絶望の淵から日本を代表するパラアスリートに

パラリンピックの陸上女子代表の前川楓選手は、9年前に交通事故で右足を失った。事故から1年後に陸上を始めた前川選手は、2016年に当時の日本記録を更新。100メートルと走り幅跳びの代表として東京パラリンピックに出場した。

前川選手の特徴は走りだけではない。そのトレードマークは、ファッショナブルな義足。「障害者はカッコいい!」と話し、東京パラリンピックでオシャレな義足で疾走。多くの人に想いを届けた。

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爽やかな笑顔とダイナミックな走りが特徴のパラリンピック陸上女子代表、前川楓選手。

三重県出身の前川選手は2012年に愛犬との散歩中に交通事故に遭い、右足の太ももから下をなくした。当時は絶望し泣いてばかりだったというが、事故から1年後に医師からの勧めで陸上を始めた。

前川楓選手(2016年):
なんか100メートルがあっという間で、すっごい楽しくて。走るのってこんな楽しかったっけって

2014年に初めて出た大会では、100メートル22秒82で最下位。しかし、その2年後には17秒32で当時の日本記録を更新。そして、リオパラリンピックに100メートルと走り幅跳びで出場した。

2019年の世界選手権では走り幅跳びで4位に入賞。東京パラリンピックでも、100メートルと走り幅跳びの代表に選ばれた。

「義足はカッコいい」個性を表現する“ファッションアイテム”

前川選手の特徴は、走りだけではない。

前川楓選手:
髪色をめちゃカラフルにしたいと思って。パラリンピックの赤と青と緑は入れたいなと

その髪色はいつもカラフルで華やか。そして…。

前川楓選手:
(義足カバーを見せながら)人魚っぽい鱗になっている。こっちはメカメカ、これすごいお気に入り

「義足はカッコいい」。足の切断面をつなぐソケットはカナダ製のオーダーメイドで、価格は6万円ほど。

洋服や靴と同じように、機能性にもデザインにもこだわっている。

義足は自分の“体の一部”であり、個性を表現する“ファッションアイテム”だ。

前川楓選手:
デニムの短いスカートとかは黒で、濃い色で合わせたりとか…。逆に、真っ赤なワンピースとか色を楽しんだり

前川選手は3年前から、義足のファッションショー「切断ヴィーナスショー」に出演している。ランウェイを歩くのは義足の女性たちだ。

前川楓選手:
本当に楽しくって。かわいい格好したい!とか、義足を見せたい!っていうのもあって、ショーをすることによって、誰かの力になれたらいいなとも思いました

SEKAI NO OWARIのライブで飛び跳ねたい…義足をつけ2週間で歩けるように

最初はリハビリが苦手で、義足を避けていた前川選手だったが、あることがきっかけで義足を使い始めた。

前川楓選手:
セカオワの「頑張って!」みたいに言わずに、「応援してるよ、君ならできるよ」みたいなところが大好きで…

「大好きな SEKAI NO OWARI のライブで飛び跳ねたい」。その一心で、義足をつけて2週間で歩けるようになった。

前川楓選手:
自分の応援タオルを作ったんです。最初「SEKAI NO KAEDE(セカイノカエデ)」にしようと思ったんですけど、ちょっと調子に乗りすぎやし、逆にして「KAEDE NO SEKAI(カエデノセカイ)」にしました

「人生を楽しんでいるところを見てほしい」東京パラリンピックで届けた想い

今度は自分が誰かの力になりたい。事故から9年経った2021年7月16日、前川選手はSNSにあるメッセージを投稿した。

前川楓選手:
毎年、事故に遭った日を家族でお祝いしていたんですよ。今、9年前の自分に言えることって何かなと思って…

【SNSに投稿された内容】
2012年7月16日の私へ
苦しくて辛い日々が続きます。それはもう仕方ないです。
でもいつか必ず笑える日が来るから大丈夫。
走ったり、滑ったり、泳いだりできるようになるし。

楽しいことを一緒に共有できる最高の友達もできます。
何が起こっても何とかなる!何とかしてくしかないから!
きっと大丈夫!!!

後ろに下がったり、横の道に行ったり、立ち止まってもいいから。

前川楓選手:
将来について不安に思っている人とか、そういう全ての人に…。もし義足になったとしても、できることはたくさんあるし、足を切って不幸になるんじゃなくて、そこから幸せを見つけていくのは自分っていうのを伝えたかった

「全力で人生を楽しんで、生きているところを見てほしい」。東京パラリンピックの舞台、前川選手はその走る姿でたくさんの人たちに勇気を与えた。

(東海テレビ)