車いすユーザーでコラムニストの伊是名夏子さんが4月、JR東日本の無人駅で下車しようとして駅員から「乗車拒否」された体験をブログに書いたところ、ネット上で賛否が巻き起こり、伊是名さんへ誹謗中傷が続いている。伊是名さんとJR東日本に取材した。

車いずユーザーでコラムニストの伊是名夏子さん(撮影:佐藤健介)
車いずユーザーでコラムニストの伊是名夏子さん(撮影:佐藤健介)
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「乗車拒否」ブログに誹謗中傷の言葉が

ことの経緯はこうだ。伊是名さんは4月1日、子ども2人と介助者ら5人で旅行に出かけた。行き先は静岡県熱海の来宮(きのみや)だったが、乗り換えの小田原駅で駅員から「(無人駅の)来宮駅は階段しか無いのでご案内できない」といわれた。その後1時間以上やりとりをしたが事態は変わらず、伊是名さんたちは途中の熱海駅まで電車に乗ったところ、熱海駅で駅員が待っていて来宮駅まで同行し車いすを運んでもらった。

これについて伊是名さんは自身のブログに「ここまでの乗車拒否は初めてでした」としつつも、「正直私もここまでしたくありません。でも声を上げていかないと何も変わりません。一人でも多くの人に知ってもらい、誰でも安心して使える公共交通機関になってほしいです」と綴った。しかしその後ネット上では「感謝の気持ちが無い」「わがまま」など誹謗中傷の言葉が伊是名さん本人にいまも投げかけられている。伊是名さんに聞いた。

今回ショックだった2つのこととは

――今回ブログから始まって、ネット上で多くの誹謗中傷が今も続いています。

伊是名さん:
今回の事でとてもショックだったことが2つあって、1つは同じ悩みを共有できるはずの障がいのある人からの「やりすぎだ」などのバッシングも多かったことです。障害者はいま、我慢をある程度すれば、生活ができるようになってきた人が多く、あえて声をあげずに生活できる。もちろんそのやり方を私は否定しません。声を上げるのはとても辛いのでやらないことを選んでもいいと思う。
ただ声を上げた人を批判することはないんじゃないかと。これまで声を上げ続けてきた人たちのおかげでいまの生活が出来ているのに、声を上げた人を批判したり、責めるのがとても悲しいです。
 

――もう1つのショックとは?

伊是名さん:
意外とリベラルな人から理解がえられない、批判されることが多かったんですよ。「私は普段平和活動しています」「LGBTQには理解があります」という人から、「このやり方は間違っているよね」「かえって障がい者が反感を買うよね」と言われたのが多かったです。社会を本当によくしていきたいと皆が思っていて、頑張っているのだけれども、あまりに疲れてしまって「マイノリティが特権を持ちすぎだ」と思ってしまうのかもしれません。

人権は障がいのある人ない人、すべての人にあるので、皆が無理をしてがんばらないで、自分のために、自分の権利を大切にできたらいいなと思います。しかし解決方法はまだわかりません。

「皆が頑張らないで自分の権利を大切にできたら」
「皆が頑張らないで自分の権利を大切にできたら」

障がい者の生活を可視化が裏目に

――伊是名さんは自伝的な本を書いたり、ブログでもプライベートについて書かれていますよね。

伊是名さん:
障がい者の生活を可視化したいという思いがあって、障がい者でも子育てができるよ、助け合って、サポートを得て生きていこうというモデルになりたかったのですが、今回全部裏目に出てしまいました。

誹謗中傷はやっぱり相当つらいなと思っています。例えばアマゾンの私の本の紹介サイトに4月以降誹謗中傷コメントが書かれています。削除依頼をしているんですがアマゾンは削除してくれません。

「障がい者でも子育てができるよとモデルになりたかった」
「障がい者でも子育てができるよとモデルになりたかった」

伊是名さん:
ある署名活動のサイトでは、私に謝罪を求める署名を募集していて、そのサイトの運営団体と話し合いをして削除してもらいました。署名サイトは今まで声を出せなかった人でも匿名でできるメリットがあるのですが、それを悪用する人がいるのです。
 

「乗車拒否」と「合理的配慮」とは

JR東日本の横浜支社広報室では今回「乗車拒否」をした認識はなかったと、筆者に次のようなコメントをした。

「小田原駅ではご要望に少しでも沿えるご利用方法をご提案し、来宮駅では4名の熱海駅社員が降車をお手伝い申し上げたことから、当社として『乗車拒否』をした認識はなかったと考えております。しかしながら、社員の説明が足りておらず、伊是名さまに『合理的配慮(※)』がなかったという印象を与えてしまったという点についてはお詫び申し上げたいと思います」

(※)障がい者差別解消法で定められた、障がい者から助けを求められた場合過度な負担にならない範囲で必要な便宜をすること。

JR東日本は「合理的配慮がなかったという印象を与えてしまった」と謝罪
JR東日本は「合理的配慮がなかったという印象を与えてしまった」と謝罪

――JR東日本では、伊是名さんに「乗車拒否」をした認識は無いが、「合理的配慮」がなかったという印象を与えたのはお詫びしたいと。

伊是名さん:
合理的配慮はまず本人から申し出をしないといけません。車いすの私が「来宮で下車したいです。どうしたらいいですか?」というのが合理的配慮の第1歩です。本人からの申し出があって、相手は差別だと認識してそれに取り組む。つまりお互いにどこまで建設的な会話をして行くかがカギなんです。
だから一方的に何でもやってくださいというのでは全くないのです。初めの2人の駅員さんとは話し合いができず「ご案内できません」のみでした。障がい者本人が交渉を粘らないでも、提案があったらすぐに話し合いをするという合理的配慮を願います。
 

「普通の権利を獲得したいだけです」

――バリアフリー法だと、公共交通機関のバリアフリー化が義務づけられています。ハード面が整備されていない場合は、心のバリアフリーが必要になりますね。

伊是名さん:
心のバリアフリーは相手の理解度によって障がい者への対応が変わるのが困ったところです。たとえば私が電車に乗れないのを「相手の理解や環境が整ってなかったから仕方ないね」となってしまう。いまLGBTの法案に対して当事者が「私たちが求めるのは理解では無く差別の撤廃で人権の獲得だ」と反対しています。私も周りの理解が必要だとは思いつつ、でもそれ以上に電車に乗るという歩ける人が普通に得ている権利を獲得したいだけなんです。

「歩ける人が普通に得ている権利を獲得したいだけなんです」
「歩ける人が普通に得ている権利を獲得したいだけなんです」

――しかしハード面を整備するには「優先順位がある」という意見もあります。

伊是名さん:
その分駅員さんの対応が必要になるわけですが、私は駅員さんに車いすを持ってほしくありません。危険だし駅員さんにも申し訳ないです。しかし持たざるをえない環境を作っているのは、私ではなくJR側や公共交通機関を整備する責任がある国の責任だと思います。

今回こうした話が混同して「感謝が足りない」とか「駅員さんがかわいそう」という声がとても大きいのですが、駅員さんは全く関係なくて会社側の話なんですよね。この20年で一気に改善された私鉄さんは多いです。

「便利なものを増やして皆で幸せに」

JR東日本は今後の対応について筆者の取材に次のようにコメントした。

「当社では、全社員向けの接遇のマニュアルを通じ、法律の趣旨を踏まえた合理的配慮に関する知識や接遇の具体的手法について社員教育を行っております。今後も全てのお客さまが安全・安心に当社のサービスをご利用いただけるよう取り組んでまいります」
 

――JR東日本ではサービス介助士の資格取得講座などで障がい者と意見交換も行っているそうです。

伊是名さん:
私は小田原の駅員さんは責めているわけではなくて、いい意味で改善できるといいなと思っています。悲しいことにいま駅のエレベーターは、新宿駅でも渋谷駅でも車いすが待たされることが多いんですよ。ベビーカーもそうです。なぜなら普通のかたがたくさん乗るからです。でも私はそれに対して怒りません。便利なものを増やして、皆で幸せになりたいからです。それなのに私たちが声を上げた時に怒るような人たちがいるのがやるせないです。

「便利なものを増やして、皆で幸せになりたい」
「便利なものを増やして、皆で幸せになりたい」

――貴重なお話をありがとうございました。

表紙写真撮影:佐藤健介

他の写真提供:伊是名さんご本人

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。