ウクライナを巡って、ロシアと米国を中心とするNATO諸国の間の緊張が続いている。
外交交渉と並行して、ウクライナを囲むようにロシア軍が展開し、米軍もNATO諸国に増派された。こうした中、2月7日、フランスのマクロン大統領はモスクワに飛び、プーチン露大統領との会談に臨んだ。

プーチン大統領「ロシアの核保有」を強調

マクロン仏大統領(左)とプーチン露大統領(右)の記者会見(2022年2月7日)
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会談後の記者会見で、プーチン露大統領は「ウクライナがNATOに加盟し、軍事的手段でクリミアを取り戻すことを決定した場合、欧州諸国は自動的にロシアとの軍事紛争に巻き込まれることをご存知ですか?」と問いかけた。

つまり、ウクライナ情勢はロシアと欧州諸国の戦争に直結しうることを仄めかしたのである。

その上で「ロシアは世界をリードする核保有国の1つであり、数々の点でこれらの国の多く(他の核保有国)よりも優れていることも理解している」として、プーチン大統領は、ロシアが世界有数の強力な核兵器保有国であることをマクロン仏大統領の前で強調した。フランスもまた、核弾頭の数量ではロシアより少ないものの、戦略核・戦術核兵器の保有国であるのにである。

そして、プーチン大統領は「しかし、勝者はいないだろう」と核戦争の危険性に敢えて触れた。

大量の核兵器を抱えた米ソ、米露は、1955 年以来“恐怖の均衡”状態にある。こうした状態で、もし核戦争が起こり拡大すれば勝者はいない、とプーチン大統領は言いたかったのかもしれない。

だが、プーチン大統領はそれに続けて「あなたはあなた自身があなたの意志に反して、この対立に引き込まれることに気付くだろう」とも述べ、NATO諸国が核戦争に巻き込まれる可能性に事実上触れ、警告した形になった。

では、ロシア軍は具体的にはどう動いたのか。

ロシアの最近の戦略核兵器部隊の演習

ロシア国防省は2022年1月24日に、ウクライナの東、ヴォルガ河沿岸のエンゲルス空軍基地所属の複数のTu-95MSベアH大型爆撃機の訓練映像を公開した。

Tu-95MSベアH大型爆撃機(ウクライナの東、エンゲルス空軍基地所属)(ロシア国防省公式YouTubeより)

Tu-95MS爆撃機は250キロトン級核弾頭を内蔵し、最大射程4500km級のKh-102巡航ミサイルを運用できることで知られる。

Tu-95MSベアH大型爆撃機に懸架されたKh-101非核巡航ミサイル(Kh-102核巡航ミサイルと同系)
(ロシア国防省公式YouTubeより)

また、2月2日には、Yars大陸間弾道ミサイル部隊の訓練映像も公開し、ウクライナというより、ウクライナを支援する米国やNATO諸国を牽制したようにも見えた。

Yars大陸間弾道ミサイル(2022年2月2日)

ロシアの核砲弾発射可能な自走砲は展開したのか?

では、プーチン大統領が言う、NATO欧州諸国を「巻き込む可能性」のある核戦争に投入されうる兵器とは何だろうか。

この点について、陸軍や地上兵器の情報サイト、Army Recognition(2月10日付)は「2月8日、ロシア軍は、ウクライナとの境界からわずか17kmの町である(ロシア南部ベルゴロド市)ベセラロパンの近くに203mm 2S7マルカ自走砲を配備した」と報じた。

資料:203mm 2S7Mマルカ自走砲(ロシア国防省公式YouTubeより)

2S7Mマルカ自走砲は、1975年から旧ソ連地上軍への引き渡しが始まった2S7ピオン自走砲を改修したものだ。

口径203mm、砲身長約11.4m、重量7.8トンという巨大な2A44砲を剥き出しで搭載した自走砲で、2018年には、2S7ピオン自走砲の改修が始まり、ギアボックス、配電機構、電源ユニット、観測装置と誘導システム、インターホン機器と通信機材が交換された他、 CBRN(化学/生物/放射性物質/核からの)保護システムが更新され、2S7M(または、2S7SM)マルカ自走砲に改修された。

資料:203mm 2S7Mマルカ自走砲(ロシア国防省公式YouTubeより)

改修された2S7Mマルカ自走砲は、オルラン10無人機で確認した標的の位置を入力し、高性能爆薬を内蔵した重量110kgの砲弾を37.5km先に飛ばすことが出来る。

オルラン10無人機

オルラン10無人機は、カタパルトを使いゴム紐で打ち出す軽量構造の無人機だ。

カタパルトのゴム紐で引っかけてオルラン10無人機は射出される

また、補助ロケットを取り付け、射程を延伸した重量103kgの砲弾なら、47.5km先にまで飛ばせるが、1分間に発射出来る弾数は3発に限定される。

資料:重量100kg超の2S7Mの砲弾は3人がかりで運搬(ロシア国防省公式YouTubeより)

だが、2S7Mマルカ自走砲が注目を集めるのは、3BV2核砲弾を発射出来ること。この核砲弾を18~37km先に発射出来るとされている。

真偽は確認出来ないが、注目される映像がツイッター上に流れていた。

1月22日に投稿されたという映像は、投稿者の説明によると、シベリア西部の都市、チュメニで撮影された貨物列車であり、その平台貨車には8輛の2S7Mマルカ自走砲が載って西に向かっていたという。

資料:203mm 2S7Mマルカ自走砲(ロシア国防省公式YouTubeより)

ロシアは、2S7及び2S7M自走砲について、現役・予備役を含めて約150輛保有していると見られている。

これらのうち、何輛が核砲弾を発射可能なのかは不詳であり、そもそも3BV2 核砲弾が2S7Mマルカ自走砲とともに展開しているのかどうかも不詳だが、2S7Mマルカ自走砲のウクライナ周辺への展開は、前述のマクロン仏大統領に対するプーチン露大統領の言葉と合わせて考えるなら、ウクライナやNATO諸国にとって無視できない事だろう。

これに対して、米国は、何らかの対応をしたのだろうか。

米軍の核兵器運用可能部隊の動き

2月5日、バルト三国の一つ、リトアニアのアマリ空軍基地に米空軍のF-15Eストライクイーグル戦闘攻撃機が展開していることが映像で確認された。

リトアニアのアマリ空軍基地に展開したF-15Eストライクイーグル戦闘攻撃機(2020年2月5日)

リトアニアからモスクワまでは約570km。これに対し、ストライクイーグル戦闘攻撃機の戦闘行動半径(出発基地から往復し、目的地で作戦を行える距離)は1270kmとされ、物理的には、リトアニアからモスクワまで往復可能ということになる。

ストライクイーグルは、爆弾やミサイルを11トンも搭載出来るが、B61核爆弾も運用できる。(赤いのはB61核爆弾の模擬弾。)

資料:B61核爆弾の模擬弾を懸架したF-15Eストライクイーグル戦闘攻撃機(米国防総省公式画像)

2月14日、英国のフェアフォード空軍基地を離陸した米空軍のB-52H爆撃機2機が、大西洋を南下し、地中海に入って、その内の1機はイスラエル空軍のF-15A戦闘機と共同訓練を行ったという。

米空軍のB-52H爆撃機(上)とイスラエル空軍のF-15A戦闘機2機(下)(イスラエル国防軍のツイッターより)

イスラエル空軍が公開したこの訓練の画像からは、主翼の下に吊り下げたミサイルの姿はなく、機体の爆弾倉のドアが閉じられているので、どんなミサイルや爆弾が内蔵されているのかも分からない。

しかし、この画像を見た航空軍事評論家の石川潤一氏は「米空軍にB-52H爆撃機は76機ありますが、米露の新START(新戦略兵器削減条約)で核兵器運搬手段としてデプロイメントしている機体は36機に制限されています。この核兵器が運用できるB-52H爆撃機には、衛星や航空からの査察ではっきり識別できる外形上の特徴があります」と指摘した。

また、画像に写っていたB-52 H爆撃機については、「垂直尾翼にMTと書かれているのでマイノット基地所属機ですね。この基地には核攻撃用のB-52も配備されています。しかも、後部胴体側面の涙滴形アンテナフェアリングにブレードアンテナが付いているので、新START(新戦略兵器削減)条約での制限の外にある、つまり核運搬手段として使われているB-52Hと推定できます。このアンテナはARR-85 VLF/LF(超長波/長波)無線機用で、電波の通りにくい戦略司令部など地下シェルターとの通信に使います」としている。

"MT"核攻撃用B-52が配備されているマイノット基地所属を示す(黄色円)ブレードアンテナは核攻撃指示を受信するARR-85 VLF/LF(超長波/長波)無線機用(赤色円)

つまり、いざという場合に核弾頭を搭載する巡航ミサイルの「発射指示」を受信するアンテナがついているB-52H大型爆撃機であるということだ。

B-52H爆撃機が近年運用している核弾頭搭載対地攻撃用巡航ミサイルは、最大射程2400kmのAGM-86Bミサイルであり、B-52Hの器内には12発搭載可能だ。

AGM-86B核巡航ミサイル(模擬弾)(米国防総省公式画像)

イスラエルの北の地中海上空からロシア軍が展開するベラルーシの首都ミンスクまでは、直線距離で2030km余り。
実際に搭載されていたかどうかは不明だが、このB-52H爆撃機の飛行経路と画像公開は、ロシア側にとっても意識せざるを得なかったかもしれない。

米・露、そして、英国の外交は?

2月15日、バイデン米大統領はホワイトハウスで演説し「私たちはロシアとの直接の対決を求めていませんが、ロシアがウクライナの米国人を標的にすれば、私たちは、必ず力強く対応する」と述べた。

バイデン大統領は、この演説で“力強い対応”の具体的内容について明らかにしていない。

息が詰まるような外交交渉が続く中、2月17日、ロシア外務省は、在モスクワ米国大使に文書でロシア側の考えを通知した。

ロシア外務省が出した米国への再回答文書(2022年2月17日)

その中で、ロシア側は「NATOのさらなる拡大の拒否」を中心に「NATOのさらなる東方拡大を放棄することを法的に明記する内容・形態について、同盟国からの具体的な提案を期待する」として、「ウクライナへの武器供給を停止すること、欧米のアドバイザーや教官をすべてウクライナから撤退させること、NATO諸国がウクライナ軍との合同演習を拒否すること、これまでキエフに供給した外国製武器をすべてウクライナ領外に撤退させること」を要求している。

英国から供与されたNLAW対戦車ミサイルのウクライナ軍訓練

さもなくば「ロシアは、軍事的・技術的な性質を持つ措置の実施を含め、対応せざるを得なくなる」と記述したのである。「軍事的・技術的措置」が具体的にどのような措置なのかは、この文書には記述されていない。

ロシアはこのように、米国、そして、NATOを交渉相手としてきた。

ウクライナの後ろ盾はNATOではなく英国?

この文書が米国側に渡された日、ウクライナのクレバ外相はポーランドに向かい、そこで、トラス英外相、ラウ・ポーランド外相と「我々3カ国は、ウクライナの安定を守り、東欧での民主主義を強化」「英国とポーランドは、進行中のロシアの侵略に直面しているウクライナに支援を提供し続け」、「3カ国協力覚え書きを作成する」ことなどを骨子とする共同声明を発出した。
この3カ国の組み合わせはウクライナも入っているので、ロシアが様々な要求をしてきたNATOではない、ということだろうか。そして、この組み合わせには、ロシアが交渉相手として重視してきた米国も入っていない。

英・ポーランド・ウクライナ外相共同声明(2022年2月17日)

この覚書では、協力分野としてサイバーセキュリティやエネルギーセキュリティーなどがあげられているのが眼を引くが、軍事分野まで協力が広がるかどうか気になるところだ。

この覚書に関連して、ウクライナ外務省が発表した地図をみると、この3カ国が結びつくと、中欧に大きな壁ができ、その後ろ盾に英国がいるという構図になりそうだ。

ウクライナとポーランドで中欧に障壁?(ウクライナ外務省作成地図)

ちなみに、ウクライナやポーランドは非核兵器保有国だが、英国は戦略核兵器保有国で、最大射程1万1112km以上のトライデントⅡD5戦略核ミサイルを16発搭載出来るヴァンガード級戦略ミサイル原潜を4隻運用している。

英海軍トライデントⅡD5戦略核ミサイル(左)とヴァンガード級戦略ミサイル原潜(右)(英国防省公式映像より)

この3カ国協定を意識したのかどうかは不明だが、2月19日、ロシアは、ヤルス大陸間弾道ミサイルやMiG-31K攻撃機に搭載するキンジャール極超音速ミサイル、イスカンデル複合ミサイル・システムから巡航ミサイル等を次々に発射する映像を公開した。

ロシアのミサイル発射演習(2022年2月19日)ヤルス大陸間弾道ミサイル(上)、MiG-31K攻撃機に懸架されたキンジャール極超音速ミサイル(左下)、イスカンデル複合ミサイル・システム(右下)

しかし、ミュンヘン安全保障会議でウクライナのゼレンスキー大統領は「欧州と全世界の安全保障はほとんど壊れている。代わりに、新しいシステムを構築する時が来た」と演説した。

ミュンヘン安全保障会議で演説するゼレンスキー・ウクライナ大統領(2022年2月19日)

ウクライナは、NATOとは別の3カ国の枠組みを志向し、自信を深めているのだろうか。

【執筆:フジテレビ 上席解説委員 能勢伸之

能勢伸之
能勢伸之


フジテレビ報道局上席解説委員。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は「ミサイル防衛」(新潮新書)、「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」(PHP新書)、「検証 日本着弾」(共著)など。

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