名古屋入管に収容中死亡したスリランカ人女性のウィシュマさんの問題について、遺族にのみ開示された監視カメラの映像の全容がわかった。そこに映し出されていたのは、日々衰弱しながらも生きようとしたウィシュマさんの姿と入管職員の人権を蹂躙する非人道的な行為だった。ともに映像を見た従姉妹マンジャリさんに映像の詳細を時系列で聞いた。
(前編=【独自】「“床が寒い”と訴えても職員は跨いで出て行った」ウィシュマさん映像の全容判明、から続く)

映像を見た従姉妹のマンジャリさんがその詳細を語ってくれた
映像を見た従姉妹のマンジャリさんがその詳細を語ってくれた
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「“鼻から牛乳”は日本のジョークです」と職員が説明

3月1日午後9時32分から37分の5分間。

職員2人が部屋にいてベッドに座っているウィシュマさんに薬を渡す。「喉の奥まで薬を入れてね」と職員が言うが、ウィシュマさんは水を飲んだら嘔吐してしまう。そのあとウィシュマさんが「コーヒー」と言って、職員が紙パックのカフェオレを渡す。職員がウィシュマさんの嘔吐のあとを拭こうとすると、ウィシュマさんがカフェオレを吹き出し、それを見た職員が「鼻から牛乳や」と言って笑った。ウィシュマさんは「コーヒーだけ飲める」と語って映像は終わった。

この映像を見ながら入管庁の職員は「これは日本のジョークです。ウィシュマさんと仲良くするための」と遺族らに説明した。これに対してポールニマさんが怒り「こういう状況で冗談を言うのか」と言うと職員は黙り込んだ。この頃になるとワヨミさんはずっと泣いていた。

「ウィシュマさんに職員が”鼻から牛乳や”と笑った」(マンジャリさん作画)
「ウィシュマさんに職員が”鼻から牛乳や”と笑った」(マンジャリさん作画)

「痛い」と訴えても「しょうがない」と嘲る職員

3月2日午後6時45分から47分の2分間。

ベッドに寝ているウィシュマさんを職員が動かそうとして、服や手を引っ張るとウィシュマさんは大声で「痛い」と訴える。職員は「自分で身体を動かさないから、痛いのはしょうがない」「食べて寝るだけだから身体が重くなる」と嘲るように言う。なぜ身体を動かそうとしたのか説明はない。

3月3日午後4時58分から5時10分の12分間。

部屋には職員1人と白衣を着た看護師がいる。ウィシュマさんはベッドに寝ていて、「まるで遺体のように動かない」(マンジャリさん)。看護師は体温と血圧を測り、いろいろ話しながらウィシュマさんの手のマッサージをする。

看護師はウィシュマさんに手を握ったり広げたりするように言うが、ウィシュマさんは出来ない。さらに看護師はウィシュマさんの腕を上げ下げするが、大きな声で痛がる。

ウィシュマさんは大きな声で痛がったが看護師は腕の上げ下げを続けた
ウィシュマさんは大きな声で痛がったが看護師は腕の上げ下げを続けた

「本当に看護師なのか」と遺族は訝しがった

看護師は「明日先生に会うから症状を全部言うように。ご飯を食べられない、歩けない、耳鳴りがする、頭の中が工場みたい(幻覚をみる)」と言うと、ウィシュマさんは「死にたい」と言う。看護師は「日本人の金持ちの恋人を探して結婚して幸せになるんじゃないの」と言う。

そのあとも看護師は4、5回「明日先生に症状を言うように」と繰り返した。ウィシュマさんが「目も見えない」というと「それも言ってね」というだけだった。

この映像を見ながらワヨミさんの夫が「この人は本当に看護師なのか。こんなに衰弱している人になぜ腕を上げ下げさせるのか」と訝しがった。

ウィシュマさんはベッドから転落し「担当さん」と24回助けを呼んだ(マンジャリさん作画)
ウィシュマさんはベッドから転落し「担当さん」と24回助けを呼んだ(マンジャリさん作画)

これに対して佐々木聖子入管庁長官は「この人は週5回入管に来る看護師だ」と答えた。

この後「時間もかかったので休憩しましょう」となり、遺族は休憩室に移ったがワヨミさんが大声で泣きだし嘔吐した。そこで「これ以上映像を見るのはやめよう」と、代理人の指宿昭一弁護士と相談して、映像を続けてみることを中止した。

これが12日遺族に開示された映像の全容とその日の遺族の姿だ。

映像を見た後ワヨミさんは記者団の前で「お姉さんは犬のような扱いを受けた」と泣きながら訴えた
映像を見た後ワヨミさんは記者団の前で「お姉さんは犬のような扱いを受けた」と泣きながら訴えた

黒塗りの1万5千枚の文書が意味するものは

最後の映像から3日後、ウィシュマさんは死亡した。入管庁の公開した最終報告書には、死因の特定は困難だとしている。

遺族の代理人の弁護士団は、収容中の状況をさらに詳しく調べるため名古屋入管に対して行政文書の開示請求を行った。

しかし名古屋入管から送られてきたのはほぼ黒塗りの約1万5千枚の文書だった。

名古屋入管から送られてきた黒塗りの文書1万5千枚と遺族代理人の駒井知絵氏(左)と指宿昭一氏(中央)
名古屋入管から送られてきた黒塗りの文書1万5千枚と遺族代理人の駒井知絵氏(左)と指宿昭一氏(中央)

筆者はこれまでの取材を振り返りながら、入管庁や名古屋入管の職員はなぜ人命を蔑ろにし、人の尊厳を踏みにじる行為を平気で行えるようになったのだろうと考えた。

遺族の代理人の1人である駒井知会弁護士はこう語る。

「東京入管に朝行くと、割とお洒落な服を着た沢山の若者たちが奥の入口に吸い込まれていくのを見ます。若者たちは建物の職員控え室で入管の紺の制服に着替えるのでしょう。若い彼ら、彼女らが誇りを持って職場に向かえる日が来るためにも私たちは戦いたいです」

すべての映像を公開し入管制度の国民的議論を

いまの入管制度と組織が変わらない限り、ウィシュマさんのような悲劇は必ず繰り返されるだろう。そしてこの人権を無視し、非人道的な行為に加担させられるのは日本の前途ある若者なのだ。

国連も問題視する非人道的な入管制度が抜本から変わらぬ限り、日本という国に未来はこない。

まずはウィシュマさんのすべての映像を公開し、国民1人1人が入管施設の現実を直視したうえで議論を始めるべきだ。

映像の公開が無い限り、政府は人権を軽視し国民から真実を隠そうとしていると言わざるを得ない。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。