、誘致推進派を取材すると、思いのほか強気な意見も聞こえてきた。

まずリニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟は、学術会議の回答を受けて、河村建夫会長(元官房長官)名で「ILC計画の学術的意義と国際共同研究として日本が貢献する意義が認められたことは極めて重要である。『国家プロジェクト』としての日本への誘致実現は“政治の使命”として進めていくべき課題と捉えている」と前向きに捉えるコメントを発表し、引き続きILCの国内誘致を目指す強い決意が示された。

リニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟・河村建夫会長
リニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟・河村建夫会長

また、誘致に熱心な与党関係者からも「学術的な意義は認められたわけだし、否定的に言われている予算の話や国際交渉についてはこれからの問題だ。そこを1つ1つクリアしていけばいい。回答は想定内でよかった」と強気な声も挙がった。

学術会議の内部の妬みも背景に?

一方で、ある関係者は学術会議の回答を見て「リニアコライダーに使われる予算は膨大でしょ?今回の学術会議が設置した検討委員会のメンバーの大多数は、(リニアコライダーを扱う)素粒子物理学とは別の分野の研究者達なんだよ。リニアコライダーを導入したら、自分たちの研究費が削られると思っている面もあると思うよ」と不満も漏らしていた。

実際、日本学術会議は科学に関する機関なのだが、所属する学者の専門分野は医学、工学、理学、人文など幅広く、素粒子物理学はその中の1つにすぎない。
そして科学者たちにとっては、現在は国の科学技術予算が潤沢でなく、様々なプロジェクトに十分な予算がつかないにも関わらず、リニアコライダーだけに巨額の予算をつぎ込むことへの不満、あるいは妬みがあるのだという。そうした背景もあるだけに、学術会議の回答をどう捉えるかは、政府次第だといえる。

(c)Rey.Hori
(c)Rey.Hori

リニアコライダー誘致の最終期限は来年の“3月7日”

2つ目の大きな動きは、日本に強くリニアコライダーの誘致を期待しているヨーロッパが、日本政府の誘致に関する意思表明を待つ期限を、2018年中から2019年の3月7日へと延長したことだ。

12月7日、国会内では「リニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟」と「ILC誘致実現連絡協議会」の合同総会が開催されていた。会場には国会議員ら関係者の他、漫画「島耕作」シリーズの作者である弘兼憲史氏も駆けつけていた。

リニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟などの会合(12月7日)
リニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟などの会合(12月7日)
漫画家・弘兼憲史氏
漫画家・弘兼憲史氏

そして、リニアコライダーの国際共同研究を推進するための組織「リニアコライダー・コラボレーション」のディレクターである、インペリアル・カレッジ・ロンドンのリン・エバンス教授、カリフォルニア大学バークレー校で素粒子理論などを研究する村山斉教授の姿もあった。

エバンス教授は「ヨーロッパは日本からの提案を待ち望んでいると表明しています。ヨーロッパとしては3月7日に東京で開催されるリニアコライダー国際推進委員会の重要な会議の日までに、日本の声明が出されることを切望している。ぜひ日本政府の前向きな意向を、時機を逸せずに示して頂きたい。世界の研究者の強い願いをお伝えしたい」と、期限を延長してまで、日本のリニアコライダー誘致を強く希望した。 

リン・エバンス教授
リン・エバンス教授

日本が断念すれば、中国が覇権を握る可能性も 

また、村山教授は「我々はなんで存在するのか。本当に人類始まって以来の深い疑問に迫る、そういう実験で、ILCは世界中が欲しいマシーンです」と強調した上で、欧米諸国が日本の誘致表明に期待しているとして、日本政府の決断を強く促した。

一方で村山氏は、「日本でILCが上手くいかないという雰囲気が出てくると、中国で一緒にやろうという欧米の研究者も沢山増えてくると思う」として、中国が既に独自の次世代加速器の建設計画を進めており、日本が名乗りを上げなければ、素粒子物理学の中心が中国に奪われる可能性も指摘した。

村山斉教授
村山斉教授

村山氏「国家100年の計を練らないといけない時期

文系である筆者は決してこの分野に詳しいわけではないのだが、この会合で、出席した国会議員からの「日本に来て何の意味があるのか?国民にどう説明したらよいのか教えてほしい」という趣旨の質問に、村山氏が回答した内容は唸らされるものだった。やや長めだが以下に紹介したい。

「私の個人的な気持ちとしては、日本の将来への大事な投資になると思っています。日本という国は150年前までは、ちょんまげを結って、その後ものすごい勢いで近代化に成功し、現在の繁栄がある。アメリカから見ていると、日本って凄い国だなと見えます。特に日本は実は全然天然資源がないんだと言うと、アメリカ人は本当にびっくりして、『なんでそんな資源がない国がこんな成熟をしているんだ』と。アメリカは、最近はシェールガス革命のおかげで、世界第一の産油国になりましたし、土地はいくらでもありますので、ものを壊さなくても新しいことができる。人もドンドン移民が入ってきて、人的資源もドンドン増え、本当に活気があります。日本は資源もないし、土地も限られていて、これから人口も減っていく状況を考えると、今の日本は素晴らしいけど、これからどうなるのかなと心配して見ていました。その中で、日本がそもそも、なぜ成功したかと考えてみると、実は数学レベルが非常に高く、一般の国民が数学の定理を証明して、神社に奉納するという文化もあった。そういう非常に高い基礎学問の文化の力があったから、ここまで繁栄したんだろうと勝手に思っております。歴史は専門ではないんですが。ですから、今後の日本もそういう力がないと成功しないんじゃないか。基礎学問と文化を育てるのは日本にとってすごく大事なことで、そこに投資をすることが、将来の日本の豊かさを保証していくんじゃないかと、勝手に思っています。せっかく日本はここが強いんだということを、上手く育てて将来につなげていくという国家100年の計を練らなければいけない時期かなと」

(c)Rey.Hori
(c)Rey.Hori

日本政府は後悔のない決断を

ヨーロッパが来年に素粒子研究計画の5年ごとの見直しを行う中で、日本が名乗りを上げる最終期限は3月7日となった。

会合に出席した自民党の細田元幹事長は、近年の日本人のノーベル賞での実績を挙げ、「最近の物理学賞だけでも5人受賞している。世界第一級の研究陣を日本が持っていることは、議論の余地もないくらいだ。ただ、躊躇をするのはお金の問題。やや貧乏になった日本政府がお金を出して、どういう風に国際貢献をして、一部は償還する、しかし一部は人類の発展のために使われるかということが、今焦点になっている」と指摘し、国や民間企業、関係団体などが資金をどう工面し償還していくかの、具体的かつ実現可能な計画を早急に立てる必要性を訴えた。

自民党・細田元幹事長
自民党・細田元幹事長

日本政府にとって、社会保障費が今後も増大していく中で、予算という高い壁が立ちはだかってがあるのは確かだ。リニアコライダーにかける予算は無駄にならないのか、もっと他にこんな政策ができるのでは、という議論もあるだろう。一方で、日本の将来に投資するこの計画が、予算面が制約となって断念に追い込まれるとしたら、正直、残念なことである。

日本政府の決断は如何に?いずれの結果にせよ、関係者たちに課せられた使命と責任は大きく、未来に向けた後悔のない決断が迫られる。

(フジテレビ政治部 自民党担当キャップ 中西孝介)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。