東京五輪で9つ金メダルを獲得!メダル0のどん底から過去最多へ導いた監督の存在

今大会、ニッポン柔道は聖地・武道館で男子5階級、女子4階級のあわせて9つの金メダルを獲得。2004年のアテネ大会の8個を上回り、過去最多となった。

しかし、その道のりは平坦ではなかった。
9年前のロンドン大会では金は女子の一つだけ。男子は史上初めて金メダルゼロに終わった。

そんなどん底だった柔道界を率いることになったのが、当時34歳の井上康生男子代表監督だった。
就任時の会見では…

柔道男子日本代表 井上康生監督:
これまでロンドンオリンピックまでの過程の中で、たぶん世界一乱取りの練習をこなし、また世界一走る量もこなした。でも勝てなかった。じゃあ何が必要なのか。今の時代に合った技術、練習方法というものを考えなきゃいけないなというふうに私自身は思っています。

そこで乗り出したのが、戦術そのものを見直す2つの改革だった。

10万件以上の試合映像を独自システムで徹底的に分析!改革①”情報分析の強化”

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Mr.サンデーが訪ねたのは、金メダル量産のいわば頭脳ともいえる全日本柔道連盟・科学研究部。
チームを率いるのは現役時代、井上監督とメダル争いをした経験を持つ石井孝法さんだ。

全日本柔道連盟 科学研究部 石井孝法氏:
今大会のリアルタイムでパフォーマンス分析をしています。1つは(日本代表)選手自身、あとは海外選手の強豪選手の分析。

その分析の鍵を握るのは日本柔道のために開発された独自のシステム、『D2I-JUDO』だ。

10万件以上にわたる過去の試合映像から相手の技や癖などを徹底的に分析。
終わったばかりの試合でも、選手やコーチがすぐに、スマホなどで見られるようにした。

そうした情報のひとつが、勝敗の鍵を握る組手。このシステムでは柔道着を14のエリアにわけ、選手がどの部分を握ったかを分析。
これまでは感覚に頼ってきた動きを数値化し、実戦や練習に生かしてきた。

こうした取り組みのきっかけとなったのはロンドン五輪だという。

全日本柔道連盟 科学研究部 石井孝法氏:
ロンドン五輪で、男子が金メダル0で終わって、その後終わった後に、客観的なデータが1つもないという状況で、検証も何もできなかったんですよ。で、こういうのを開発していきたいっていうのを井上監督とかに相談した。

現在、分析スタッフはおよそ20人。データをもとに今回の五輪の試合中に繰り出された技の傾向を導き出していた。

この2年ほどの間に、増える傾向が見て取れるという"隅落(すみおとし)"。
相手が低い姿勢になったところを押し込んでいくような技だ。

髙藤選手は低い体勢をとることが多い分、この技をかけられるリスクが高いが、データを元に対策を練ることができたという。

分析の対象は選手だけではない。

全日本柔道連盟 科学研究部 石井孝法氏:
審判の分析をしていますね。いろんな罰則があるんですけども、それの与える時間帯とか、あとどれぐらいの量を出すとかっていうのを分析しています。

たとえば、試合で審判が出す指導の数。2019年以降に行われた1万3000試合分のデータと、大会2日目までを比較すると審判がだした指導の回数は15パーセントほど減少しているという。

男子73キロ級の決勝。大野選手は延長突入後、指導が2つ出され、あとがない展開となったものの、支え釣り込み足で2大会連続となる金メダル。

審判の情報がなければ、2つめの指導から攻め急ぐあまり反撃のリスクを冒していたかもしれない場面だった。

ゴールドラッシュの背景には、今大会にむけたルール改正の影響もあった。

リオデジャネイロ大会までは「一本」と「技あり」のほかに「有効」などによる優勢勝ちがあり、大技を狙うより、小さなリードを守り切って勝つというケースが少なくなかった。

しかし今回、「一本」と「技あり」にしぼった結果、技を重視する日本柔道にとっては追い風となった。

五輪メダリストが語る!選手目線で指導する井上監督の姿…改革②”選手との関係強化”

ゴールドラッシュの最強ニッポン。それを支えたのは、もう一つの改革だった。

オリンピック2大会連続で銅メダルを獲得し、現在ではパーク24柔道部でヘッドコーチを務める海老沼匡さん。

ロンドン五輪/リオ五輪 銅メダリスト 海老沼匡さん:
勝って井上監督を喜ばせたいっていう風に思えたので、すごくいい関係性なんだなという風に思いますね。

井上監督をそばで見続けてきた五輪メダリストが明かすもうひとつの改革。
それは選手との”信頼関係の強化”

ロンドン五輪/リオ五輪 銅メダリスト 海老沼匡さん:
井上監督の体制になってから国際大会等が終わった次の日に必ずマンツーマンで話す時間がある。先生(井上監督)から最初にどうだった?って聞かれたことって今までなくて。あ、僕の意見聞いてくれるんだっていうふうになったんですね。上から物を言うだけでなくて、しっかりと選手と意見交換ができる。その時間ってすごく大切だなって…

選手目線で考える新たな時代の柔道指導者。
そんな選手との関係物語るのが去年2月、東京オリンピックの代表内定会見だった。

柔道男子日本代表 井上康生監督:
今ぱっとこれまでの選考大会というものを思い浮かべる中で浮かぶ顔というのは、やはりギリギリで落ちた選手たちの顔しか浮かばないような状況であります。60キロ級の永山に関してもそう、73キロ級の橋本や海老沼…

代表に選ばれなかった選手への思いを口にした井上監督。最後は、涙を流し言葉が続かなかった。
海老沼さんは、そんな監督への思いをこう語った。

ロンドン五輪/リオ五輪 銅メダリスト 海老沼匡さん:
選手のために泣ける、そんな監督、やっぱりついていって良かったなってあらためて思いましたね。

井上監督と選手たちとの関係。それは今回の五輪でも…

柔道男子60キロ級金メダリスト 髙藤直寿選手:
本当にコーチ、井上監督に迷惑をかけてばかりだったので、結果を残せてよかったなと思っています。

リオデジャネイロ大会の2年前、髙藤選手は寝坊による遅刻を連発。
強化指定選手からの降格や、国際大会の試合の出場停止を言い渡された。

このとき井上監督は「自分自身の指導力不足」として自ら頭を丸刈りにし、責任の一端を監督自身が負った。

―――井上監督はどんな存在?

柔道男子60キロ級金メダリスト 髙藤直寿選手:
一言で言うのが難しいですけど…。ずっとこれからも憧れ続けるそんな方ですし、一緒に戦えて最後金メダル見せることが出来て本当に良かったと思います。

―――終わった後、会話した?

柔道男子60キロ級金メダリスト 髙藤直寿選手:
しました。『よくこらえた、頑張った』と言っていただいて、なんか、ただただボクは涙が出てくるだけでした。

今大会で退任へ…選手たちが胴上げ、号泣

今大会で退任が決まった井上監督。
31日、団体戦の表彰式の後で口にしたのは選手たちへの感謝の気持ちだった。

柔道男子日本代表 井上康生監督:
素晴らしい選手たちだと思います。本当に彼らとともに戦えたことを私は心から誇りに思っているという気持ちしかないかなと。またこのコロナ禍の中で、医療従事者の方もそう、エッセンシャルワーカーの方々もそうですし、本当にたくさんの我々を応援してくれた方も含めて、あの方々の力なくして我々はここまでたどりつけなかったと思います。

表彰式のあと、待っていたのは、選手たちの感謝と別れを惜しむ胴上げ。

選手たちの思いが伝わったのか。
井上監督は、人目をはばかることなく泣いていた。

(「Mr.サンデー」8月1日放送分より)