LGBT理解増進法案について自民党幹部は先週、今国会での提出を断念する意向を示した。自民党の一部議員からの差別発言に続くこの事態に当事者や支援団体からは抗議の声が上がっている。30日夜から自民党本部前で行われているデモ現場で、当事者の声を取材した。

5年かけた『差別禁止』議論が裏切られる
「たくさんスピーチを聞きながら、何でこんなことをしなくちゃいけない国に生まれたのだろうと思いました。『差別は許されない』という言葉を法案に入れては駄目だと自民党はいいますが、なぜその言葉を入れては駄目なのかと思います」
こう語るのはプライドハウス東京の代表でゲイ・アクティビストの松中権さんだ。

松中さんは一橋大学出身だ。一橋大学では2015年8月に、ゲイであることを同級生に同意なくアウティングされた学生が、大学敷地内で転落死するという事件があった。松中さんは語る。
「2016年にご両親が提訴されたのをうけて、超党派議連で『二度とこういうことが起きないように差別をなくすための法律を作ろう』と議論が始まったのです。あれから5年かけてLGBT差別をなくそうとやってきたのに、それがいま裏切られようとしています」
民間ではハラスメント対策が進むのに
松中さんが代表を務めるプライドハウス東京らは31日、自民党の一部議員による差別発言に対する抗議文を自民党側に手渡した。
抗議文では、自民党の一部議員の「道徳的にLGBTは認められない」「人間は生物学上、種の保存をしなければならずLGBTはそれに背くもの」などの差別発言や、山谷えり子参議院議員のトランスジェンダーに関する発言に対して、発言の撤回と謝罪、そして法案についてより実効性のある実現を求めている。
松中さんは続ける。

「僕らは2017年3月に『SOGI(ソジ)ハラ』という言葉を作りました。セクシャル・オリエンテーション(性的指向)とジェンダー・アイデンティティ(性自認)に関するハラスメントです。そして『なくそう!SOGIハラ』実行委員会を立ち上げ、2019年5月に成立したハラスメント規制法の付帯決議で、初めてソジハラへの対応の必要性が盛り込まれました。これをうけ企業も対策を進めているのにもかかわらず自民党はこの状況です」

自民党“差別発言”に約9万4千の抗議署名
デモは30日夜、約300人の当事者や支援団体らが都内の自民党本部前に集まり、オンラインでも1200人が参加し(主催者発表)31日も続いている。デモに参加しているゲイの当事者で一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣さんはこう語る。
「法案は明らかに不十分ですが、差別は許されないという認識が示されれば、自治体に基本計画や担当部署ができたり、事業所や学校に努力義務が生まれる可能性があります。0.1歩でも進むのなら仕方ないかとも思います。ただ一方でこの法律は要らないという当事者もいて、その気持ちもすごくよくわかるので複雑な気持ちです」

自民党の一部議員の差別発言を受け、松岡さんらは抗議の署名活動を行っていた。署名は約9万4千筆集まり自民党側に31日手渡しされた。松岡さんはいう。
「差別発言には国会議員として責任を持ってほしく、謝罪と撤回、そして辞職を求めたいと思っています。もちろん自民党の中で法案に賛成している議員もいるし差別はおかしいと思っている議員もいます。だからこそ党として何も対処しないのは差別を温存している党だと思われても仕方ないと思います。その議員に謝罪をさせる、法律を通すなど行動しないでこのまま終わらせるというのは、あまりにも不条理じゃないかと思います」

五輪開催国は差別禁止の憲章遵守を
この法案には自民党の一部議員から「訴訟が乱発される」との懸念の声が上がっている。これについてデモに参加した寺原真希子弁護士はこう反論する。
「弁護士を20年以上やっていて、LGBTに関しても訴訟も少なからずやっていますが、乱発を懸念する議員は、政治的利用のために訴訟をするというニュアンスでおっしゃっていると感じます。ですが当事者の方々はそんな余裕はありません。差別に対して訴訟をするという方は、カミングアウトやアウティングの危険を冒し弁護士費用を払って最後の手段としてやる方々ばかりです。それを見てきている立場から言うと、実務や実態を知らない方が机上の空論でお話しされていると感じます」

オリンピック憲章でも憲法の序文にあたる根本原則で、性別や性的指向での差別は禁止されている。IOCとJOC、東京都で交わした開催都市契約書でも、オリンピック憲章の遵守が明記され、開催国もオリンピック憲章を遵守することになっている。つまり開催国である日本政府は性別や性的指向での差別を禁止することが大前提になっているのだ。この法案の成立の可否には世界が注目している。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】