コンサートホールの館内に響く、ピアノの旋律。
指先に感情を込め、喜怒哀楽を表情に出し、鍵盤を打ち鳴らす男性。
日本を代表するジャズピアニスト、海野雅威さん(41)。

海野雅威さん:
いろんな人の支えのなかで、僕はここに帰って来られたんですけど。自分の力を越えた奇跡的なことの連続だと思います

海野さんを襲った悲劇から1年と8カ月。再び福岡のステージへと戻ってきた。
彼が語る「音楽の力」とは?
右肩を複雑骨折 ピアニストの「致命傷」に
福岡公演の前日、博多駅に姿を見せた海野さん。
(Q.きょうはどちらから?)
海野雅威さん:
静岡から来ました。ツアー終盤なんで、ちょっと疲れは出ていますね

いまは、まさに全国ツアーの真っ最中。
海野雅威さん:
(福岡には)馴染みの店が結構あって、渡米する2008年より前は、結構来てましたよね
海野さんが、米・ニューヨークに渡ったのは2008年。

9歳からジャズに打ち込んできたその演奏は、無名でありながらも次第に認められ、数多くのジャズのレジェンドたちと共演するまでに至った。

しかし、2020年9月に事件は起きた。
コロナがまん延するニューヨークで、アジア人をターゲットにしたヘイトクライムの犠牲になってしまったのだ。

見ず知らずの8人から集団暴行を受け、右肩を複雑骨折。
ピアニストにとって「致命傷」ともいえる大けがをしてしまった。

海野雅威さん:
パニックというか、必死で逃げても逃げても襲ってくるという。ピアノを弾けなくなる可能性があるほどの重傷と言われても、受け入れられなかったですね。正直に言うと…
ステージ復帰願い…世界中から集まった支援金
突如、見舞われた悲劇。
しかし、その直後、予想もしていなかった出来事が起こる。
海野雅威さん:
僕の親友のドラマーが、クラウドファンディングを立ち上げてくれたんですけど、「愛しています」という声を、非常に強くメッセージを感じていたので、前向きな気持ちでいることができたと思います

ステージ復帰を願う世界中の人たちから集まった支援金は、実に31万ドル(約3,900万円)。

これまで音楽を届けてきた時間が無駄ではなかった。そう感じた瞬間だった。
海野雅威さん:
何とか復帰して、早く復帰して演奏して、自分の音楽を再開することが、心配していただいた方への最大のご報告になるので
壮絶なリハビリを続ける中で、海野さんは新たなアルバムの制作を決意。
アルバムのタイトルは、「Get My Mojo Back~ゲット・マイ・モジョ・バック~」。そのタイトルに込めた思いは…

海野雅威さん:
(Mojoは)生きる力とか生きる源とか、そういう意味合いで、それを取り戻したいということで。頭の中と心の中で鳴り響く音をレコーダーに吹き込んだりして。逆に言うと、ハンディがあったおかげで、ストレートに自分のインスピレーションを素直に耳を傾けることができたかなと思っています

そして、福岡のコンサート当日。
会場入りするとすぐ、ピアノの音色を確認する海野さん。ここから約2時間、弾き続けた。
海野雅威さん:
本番で初めて触ると、ピアノが最初、寝ている感じです。起こしてる(笑)

そしてリハーサル。感情の赴くままに。
コンサートでは、一度たりとも同じ演奏はしない。

ドラム・海野俊輔さん:
きのうと違うことが始まったりするので、すごくスリリングなライブが続きますね

ベース・吉田豊さん:
リハーサルでやったことを本番でやるかって言ったら、多分、ほとんど本番でやらないと思います(笑)。刺激しかないですね

人種も国境も性別も超えて…音楽のチカラ信じる
今でもリハビリを続ける右腕。それを感じさせない軽快な演奏。300人の会場は満席だった。

海野雅威さん:
けがする前は、こんだけ弾けてたということにフォーカスしたら、自分はそこが最高だと自分で決めることになるんで、そういうことは僕はしないんです。もっと絶対よくなるんじゃないかなって、常に信じてるんで

会場に用意したCDは完売した。
観客の60代男性:
うれしさとか喜びが音楽に出てるような。私は全然素人ですけど、そんなイメージで聞かせてもらっています
観客の10代女性:
お父さんがすごくJAZZ好きで、だから来てみて、すごい。なんて言うんだろう…音楽のチカラ。べたですけど、めっちゃ感じて。今、受験生なんですけど、頑張ろうって思いました

海野さんが選んだ最後の曲。「エンジョイ イット ワイル ユーキャン」。
「理不尽に溢れる世の中でもー」「今をできる限り楽しもう」

海野雅威さん:
人種も国境も性別も越えて、みんながそれを聞いたら心を魅了されることって音にあるし、今すぐ平和を願う曲を書いたって、明日、平和になるわけではないですけど。そういうのに救われて、自分も含めてすごい勇気づけられていると思うんですよね。ミュージシャンの役割というのは、そういうところにあると思います

海野さんの音楽の旅は、まだまだ続く。
(テレビ西日本)