国の特別天然記念物、トキ。その学名は「ニッポニア・ニッポン」で、まさに日本を象徴する鳥といえるが、乱獲や自然環境の悪化で、日本では絶滅した。中国から譲り受けたトキを繁殖させ、今は、新潟県の佐渡島だけでトキを自然界に放鳥している。
こうした中、国は2022年5月、本州でトキを自然界に放つ候補地の募集を開始した。そこに一番に名乗りを挙げたのが石川県だ。果たして、石川の空にトキが舞う日は来るだのろうか。
県が名乗りを挙げるも…保護活動の第一人者は複雑な表情
石川の空に、再び、トキが羽ばたく日を最も望んでいる人がいる。

羽咋市の村本義雄(むらもと・よしお)さん(97)だ。野生のトキが唯一生息する中国に何度も訪れ、70年にわたりトキの保護活動を進めてきた第一人者だ。

村本さん:
世界共通の名前がニッポニア・ニッポン。一つの国の名前を持った鳥は、トキだけ。我が国の国名を付けたその鳥を、日本が絶滅させたのが、恥ずかしい

江戸時代、トキは全国各地で見られた鳥だった。しかし1950年代、乱獲や農薬によってエサとなるドジョウなどの生き物が消え、2003年、日本のトキは絶滅した。

中国からつがいを譲り受け、繁殖に成功。2008年に佐渡島で放鳥を始め、日本はトキの野生復帰へ第一歩を踏み出した。

その場に立ち会った村本さんは…
村本さん:
佐渡で上空にトキが舞ったとき、「能登にもこんな日を」とトキの姿が消えるまで、ずっと眺めていました
放鳥へ名乗り…馳知事が環境省へ

馳知事:
ご無沙汰してます。きょうは、みんなで来ました

2022年5月、石川県は全国で最も早くトキ放鳥の候補地に名乗りを上げ、16日、馳浩 石川県知事が環境省を訪れた。

馳知事:
新たな付加価値をつけていきたい。農業団体みんなが「協力したい」と。改めて大臣にはご理解の上、認定をお願いしたい。
山口環境相:
石川県は有力な候補地の一つ。その熱い気持ちを受け止めさせていただきました
さぞかし村本さんも喜んでいるだろうと思い訪ねると…

村本さんに笑顔はなかった。
村本さん:
(トキを野に)放したいのは、やまやまだが、放しても、今のままでは死んでしまう。元も子もない。それははっきり分かっている
村本さん懸念の理由は?「放鳥しても…」

村本さんが笑顔になれない理由は、トキが自由に空を羽ばたいている新潟県佐渡にあった。佐渡でも、決して簡単にトキが野生復帰を果たしたわけではないからだ。
佐渡の農家:
今までずっと化学肥料できたから、収穫は減ってしまった。田んぼも育ててあげないと…

トキが生きるためには、十分な餌が必要だ。佐渡では、餌場となるビオトープを整備し、地域を挙げて農薬を減らしたり、除草剤の使用をやめたりといった取り組みを進めてきた。
佐渡自然保護官事務所の澤栗浩明さんも、「最初から、皆さんが両手を上げて歓迎した状況では無かったと聞いている」と当初の状況を話す。佐渡でトキの飼育や放鳥などを手がける澤栗さんは、放鳥の実現には、住民の意識改革が必要だと訴える。

佐渡自然保護官事務所の澤栗さん:
地域として、トキと共に暮らしたいという気持ちと方向性が大事

一方、トキの分散飼育を行っているいしかわ動物園。ここでは採餌場にドジョウを放していて、トキが食べに来るという。

トキが生きていくためには、水田に、餌となるドジョウや昆虫が多く生きられるようにしなければならない。これまで通りの農薬や除草剤を使っていては、トキは生きていけないのだ。
いしかわ動物園のスタッフ:
減農薬などは佐渡を見習って参考にしていかなくては。私たちは13年(トキを)飼育してきているので、夢が現実になってくれればさらに嬉しい。
果たして能登でトキが生きられる環境を実現できるのだろうか?
七尾市中島町の農家、坪野侃(つぼの・つよし)さんに話を聞いた。自身の田んぼで使う肥料や除草剤を少なめにし、農薬を通常の半分に。できるだけ手作業で雑草も刈っているが、これ以上、農薬を減らすには限界があるという。

坪野さん:
草刈りだけでも、田んぼ1枚で1日はかかる。何町歩と作っている人は、そういうような真似は絶対できない。年齢的にも化学肥料を使ったりしないことには…
坪野さんの集落には、多い時で40軒の農家があった。しかし、今では5軒だけ。耕作放棄地も目立つようになった。

坪野さん:
あっちは耕作放棄地、この棚田もそう。少しでも補助があれば、草刈りくらいはできるかもしれないが…
決定すれば放鳥までわずか4年 県の態勢は?
耕作放棄地でトキは暮らせない。過疎と高齢化が進む能登で、どうやってトキと共存する環境を作っていくのか、課題は山積している。
県に、トキの保護活動第一人者の村本さんが、本当に放鳥が成功するのか心配していたことを伝えると…

県の担当者:
どんな手が必要になるのか調べた上で、取り組んでいく必要があると思っている
こうした中で、2022年6月23日、放鳥実現に向けて馳知事が村本さんのもとを訪ねた。

村本さん:
能登のトキも、能登の自然も、田んぼの中にカエルもいなくなり、ドジョウもいなくなり、あらゆる昆虫が、もう、除草剤で消えてしまった…。なかなか、今の状態で、トキを放鳥して果たして成功するかどうか…
村本さんは知事に対し、トキの野生復帰には餌場の確保や住民の理解が必要と説明。
村本さん:県の方で餌場作りをやってもらいたい。そうしないと放しても死んでしまう。そこは十分考えてもらいたい
馳知事:
自然環境を守っていく。それが世界農業遺産の能登に、付加価値を与えることにつながる。みんなで前向きに考えていくべき

国は2022年8月にも、放鳥の候補地を決定する方針だ。候補地になれば、トキが放たれるまで4年しかない。馳知事は5月に環境省を訪れた際、「農林水産業の団体をあげて受け入れようという姿勢が整っている。そういった中で、満を持しての(放鳥候補地の)申請」と説明していたが、村本さんの不安は尽きない。
村本さん:
トキも、そして、餌であるドジョウも昆虫も除草剤で消えてしまった。今の状態で能登で放鳥したとして、果たして成功するかどうか…
そう繰り返す村本さん。

トキが暮らせる環境を作るには、課題が多い。日本の名を学名に持つトキが飛ぶ能登へ…。再び、その命をつなぐために、具体的な道筋を示すことも必要なようだ。
(石川テレビ)