チョウザメの卵として知られる高級食材の“キャビア”。今後、これが量産化できるかもしれない。

近畿大学は3月4日、同大・水産研究所新宮実験場の研究グループが、大豆イソフラボンを用いることで、チョウザメのメス化に日本で初めて成功したと発表した。

コチョウザメ(提供:近畿大学・水産研究所新宮実験場の稲野俊直准教授)
コチョウザメ(提供:近畿大学・水産研究所新宮実験場の稲野俊直准教授)
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チョウザメは、メスとオスが1:1の割合で生まれるため、養殖におけるキャビアの生産効率の悪さが課題となっている。

こうした中、近畿大学水産研究所新宮実験場では、メスの単性養殖のための技術開発を目的として、2021年5月から、大豆イソフラボンを用いたコチョウザメのメス化の研究を行ってきた。

ふ化後2カ月のコチョウザメの稚魚で調査

今回の研究で同実験場の稲野俊直准教授の研究グループは、ふ化後2カ月のコチョウザメの稚魚を4つのグループに分け、メス化が可能であるか、調査した。

4つのグループのうち、3つのグループには大豆イソフラボンの一種である「ゲニステイン」を含んだ配合飼料を、「ゲニステイン」の含有量に差をつけ、180日間、与え続けて飼育。

残りの1つのグループには「女性ホルモン」を含んだ配合飼料を180日間、与え続けて飼育した。

(1)ゲニステインの含有量10µg/gのグループ
(2)ゲニステインの含有量100µg/gのグループ
(3)ゲニステインの含有量1000µg/gのグループ
(4)女性ホルモンのグループ

その後、「ゲニステイン」を含まない一般的な配合飼料で約70日間飼育し、1グループあたり8尾前後を解剖して、生殖腺を調べると同時に、体表粘液検査によって各個体の遺伝的性を特定した。

その結果、卵巣を持つ個体の割合は、「ゲニステイン」の含有量が最も多い「含有量1000µg/gの(1グラム中1000マイクログラムのゲニステインを含む餌を与えた)グループ」では、オスの遺伝子を持つ5尾全てで卵巣が確認された。

一方、ゲニステインの含有量10µg/g、100µg/gのグループでは、オスの遺伝子を持つ個体から卵巣は確認できなかった。

つまり、ゲニステインの含有量1000µg/gのグループだけが、オスの遺伝子を持つコチョウザメを、全てメス化することができたということになる。

ちなみに、「女性ホルモンのグループ」では、オスの遺伝子を持つ3尾のうち2尾で卵巣が確認された。

実験結果(提供:近畿大学・水産研究所新宮実験場の稲野俊直准教授)
実験結果(提供:近畿大学・水産研究所新宮実験場の稲野俊直准教授)

大豆イソフラボンを用いたチョウザメのメス化に成功したことを受け、研究チームは、今回の方法が実用化されれば、キャビアの量産化が期待できるとしている。

では、実用化し、キャビアの量産を実現するためには、現状、どのような課題があるのか? また、実用化されたら、キャビアの値段はどのぐらいまで下がるのか?

近畿大学・水産研究所新宮実験場の稲野俊直准教授に話を聞いた。

チョウザメは外見ではオスとメスが判別できない

――今回の研究の背景は?

チョウザメは天然資源が激減しており、1998年以降、チョウザメ全種がワシントン条約の対象種となり国際取引が規制されています。

このため、全世界でチョウザメの養殖が行われるようになりましたが、チョウザメは成熟年齢が高いため、キャビアを生産するまでに長い年月を要します。

さらに、チョウザメは外見ではオスとメスが判別できないため、養殖現場では3年程度、養殖したチョウザメの腹部を少し切開して、生殖腺を目視して、オスとメスを判別しています。

そのため、キャビア生産に利用できないオスのチョウザメも3年以上、養殖することになり、余計にキャビア生産コストが高くなります。キャビアの生産コストを低く抑えるためには、メスの単性養殖が有効と考えられます。

国内ではニジマスやアユなどの養殖対象種で、メスの単性養殖の技術が確立されていますが、チョウザメは世界的に見ても、メスの単性養殖は実現されていません。

ふ化後の半年間にメスになる刺激を与えるとメス化

――大豆イソフラボンの成分「ゲニステイン」というのは、どのような成分?

女性ホルモンの「エストロゲン」に似た構造を持つ、天然成分です。

「ゲニステイン」は、エストロゲンによく似た分子構造のため、動物の体内のエストロゲン受容体と結合しやすく、エストロゲン受容体が局在する生殖腺などで、エストロゲンを模倣した働きを示すことが知られています。

このため、女性ホルモンの働きを補うためのサプリメントとして販売されています。

コチョウザメ(提供:近畿大学・水産研究所新宮実験場の稲野俊直准教授)
コチョウザメ(提供:近畿大学・水産研究所新宮実験場の稲野俊直准教授)

――コチョウザメに「ゲニステイン」を配合した飼料を与えるとメス化した。これはなぜ?

私たちは、2018年にシベリアチョウザメに女性ホルモンを半年間、経口投与することでメス化することを突き止めました。

多くの魚類は遺伝的な性は、ふ化する前から決まっていますが、形態的性(=表現型としての性)は、ふ化後の生息環境(=飼育環境)などで変化することが知られています。

チョウザメも、ふ化後の一定期間はオスでもメスでもない状態があります。シベリアチョウザメの場合は、ふ化後、約半年で性別が決まるようです。この性別が決まっていない、ふ化後の半年の間にメスになる刺激を与えると、メス化すると考えられます。

シベリアチョウザメでは女性ホルモンで刺激することでメス化できたので、女性ホルモン(エストロゲン)によく似た「ゲニステイン」を経口投与すれば、チョウザメの体内で女性ホルモンと同様の働きを示して、メス化させると考えられます。

今回の実験ではコチョウザメを使っています。

オスのメス化が実用化されると3つの効率化

――チョウザメのオスのメス化が実用化されると、なぜ、キャビアの生産の効率化が可能になる?

3つの効率化が図れます。

1つめは、「オスとメスを判別できるまで、オスを飼育する必要がなくなること」です。約3年のオスに対する餌代が減らせます。

2つめは、「オスを飼育するスペースを、メスの飼育に利用できること」です。単純に言えば、メスが2倍に増えるということです。

3つめは、「オスとメスの判別に要する労力が不要になること」です。近畿大学では遺伝子でオスとメスの判別ができるので、ずいぶん、労力は削減できていますが、一般の養魚場では、切開して目視して縫合するという工程で、オスとメスの判別を行っていますので、非常に労力を要します。

1尾のオスとメスの判別に10分要しますので、1日7時間作業しても42尾、1000尾判別するためには167時間(1日7時間で23日)かかります。


――実用化するための課題は?

実験で使った「ゲニステイン」は試薬です。このため、食用の魚に投与(餌に混ぜて与える)ことは禁止されています。

ヒト用のサプリメントとして利用されている「ゲニステイン」を養殖用の配合飼料に混ぜられるように規則(法律)を改正できれば、早期に実用可能かもしれません。日本では養殖対象種として、マイナーなチョウザメのために、国が規則を改正することはないでしょう。

「ゲニステイン」は、大豆に含まれる成分ですから、養殖用配合飼料の大豆由来飼料原料の含有量を高めると、今回の実験で与えたような状態の飼料になるはずです。

いかにして、大豆由来の飼料原料を「ゲニステイン(大豆イソフラボン)」として、チョウザメの体内に取り込ませるかが課題です。

コチョウザメ(提供:近畿大学・水産研究所新宮実験場の稲野俊直准教授)
コチョウザメ(提供:近畿大学・水産研究所新宮実験場の稲野俊直准教授)

――実用化はいつ頃になりそう?

最近、「ウナギはゲニステインを含む飼料でメス化を実用化した」というニュースを見ました。

これが本当なら、チョウザメも、すぐにできそうです。しかし、上記の質問でもお答えしたとおり、実用化の目標は大豆でメス化することですから、まだ数年かかりそうです。

さらに、メス化しても、キャビアが採れるかどうか、今後、確認が必要です。


――実用化されたら、コチョウザメのキャビアの値段はどのぐらいまで下がる?

成熟の早いコチョウザメでは餌代だけで50%コストダウンできますが、メス化させる餌にどの程度のコストがかかるかによって、変わると思います。


――「元々メスのコチョウザメからとれたキャビア」と「元々オスでメス化したコチョウザメのキャビア」、キャビアの質(味や大きさなど)に違いはある?

まだ分かっていないので、味以前の問題であって、キャビアになるか、確認する必要があります。


――リリースには「安全な方法で効率的なキャビア生産をめざす」と書かれている。“安全な方法”というのは、食べても安全という意味?

現時点では実験段階であって、食用には適しません。決して危険と言う意味ではありませんが、法律でダメと言われている以上、安全性に疑問符がついていることなのでしょう。


大豆イソフラボンを用いたチョウザメのメス化に成功したことを受け、研究チームは、今回の方法が実用化されれば、キャビアの量産化が期待できるとしている。

ただ、今回の実験で使った大豆イソフラボンの一種「ゲニステイン」は試薬で、食用の魚に、餌に混ぜて与えることは禁止されているなど、課題は残っている。実用化にはまだ数年かかるということだが、数年後に、チョウザメのキャビアが量産化されることを期待したい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。