50年数年の歳月かけて1万3千本

1300年余りの歴史を有する東京・青梅市の塩船観音寺。

大化(645〜650年)に若狭国の八尾比丘尼が、現在の地に巡錫した際に一寸八分の観音像を安置し、開山(仏教用語で寺院を建立すること)となった。周囲が小高い丘に囲まれ、船の形に似ていることから、「弘誓の舟」(仏が衆生を救わんとする大きな願いの舟)になぞらえて僧行基菩薩が「塩船」と命名したのだという。

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昭和40年に、「つつじ園」を造ろうという構想が出され、翌年から地元の有志や寺の関係者たちが動き出す。

まずは山の松林を切り開き、関東各所の植木市をトラックで回り、私財を投じて、荷台に載せられるだけの量の苗木を買い込んだ。そして彼らは、買い込んだ大量の苗木を必死になって寺の広大な斜面に植えた。その数は現在、1万3000本にも上る。

昭和40年頃の護摩堂
昭和40年頃の護摩堂
現在の護摩堂、周り一面つつじに囲まれている
現在の護摩堂、周り一面つつじに囲まれている

早咲き、遅咲きの種類など関係なく、植樹作業をした結果、全方位に、開花のタイミングが異なるつつじが程よく散らばることになった。

例えば、山の西側は遅咲きのつつじ、上の方は早咲き、中咲きなど“良い意味”での偏りが見て取れる。

結果的に長期間(約1カ月)に渡って、訪れる人を楽しませることが出来るつつじ園が出来上がったのだ。

夏は下草刈り、秋には越冬にむけ肥料を与え、厳冬期には朝霜を除けるために薪を焚いて暖かくするなど、四季を通じ、昼夜問わず見守り、愛情を込めて育てられたこのつつじ園。その風景には、今でも当時の作業に尽力した人たちの息遣いを感じることができる。

昭和43年、1回目のつつじ祭りが開催され、今に至っている。他にも、春先には枝垂れ桜や椿、4月~5月はつつじ、梅雨時期には紫陽花、秋には萩、彼岸花が咲き、1年を通じて訪れる人を楽しませてくれる。まさに「花の寺」の醍醐味を味わうことができる。

先人を想い、10年掛けて新たなつつじを育てる

4月中旬から5月にかけ約20種およそ1万3000本のつつじが花の寺を彩る。

早咲きのミツバツツジから始まり、中咲きのクルメツツジ系、キリシマツツジ系、遅咲きのリュウキュウツツジ系などそれぞれが10日から2週間ほどで見頃を向かえる。

約1ヶ月かけて、順々に“開花リレー”していく様、すり鉢状に広がる燃え立つような色彩と繊細な移り変わりは、美しく華やかだ。

そんな非日常の空間を創り出しているつつじも毎年100〜200株ほどは枯れてしまうのだという。入山客が園路から外れ、つつじの隙間を歩き、本来の道ではないところに入ってしまうことで、大切な根部分が傷んでしまうためだ。

つつじの数が減少していくのを防ぐ対策として、境内に咲いているつつじの中から元気に咲いている株、花の発色が良い株などから挿木をして、新しいつつじを増やすという試みをしている。

増やすと言っても簡単なことではない。挿木したものを別の畑に根付かせ、4、5年してある程度の大きさまで成長したものを、境内の圃場に移し替える。そしてさらにまた4、5年育ててからようやく山の斜面に植え込むのだという。

およそ10年もかかる作業を2~30年続けてきているというから驚きだ。これからも2~3000本増やしていく予定だという。この気の遠くなるような作業をなぜするのか、橋本住職にその理由を尋ねてみた。

橋本公延住職
橋本公延住職

「このつつじ園は、花を通じお寺を知って頂いて、お寺の中で憩いを持っていただきたい気持ちから始まった。何代も前の方がそんな想いで始めたつつじ園が段々と枯れていってしまうのは心苦しいし、この園を守り抜いていくことが現在住職をしている自分の責務である。
そして塩船観音寺は檀家のないお寺、お墓のないお寺ということでお参りに来て頂く気持ちで成り立っているので、そんな先人の気持ちを汲んで未来へつなげていきたい」と話してくれた。

コロナ禍でも咲くつつじ

2020年のつつじ祭りは新型コロナウイルス感染拡大防止のため、全面的に中止となった。

人々の心が不安で苛まれるなか、花を見て心穏やかになってもらいたいと願う一方、未知なるウイルスに対してどう対応したらいいのか分からず、恐怖の方が大きかったと、住職は振り返る。

2020年はこの1万6000㎡もある広大な敷地の中に、つつじだけがひっそりと咲いていた。

人が来ないのならば、花にストレスがかからないので、例年より長持ちするかもと、住職はひそかに考えていた。しかし不思議なことに、見頃は近年の中で最も短く、花はあっという間に落ちて枯れてしまったという。その理由は分かっていない。

2021年は4月8日からつつじ祭りが開催された。

心に引っかかるものはあったが、開催に踏み切った背景には「密を避ける」「マスク装着」「アルコール消毒の設置」など、昨年よりも感染防止対策を徹底したことに加え、やはり花を見てもらいたい、そして少しでも心穏やかになって貰いたいという願いが強かったからだという。

2020年が中止だった分、訪れる人たちの期待の声は大きかったのだという。

しかし、無情にも4月25日より3回目の緊急事態宣言が発出され、つつじ祭りは見頃を迎えるなか、またしても中止せざるを得なくなってしまった。

「人に見て頂こうと思って植えているお花ですから、このタイミングにぶつかってしまったことは残念ですけれども、花は今年限りではありません。来年以降もしっかり咲かせるよう努力しますので、是非見に来て頂ければと思います」住職の言葉には、こんな中でも前向きに考え進んでいこう、という強い意志が感じられた。

来年は是非とも安全な形で開催して欲しい、と心から思う。

取材後記

「つつじ」とは漢字で「躑躅」と記す。

この漢字には、行っては立ち止まる・躊躇するなどの意味がある。他にも経緯は諸説あるが、つつじの美しさに惹きつけられ立ち止まるということからこの漢字を使用することになったという。

私たちが撮影に訪れたのは、緊急事態宣言が出る前の4月23日。つつじも見頃を迎え、参拝客は感染対策をしながら、美しいつつじ園に心奪われているようだった。

カメラを構えている人はずっとその場を離れないし、見晴らしの良い丘に設えられたベンチに腰掛けた親子は、目の前に広がる、丸く刈り込まれた可愛らしいつつじたちを長い時間見つめていた。

2020年から続く新型コロナウイルスの影響により、生活から季節感は消え失せ、四季折々の色や香りを忘れた生活を余儀なくされているように感じる。

そんな中、やさしく咲き誇るつつじには、観る人の心を奪う美しさと、その場を離れることができなくなるような”引力”があるような気がした。

地上波放送では映像尺などの関係でお見せできなかったカットをこのプライムオンライン用に再編集した。

ドローンによるラストカットは、境内の池の近くのつつじ園の広がりをみせようとしたものだが、最初の方につつじの中にぽっかり空いた空間がある。

「新生株」で空いた空間
「新生株」で空いた空間

よく見るとそこには挿木して新たにつつじ園の仲間になった「新入生の株」が植栽されている。「先輩株」の隣で負けないように小さいながらも頑張っているようだ。

「新入生の株」
「新入生の株」

地上波では、綺麗な映像にまとめるため入れられなかったが、このぽっかり空いた空間には「未来へつながる物語」があるような気がした。このすり鉢状に広がるつつじを見上げて、ぽっかりと空いていた空間にも、いつの日か若いつつじの花芽が姿を見せる時が来るだろう。

挿木をし、時間を掛けて、大切に育ててきた若い株も3つに1つは環境に対応できず枯れてしまうという。そんななかでも一所懸命育った株が下から見えたとき、よく頑張ったなぁ、と嬉しくなると橋本住職が話してくれた。

橋本住職のインタビューを終え、カメラを止めると「お経読むより花の世話をしている方が好きかもしれません」と嬉しそうな言葉が漏れた。マスクで窺い知ることは出来なかったが、その表情はつつじにも負けない素敵なものだったはずだ。

撮影・執筆: 佐藤祐記
編集: 矢野冬樹

撮影中継取材部
撮影中継取材部