世界がウクライナ情勢に注目する中、ロシア国防省は、極超音速空中発射弾道ミサイルであるKh-47M2キンジャール・ミサイルを使用して、ウクライナのイヴァノフランキフスク市郊外にあるミサイルと軍用機用弾薬保管庫を破壊したと発表した。
この記事の画像(33枚)キンジャールは、イスカンデルM複合ミサイル・システムで使用する9M723 短距離弾道ミサイルをベースに開発された空中発射弾道ミサイルだ。
9M723ミサイルは、4枚の翼と噴射口の中に噴射の向きを制御するベーンがあり、飛翔中、不規則な動きが可能となっている。
キンジャールは、MiG-31K攻撃機等に吊り下げられ、マッハ2.3以上に加速したところで投下。
最高速度マッハ10以上に加速し、最大射程2000km以上。
最高高度30kmで飛翔する。
従って、弾道ミサイルは、野球に例えれば剛速球のようなもので、キンジャールは速さは弾道ミサイルのような剛速球かつ、変化球であるといったところだろうか。
このような極超音速兵器をアメリカは実用化しておらず、ロシア・中国に遅れを取っている。
キンジャールは、このような特性を活かし、弾道ミサイル防衛網など、敵の防空網をかいくぐって、標的を叩くことを目標に開発されたとみられる。
キンジャールの投入は、「ロシアがウクライナの制空権を握れていない」(CNN2022/3/18)ため、という事かもしれない。
だが、それとともに気に掛かるのは、キンジャールは、今回、高性能爆薬の弾頭を使用したと考えられるが、5~50キロトンの低出力核弾頭を搭載出来る核・非核両用ミサイルだということ。
低出力核弾頭と言うが、ちなみに、広島に投下された原爆リトルボーイの推定出力は、15キロトンとされている。
キンジャール投入の意図とは
プーチン大統領は、ウクライナ侵攻直前から、ロシアの核兵器の存在に言及しており、ロシア軍が、防御側には対処が困難な核・非核両用兵器を使用したとすれば、その意図も気に掛かる事ではある。
ちなみに、ロシア海軍には今年から軍艦や潜水艦に搭載する3M-22ジルコン極超音速巡航ミサイルも引き渡されるが、これも核・非核両用との見方がある。「20日、「ロシア国防省は、ウクライナ軍の燃料貯蔵所を破壊するために、再び、キンジャール・ミサイルを発射した」と報じられた。
戦場と化したウクライナの映像には、ロシア軍やウクライナ軍の戦車や装甲車、それに、ロシア軍なのか、ウクライナ軍なのか不明なトチカ短距離弾道ミサイルの残骸、ロシア軍のKa-52攻撃ヘリコプター等、従来の戦争の戦術に沿った装備が投入されている。
一方で、軍事情報サイト、Oryxによるとロシア軍は、電子妨害・錯乱システムR-330BMVボリソグレグスク-2B、トーン(MDM)等もウクライナに投入している。
では、これらは、実際に軍事上、どのような役割を果たす装備なのか。
例えば、前述のR-330BMVボリソグレグスク-2Bに似た名称のロシア軍の電子戦システムRB-301B「ボリソグレグスク-2」を備えた電子戦部隊は、オルラン-10ドローンを使用して、半径200キロメートル以上の範囲の携帯電話を含む「敵」の通信センターを検出、位置を特定した上で、電子戦のプロが通信に干渉。
これにより、「敵」が援軍を要請する可能性がなくなったところで、味方が叩く、という戦法を訓練してきたという。
この場合、重要なのは、高度だ。
一般に、小型のドローンは、有人の戦闘機や攻撃機より、見つけにくいと考えられ、ロシア軍では、比較的高い高度を飛ぶ航空機や巡航ミサイルを迎撃するためのS-400システムを保有しているが、このシステムで使用する40N6E迎撃ミサイルは、高度10メートルから30キロメートルの標的を迎撃可能とされ、高度10メートルという比較的低空を飛翔する脅威にも対応出来るはずだった。
従って、S-400はかなり高性能の防空システムと言えるが、例えば、ウクライナ侵攻前のベラルーシでの共同演習において、パーンツィリ-S2近距離防空システムと一緒に行動している映像があった。
パーンツィリ-S2近距離防空システムは、対空ミサイルと対空機関砲を同じ回転砲塔に搭載したシステムで、これで使用する57E6迎撃ミサイルは、高度5メートルから1万2000メートルに対応する。
低高度での防空範囲は、高度5メートルから10メートルに差があることになり、S-400という高性能、かつ貴重な防空システムを防護するために、低空の航空脅威に対応出来る別の防空システムを展開させる訓練だったとすれば、それは、高度10メートル以下で迫ってくるドローン等の航空脅威に対応する必要があったということだろうか。
低空域の航空優勢
ウクライナ情勢で、ウクライナ軍は、トルコ製のバイラクタルTB2ドローンを対戦車・装甲車攻撃に投入し、ロシア軍は、前述のオルラン10ドローンやオリオンE、それにイスラエル製から導入したフォルポスト型ドローンも投入している可能性があるだろう。
戦場の行方を左右するドローンの存在
また、NATOにとっての重大な課題は、NATOの大型砲の不足(米軍事専門誌「Defense News」(2022/2/8付))との指摘もある。
大型火砲が不足しているため、航空機で、地上の敵を叩く、近接航空支援任務が不足をきたしても、陸上の火砲システムで補うことができないというのである。
冷戦の終結、それからの、30年間の間続いた対テロ作戦は、火砲の重大な不足を米国とヨーロッパの軍隊に残した。
ロシアは火力の65%を火砲に依存しているのに対し、NATOは全火力の約80%を航空戦力に依存しているという。
そして、ロシアのオルラン10ドローンは、自走砲やけん引砲用に、標的のデータを収集、入力し、弾着の精度を上げる手段ともなっている。つまり、ロシアの火砲の精度・能力は、ドローンに左右されるのだろう。
高高度を飛ぶ大型の無人機も戦場の行方を左右するが、それより、遙かに小型で、低空を飛ぶ偵察ドローンや、群れをなして飛ぶ徘徊ドローン、それに電子戦ドローンが、戦場の行方を左右することになりかねない。
ドローンVSドローン
低空を飛ぶドローンには、どのような対応策があるのか。
近年、ロシア軍は味方のドローンに装備した小型の対戦車ミサイルで敵のドローンを撃墜する方法が試みられている。
だが、米軍事専門誌「Defense News」(2022/2/8付)は、米国空軍の現役大佐による「低空脅威」に対する見解として「小型で低空飛行のプラットフォーム(ドローン)は、従来の空中戦闘航空機よりも発見と交戦が困難だ。米国防総省は近年、対ドローンシステムに数十億ドルを投資したが、テストでドローンの60%を見つけることが出来なかった」従って、NATO等、西側は「多数の小型で安価な空中ドローンを取得し、ロシアの優位性を鈍らせる必要がある」との分析を掲載した。
つまり、ロシアのドローン優位性の対抗策は、西側も、多数のドローンを持つことだというのである。
日本にとっても見逃すことができるとは思えない見解ではある。
米国のウクライナ追加支援に含まれるドローンとは
閑話休題、バイデン米大統領は、3月16日、ロシアがウクライナで「残虐行為」を行っていると非難し、更なるウクライナ支援を実施すると演説。
バイデン大統領の発表を受ける形で、米ホワイトハウスは、スティンガー対空ミサイル800基、ジャベリン対戦車ミサイル2000基、軽対装甲火器1000基、AT-4対戦車ロケット砲6000門、ドローン100システム、擲弾発射器100丁、小銃5000丁、機関銃400丁をウクライナに送ると発表した。
ホワイトハウスが発表した100システムのドローンとは、どんなドローンなのか。
米メディアによると米国は、ウクライナにスイッチブレード100基を提供する見通しだという。
スイッチブレードは、「徘徊ミサイル」と言われるもので、スイッチブレード300とスイッチブレード600の二種類があり、発射機から飛び出すと、飛び出しナイフ(スイッチブレード)のように翼を開く。
そして、標的のいるエリア空域を「徘徊」し、敵の戦車等の標的を見つけると、突っ込んで破壊するというものだ。
スイッチブレード600は、全長130cmとされ、射程40km程度、40分程度の飛行が可能とされる。
一方、スイッチブレード300の射程は、10km程度で、15分程度の飛行時間だが、全長は50cm未満とされ、飛行中、見つけるのが難しいとみられる。
ウクライナでの低空域を巡る戦いは、地上戦に負けず劣らず、激しいものとなりそうだ。
【執筆:フジテレビ 上席解説委員 能勢伸之】