何のための会談なのか
”人殺し“と、なぜ今、会談するのか?
何のための会談なのか?
ニュース解説をしていると必ず聞かれるもっともな疑問だ。
「なぜ今?」の答えはシンプルだ。G7とNATOの首脳会議でヨーロッパに出向く予定があるから、そのタイミングを利用しようというのだ。
この記事の画像(4枚)バイデン大統領は頑健には見えない。任期中の外遊は真に必要な案件を厳選して出かけざるを得ない。そうした事情の中でプーチン大統領と会うことを主目的にした外遊となれば、何かと憶測を呼んだり、「弱腰だ」などと難癖をつけられたりしかねない。マルチの首脳会議などのついでにバイ会談をセットする外交ロジの基本に従うやり方が正解だ。
余談だが、そう考えると、バイデンと習近平国家主席との首脳会談は、9月の国連総会に習主席がやって来るのならそのタイミング。ただし、中国は首相が国連総会に参加し演説するのが通例だ。それに、アメリカは国連総会の機会をとらえて日・豪・印との対面でのクアッド首脳会議を検討しているようなので、そんな時にわざわざ習主席が矢面に立ちに来るとは考えにくい。そうなると次の機会は、10月末にローマで開かれるG20首脳会議の際だと目星がつく。
ヨーロッパとの関係修復が狙い
次に、「何のために?」だが、これはなかなか難しい。米ロ関係も、バイデンとプーチンの個人的関係も、この会談で改善するとは到底考えられないからだ。成果が期待できないのに敢えて会談する理由は何なのか?例えば、“人殺し”呼ばわりされたプーチンが提案した『公開オンライン会談』。バイデンはこれを断っており、いつまでも会談しないでいると「バイデンは逃げている」と言われかねない。公開でない会談を早くやってしまおうという意識はあったと思う。
そうしたことも含めて、「何のために?」への筆者の答えは、「ヨーロッパとの関係修復のために」だ。
トランプの4年の米欧関係を振り返ってみると、G7サミットは首脳宣言すらまともに作れないバラバラ状態に。アメリカがヨーロッパを防衛する唯一無比の枠組みであるNATOは「時代遅れ」呼ばわり。EUの存在意義は否定され関税戦が仕掛けられた。ヨーロッパを足下からガタガタにするような状況がつくられ、そこに手を突っ込んでくるプーチンについては見て見ぬふりだ。
バイデンはこれら全てをひっくり返して見せなければならない。そうしないと米欧の関係修復は始まらない。民主主義国の結束であれ、安全保障であれ、ヨーロッパの第2次大戦後の歴史は対ロシア(旧ソ連)を軸に回ってきたのであり、それは現在も変わっていない。バルト3国や旧東欧諸国がNATOやEUに加わったことで、対ロシアはそれ以前より遙かに複雑かつ微妙な関係になってしまっている。境界に位置するウクライナやベラルーシの現況もその表れと言える。
だからこそバイデンは、NATOへのコミットメントやEUやG7など民主主義・自由主義経済のための枠組み重視を明確にした上で、そのリーダーとして、プーチンに向き合わなければならない。言うべきことを直接、プーチンに言う、ごまかしのないリーダーであることを証明しなければならない。今は米ロよりも米欧をより意識してプーチンに会うのだ。それが「何のために」なのだ。
ヨーロッパが牽制すべきはロシア
ちょうど30年前の7月、今回と同じイギリスでG7サミットが開かれた。画期的だったのは、当時のゴルバチョフソ連大統領がG7+1の「+1」として、初めてG7に招待されて討議に参加したことだ。筆者は取材団の1人としてロンドンの現場にいたが、主要国とソ連は接近していたしソ連が後戻りしないことへの期待感があった。
だが、翌8月にはゴルバチョフが拘束されるクーデターが発生。年末にはソビエト連邦は崩壊した。そして今、主要国はプーチンと抜き差しならない関係に陥っている。そうした歴史を思うと、ヨーロッパが牽制すべきは中国よりもロシアだと合点がいく。
13日に採択されたG7首脳宣言でも、地域情勢については、まず中国、そしてロシア、ウクライナ、ベラルーシと項目が続いた。ロシアについては安定した予見可能な関係を求めると同時に、他国の民主主義制度に対する有害な妨害をやめるよう要求を新たにしている。バイデンはこうしたことをプーチンに対面で伝えることになる。
ただ、プーチンが直ちに歩み寄るとは考えにくい。お互いがそれぞれの立場、考えを言い放して終わると予想される。敢えて筆者が注目しているのは、対話を続けようというジェスチャーが示されるかどうかだ。お互いを首都に招待することはなくても、マルチの首脳会議の際にバイ会談を行おうという意思表示があるかどうか。外相レベルで定期的に会談することでもいい。
バイデン登場の歴史的意味
冷戦後最悪とされる米ロ関係を安定化させるには、様々なレベルでの対話や会談を継続するしかない。そのことを外交経験が長いバイデンは良く分かっている筈だ。そこにこそバイデン登場の歴史的意味があると思う。
そして、ヨーロッパの不信の根っこにあるものを除くこと。それは、アメリカとも連携・協力して作り上げ守ってきた民主主義、自由主義経済、そして安全保障の制度が、たった一人の大統領によって崖っぷちにたたされた衝撃だ。しかも、それは過去形ではなく、トランプ的な大統領が登場する政治土壌がある限り、未来形でも考えなければならない。
民主主義国家の結集を呼び掛けるバイデンだが、それは一代限りで終わってしまいかねない。そんな不信を共に乗り越えることにこそバイデン登場の歴史的使命があるのだと思う。
【執筆:フジテレビ 解説委員 風間晋】