アメリカ・ニューヨークにあるメトロポリタン歌劇場で3月14日、ロシアからの攻撃が続くウクライナを支援するためのコンサートが開催された。冒頭でウクライナ国歌が演奏され、ウクライナ人歌手のウラジスラフ・ブヤルスキーさんが独唱パートを担当した。
この記事の画像(8枚)メトロポリタン歌劇場のピーター・ゲルブ総裁は、「侵攻や殺人が終わり秩序が回復され返還が行われない限り、プーチン大統領を支援または大統領からの支援を受ける芸術家や組織とは関係を絶つ」と表明している。1883年に完成した世界最大級のオペラハウスのトップのメッセージとは――。公演前に話を聞いた。
ウクライナ人へ「世界は味方だ」
――今回の支援コンサートの目的は。
ゲルブ総裁:
「ウクライナのためのコンサート」にはメトロポリタン歌劇場のオーケストラをはじめ、合唱団や看板歌手が参加する。ウクライナの人たちに敬意を表し、慰めて勇気づけ、寄付金を集めることが目的だ。ウクライナの公共ラジオのほか世界中のラジオで聴くことが可能だ。
芸術は、苦しい時に慰めてくれる。でも、強力な「武器」にもなる。世界が味方だと知ることは、プーチン大統領に対する戦いでウクライナの力になると思う。プーチン大統領は文明を破壊する違法な暴力をやめるべきだ。世界がそう思っている。彼の行為は「自由で民主的」な国々に対する暴力だ。
“ロシアの歌姫”降板の背景
「プーチン大統領が“殺人者”となった時点でもう無理だと」
――メトロポリタン歌劇場は、ロシア人歌手アンナ・ネトレプコさんを降板させた。
ゲルブ総裁:
重要な線引きがあるのを知ってほしい。ネトレプコさんは現代の最も偉大な歌手のひとりであり、私が16年前に総裁に就任して以来、個人的にもキャリアを支えてきた。でも彼女はご存知のように長くプーチン大統領との関係がある。このことは、長年メトロポリタン歌劇場で気まずい空気をもたらしていた。プーチン大統領が“殺人者”となった時点で、もう無理だと判断した。
我々はロシアの文化を取り消そうというのではない。「プーチン大統領はもう御免だ」ということだ。その証に3月下旬から4月にかけて上演予定のチャイコフスキー(ロシア人作曲家)のオペラ『エフゲニー・オネーギン』のリハーサルにいそしむロシア人のアーティストたちがいる。そこの線引きは重要だ。
ロシアの芸術や文化は世界の宝だ。歌劇場やオーケストラの中にロシアの音楽やロシア人アーティストの公演をキャンセルしているところがあるが、個人的にはそれは間違いだと思う。プーチン大統領と直接関係のある者にとどめるべきだ。大半のロシア人アーティストはつながりがないのだから。
彼女(ネトレプコさん)自身の考えがはっきりしていたので、降板させる必要があった。仮に舞台に立たせたとしても、観客の強い抗議にあって歌うことができないだろう。
――ネトレプコさんがまた舞台に立つには何が?
ゲルブ総裁:
わからない。決定を覆すことは非常に難しいと思う。プーチン大統領が失脚でもすれば状況が変わるかもしれないが、現時点では元通りにできる状況ではない。
「芸術は武器になる。音楽の戦士たれ」
――今回のチケットの収益は?
ゲルブ総裁:
通常は4~5年先の公演を計画するが、今回は発案から1週間で実現にこぎ着けた。チケット1枚50ドルで、売上金は20万ドル程度にしかならないが、全て寄付される。それよりも、ラジオで聴いた世界中の人たちが、ウクライナの慈善団体に直接寄付できるきっかけになればと思う。
ゲルブ総裁:
実はチケット販売を始めた途端、アクセスが集中しサイトがダウンしたが、2~3時間で完売した。一回きりの支援イベントではないということをウクライナの人たちに知ってほしい。
ヨーロッパへの避難民は300万人近い。彼らには我々の愛と支援が必要だ。
全てのアーティストはウクライナのための「音楽の戦士」であるべきだ。「芸術は武器にできる」と伝えたい。
【取材:NY支局 ハンター・ホイジュラット、森田アンドリュー、弓削いく子】
【動画でみる】コンサート冒頭で演奏されたウクライナ国歌